三十九話 革命論 三章
「おーおー、苦労しているみたいだなあ」
ストラトから先日手渡すことのできた革命の教科書。その第一次討論の結果を聞いてついつい底意地の悪い笑みが顔に浮かぶ。
その出来はといえば、予想していた通りの酷いもので僕はその添削作業中、というわけだ。
「陛下…お戯れにしては度が過ぎるように思いますが…」
「冗談でもなんでもないよ。これからあいつらはもっともっと苦労することになるんだ、これくらいのことはしてもらわなければ」
そう。
三行半ほどの文章でしかない、指南書というよりは覚書程度のものでしかない薄っぺらな紙を一枚だけジルヴァとレヴェッカに手渡したのはつい数日前のこと。受け取ったときの二人の顔は未だに忘れられない。
露骨な失望と、拍子抜けしたかのような落胆ぶり。それはもう、見ていて気の毒なほどだった。
しかし、その程度のことでへこたれてもらっても困るのだ。革命の中核になるのはほかでもないジルヴァたちであって、僕は付属品でしかない。おそらくはこの世界に存在しない概念と思考で閉塞しきった社会に穴を開ける、ただそれだけの役割だ。
だからこそ、基本的な指針となる三ヶ条だけをなんの補足もなしにジルヴァたちに放った。
もっとも、ストラトが言うように無茶を要求しているのも事実なのだ。僕の世界での常識はこの世界で通用しないのに、それを頭からひねり出せというのだから無茶もよいところだろう。だが、無理難題であってもやってもらわなければならない。できてもらわなくては話が前に進まないのだ。ある程度の手助けはするにしても、この革命を成功させるのは他でもないジルヴァたち自身であって僕ではない。
革命の概念すら存在しなかったこの世界で、一番正しくその内容を理解しているのは僕だ。しかし、人間はその思考の全てを他者に伝えることはできない。生まれ育った過程、経験、知識、倫理観。その全てが一人ひとり違うのだからそれは当然。だから、僕の抱いている革命の概念ひいてはそこにいたる思考をジルヴァたちに理解させることは不可能である。にもかかわらず、革命実行の主役は彼ら…。
つまる話が、ジルヴァたちにこの世界での革命の概念を新たに創造してもらわなければならないということだ。仮に僕が革命の何たるかを教えたところで他人からの受け売りでは、どうしても理解不能な部分が出てくるのだ。曰く、その価値観であったりするものが。故に、ジルヴァたちには真っ白な状態から全てを積み上げていく作業をしてもらわなければならない。そこに僕が監修を入れるにしても、大変な作業だろうことは容易に想像できる。だが、そうしなければならないのだ。――この国は、彼らの国なのだから。
「国民生活を維持、向上させていくのは国家の義務である。
これは僕が教えたことだけど、その裏を読んでもらわないと困る。確かに、国民を養っていくのは義務だけどそれだけじゃあない。…組織を率いていたストラトにならわかるんじゃないのか?」
「…一組織と国家を比べられても困りますが…そうですな。飴と鞭、といったところでしょうか?生活を保障する代わりに、なにかしら国民に求めるところがある、ということでは?」
「そういうことだ。
もちろん、国民を手懐けるという意味合いも多分に含む。しかし、本題はといえば恩を売る代わりに危急の際には国民に負担あるいは協力を求めることもある。そういった場合に備えて信頼を得ておくこと。それが一番の目的だ」
…勿論、これがその理由の全てではない。僕が思いつけるのがこのあたりまで、というだけでもっと深い理由も探せば見つかるのかもしれない。いや、むしろその理由を掘り下げていくのがこの作業の目的ですらある。
考える頭はひとつより二つ。二つより三つなのだ。個人の思考から生み出されたシステムはこの個人が失われてしまえば容易に溶解するのに比べて、比較的腐敗に強いというのが複数の思考を束ね合わせたシステムだという側面もある。その反面、対立し相反する主張を纏めることが非常に困難でもある。…そこが悩みどころだ。
「二つ目…。こいつはまた酷いな。
平等と公平…現実には有り得ないこととはいえ、一応の建前くらいは考え付いてほしいものだ。…それにしても、無理な話か…」
自由と平和、そして平等を謳っている日本という国でも、身分の差や生まれの不平等、それから派生する不公平というのは厳然として存在しているのだ。…国民総中流といわれ、世界で一番公平に富の分配された国――世界でただひとつの国である日本ですら。
弱肉強食が原則である中世世界ならそもそも平等や公平という概念すら存在しない。世界はもとより不条理なもので、厳しい現実を受け止めその中で幸せを見つけてささやかに生きていく。それが"この世界での普通の生き方"なのだ。
唯一、評価できる点があるとすれば、レヴェッカが言及している女性の権利・地位の向上に対する点だろうか。家督相続権など、具体的なものとしては非常に貴族的な考え方だが、主張の方向性だけは間違っていないように思う。グラーフ王国における女性の地位がどれほどのものかという、基本的な知識が欠落している僕にははっきりとしたことはいえないが過去の例に学ぶのであればかなり低い扱いになっている可能性がある。
しかし、彼女たちを革命に引っ張り込めればかなりの力になる。人口の半分は女性なのだから。労働力としても作業内容次第では男性以上の戦力にもなるだろう。要討論。
「…ため息を吐きたそうな顔をしておられますな」
「仕方のないことだと理解しているよ。なに、もう少し回復したらあいつらの横っ面を直接張りにいくさ」
その前に、自分自身の腹を括り直さないといけないけれど。
なんとかするしかないのだ。
できるできないではない。"やる"のほかに選択肢はない。
引き返すことのできる時期はとうの昔に過ぎ去った。
戸惑い震え、涙する日々もすでに過去になった。
変わらなければいけない時期が来たのだ。
僕も、この国も。




