四話 ある朝のこと
「陛下。お世継ぎなどはどうお考えで?」
「いらない」
「でしょうな」
…なんの話かというと、結婚やら見合いやらの話があるらしい。
「ゴーダ伯、ヅェヴェル伯などの筆頭貴族を中心として婚姻の申し入れがありますな」
「適当に言葉を見繕って断っておけ。面倒くさい」
そんな下らない政略結婚がどうとか、かなりどうでもいい。
それよりも考えるべきことは、引き込んだ仲間をどうやって隠匿するかだ。仲間を増やす前に、造反の画策を見破られない方法を確保しておかなければ、どこから情報が漏れるか分かったものではない。
それに、どうやって引き込むかも問題だ。最悪、僕と会合をしたというだけで抹殺されかねない。つまり、容易に他人に接触できないということ。
昨日武具選びをしてくれたヴェルトも、早速監視というかお目付け役がついたそうだ。
「まあ、ヴェルトなら問題ありますまい。もとより無口な男。話しておらぬことを聞き出すことはできませぬ」
だからご安心なさいませ、とストラト。
…まあ、近衛の副長になるまでが平坦な道であったはずも無い。自衛手段くらいは持っているだろう。僕のような世間知らず(少なくともこの世界では)ではないのだから。
「それに、悪巧みも結構ですがまずはある程度の教養を身につけていただきますぞ」
「それは望むところなんだがな、ストラト」
「なにか問題が?」
「起き抜けの主君にいきなり世継ぎがどうのと下らん話を聞かせて皮肉は止せ」
どうせ起こされるならマッチョ風味執事っぽいストラト侍従長より、美人専属メイドの方が良い。なんて思うのは不見識なのだろうか。
だって、異世界だし。ファンタジーで王様なんだし。他の異世界に行った主人公みたいな役得があってもいいと思うのだ。
「陛下。お気持ちは察しますが、若くて美人で護衛までこなす完璧なメイドなど夢想の中にしかおりませぬぞ」
「ですよねー」
冷静に指摘するストラト。全く以ってその通り。経験豊富で主の心の機微に敏感で忠誠心あふれるメイドなんてそこそこにお年を召したメイドさんばかりだ。それにしても初めからそうであったわけではなく、幼い頃からずっと一人の主君に仕えてきたからこそ、そのような気配りができるのであって、最初から万能なんてチートメイドはこの世にはいない。その点、ストラトは忠誠心という一点を除けば最高レベルの侍従だ。忠誠心を除けば、ってのは見て分かるものでなし、感じ取るには過ごした時間が足りない、とそういうこと。
「お褒めに預かり、光栄の極み」
って、待て。オィ。
「読んだ?」
「私は高位の魔術師ではありますが、読心術というものは未だかつて発見されたことの無い魔術です。古代魔法文明にはそういった類の魔術もあったようですが、禁忌術扱いでしたのでもう残っておりません」
「つまり?」
「陛下が身につけておいでの意思疎通のマジックアイテムが原因ですよ」
首から下げているペンダントを見る。
古代魔法文明時代の遺跡から発掘されたアイテムである。
「意思疎通ペンダント。主に、意思疎通が困難な相手――古代魔法時代ではペットの躾などに使われていたものです。身につけた者が思ったことを伝えたい相手に伝達するのがそのアイテムの効果です。翻訳魔術とは異なります」
つまりはなにか。僕の思考は駄々漏れだった、ということか。
「ご明察です」
心中で呟いた言葉に返事があったことからもそれがわかる。
「なるほどね」
「考え事をなさるときは、お外しになりますよう」
「そうする。感謝するぞストラト」
「それと、陛下」
「ん?」
「メイドが必要でしたら、いつでもお申し付けください。新人ということになりましょうが、手配いたします」
手配、ってのも嫌な言い方だが――確かに心許せる世話人が欲しい所だ。
ストラトは良い侍従だが、侍従長であり忙しくなることもある。補佐すべき王が現れた以上、これまでのようにぼんやりしているわけにもいかないだろう。ともなれば、話し相手としても身の回りの世話を任せる人が欲しい。だが――
「なんで新人?」
「誰の息がかかってるとも知れない人物のほうがよろしいか?」
「是非新人さんで。新人万歳」
「ご希望の特徴などはございますか?」
…なんかいかがわしい臭いのする話になってきたけど、まあ、これは一種の特権だろう。
しかし、さっきストラトが言ったように腐敗貴族どもに脅されたりして情報を流されたり、果ては殺されかけるのも勘弁願いたいところ。個人的な希望を言えばキリはないけど、もっと他のことを優先しよう。……とても惜しいことだが。
「天涯孤独」
脅される心配の無いものを選ぶ。それが正解だろう。
「他は問わない」
情報は、身近なところから漏れるものだから。
「――承知いたしました」
……王様って、辛い職業だなあ。
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