四十二話 革命前夜①
…書きたいことは固まっているのに筆が進まない毎日です。
それでもどうにかこうにか更新…。もうちょっとなんとかしないと…(汗)
光陰矢のごとし。
今は遥か遠き故国に伝わることわざだ。さらに元を辿れば中国の漢詩を起源とする。
…まあ、そんな薀蓄はどうでもいい。振り返れば日本を飛び出してもう三年になろうとしている。
革命の準備を始めて此の方、増加の一途を辿っていった処理しなければならない案件を記憶するために日記という形で覚書を残すようになり、それがいつしか日記という形を取るようになったのはいつからだったろうか。
…実際にはそれすらもどうでもいいことだ。
明日、僕たちは革命の決行日を迎える。
どうにか作戦が露呈することなく、今日までやってこれたことはもう奇跡といっても差し支えないものだと思っている。もちろん、作戦が露呈しないために欺瞞情報を振りまき、時には囮まで用意して水面下で進めている革命から意識をそらせてきた成果でもある。まあ、僕はその指示を出しただけで欺瞞作戦自体は全て、ストラト率いる『曙』の連中がやったわけだけど。
もう月が天井を超え、沈み始める時間。革命前夜の後宮はひっそりと静まり返っていて物音ひとつしない。まあ、それも当然で後宮には今ほとんど人が居ない状態だ。革命組織の運営・準備のために7割方の人員が野に下っている。第一陣であるところの、ジルヴァやレヴェッカたちが後宮を去ったのが一年半前。そして新たに召集した貴族の子弟、そして外部の革命協力者――市民や地方貴族の子弟たちに革命教育を施して再び送り出したのが半年前。それからは極少人数でのひそやかな生活が続いている。全員で三十人ほどが後宮に残った。対外的には後宮にハーレムを作って贅沢三昧を尽くしている振りをするためにも、位の高い者とヴィジュアル重視で残留してもらっている。また、無能の欺瞞にしても信憑性を持たせるために名立たる美姫たちをスカウトして回る…などということまでやってのけた。結果からいえば、半分は召集そのものを拒絶。もう半分は革命に参加する戦士となってほとんどが野に下っていって後宮には残っていないのだが。例外は"王国の秘宝"と揶揄される一人の女性のみが、革命のラストを彩るキャストとして残っているだけだ。
ケーニヒ家。
代々白髪紅眼の端麗な容姿が特徴的な、王国建国以来の名門貴族。
貴族の中の貴族として、国民からも愛され、慕われている。そして代を経るごとに変わる国王を支え、絶大な信頼を寄せられ続けてきた一族でもある。忠義に厚く、公正明大で国民を第一に考えていた彼ら。王国にその名を知らぬものなしとまで言わしめる、まさに国家の屋台骨であった。
そもそも、召喚王システムなんて不安定極まるシロモノが実際に運用されてきた背景には、ケーニヒ家の力によるところが非常に大きい。
国民からすれば召喚王などは信じるにも、慕うにも値しないただの他人であってまかり間違っても自分たちの王として認められるものではない。しかし、ケーニヒ家がその間に入り、王を支持し盛り立ててきたからこそグラーフは成り立ってきたのである。…つまりは代理信任だった、というわけだ。
"ケーニヒ家の方々が支持してるのだから、この王様は大丈夫だ"
"なにかあったら、ケーニヒ家の方々が王をお諌めしてくださるだろう"
"ああ、そうの通りだ。ケーニヒ家がある限りグラーフは安泰だ…"
そうまで言わしめる絶大な信頼が、下地として存在していたからこそ召喚王システムは機能していたのだ。
…そして先日。そう、革命前日の昨日になってようやく、その重要人物を口説き落とすことに成功した。ケーニヒ家"最後の"生き残りである、ルクレイシア・ケーニヒを。
どうして最後なのかは言うまでもないことだが、政争に敗れた結果だ。そして、一族は腐敗貴族の権勢を脅かす危険因子として徹底的に狩りつくされ、最後に彼女が残った。…何故彼女だけが残されたのかは分からないが、当時まだ幼かった彼女を手にかけるのをためらったのかもしれない。あるいは、ケーニヒ家ありき、で成り立ってきた王国からその血が絶えるのを恐れたのかもしれない。そして時を経て、人前に出ることなく、人々から絶望と希望を投げかけられながらも忍んできたルクレイシアはいつしか、"秘宝"と呼ばれるようになった。貴族たちからは、白髪紅眼の宝石として。国民からは最後の希望として。それぞれの想いを込めてそう呼んでいるという。
そのルクレイシア・ケーニヒを陣営に引き込めたことは大きい。彼女の存在は国民の支持を集め、事後のことをやりやすくしてくれることは間違いない。腐敗と、不正の蔓延る時代だからこそ、清廉潔白公正明大であるケーニヒ家が望まれているのだ。…そして、僕が正式な王として認められるためにも絶対に必要なことでもあった。…もちろん、代償は決して安くなかったけれど。
…まあ、ともあれ"王国の秘宝"と呼び名され、尽きることのない信望を集めるケーニヒ家の協力を一応は取り付けることに成功したのだ。革命前夜にして、僕の策は全ての展開を完了した。そして明日が本番。
革命最後の大仕上げ――王国祭に参加するために、国中の貴族たちがすでに王都に集結している。…彼らを一箇所に集めるにあたってもまた一苦労あったのだが――まあ、それは揚げ足取りのようなものだったので別段語るほどのことでもないだろう。また、時を同じくして革命の実行部隊も、そしてその支援に当たる『曙』のメンバーも、その全員が明日、舞台に昇る。
…すでに日記というには無理があるほどに文字を重ねている。自身、緊張と興奮の渦中にいることも理解しているので、筆の進むままに字を書き綴っている次第だ。…こんな書く意味もない言葉の羅列を続けてしまうのも、明日にはこの命が尽きるかもしれないという身の上ともあれば、許されるだろう。この世界に、確かに存在した証を残したいという欲求が全くないわけでもない。…未だにこの世界の文字を書くことがままならないので、慣れ親しんだ日本語で書かれている日記だ。まかり間違っても後世に残ることはないだろうけれど、願わくば再びこの無意味な文字列を綴る機会に恵まれんことを切に願うばかりだ。 霧島稔。