三十六話 革命論 一章
革命とは。
広義においては国家などの社会組織の急激な改革をいい、狭義においては支配者層が握っていた国家権力を被支配者階級が奪い取って政治や経済の構造を根本から覆す改革を行うことである。
この二つの定義に従うのであれば、僕たちのやろうとしていることも革命の範疇に収まるのだが、目標は後者。手段は前者という微妙にちぐはぐなことになっている。
広義の革命は別に支配者が入れ替わることなく、制度や通例を大幅に改革することで支配者側から起こすことのできるもの。
対する狭義の革命は、支配者を入れ替え既存の社会体制そのものを一度崩壊させてから、被支配者層であった人々が主体となって作り直そうというもの。
しかし、僕たち――いや、僕の考えている革命はこのどちらとも微妙に異なる。
できることならば、自らが権力を掌握して上意下達の大改革といきたいところなのだが僕にはその力がない。かといって市民が糾合して革命を起こせるのかといえばそれもまた困難なのだ。
ストラトに聞いた話、市民が蜂起して国家を打倒したという記録は一切ないという。精々、大飢饉などの折に食料を求めて一揆が起きた程度で組織的な反抗というのは例がない。そして、前例のないことをやれる人間はほとんどいない――これは発明と一緒だ。言われてみれば当然のことを一番最初に思いつけるかと言われればそれがどれほど困難なことか。コロンブスの卵が良い例だろう。
話を戻そう。
つまりは、自分たちでは圧政を敷く腐敗貴族連中を打倒できないので市民の力を借りて支配者を打倒しようとしているのだ。本来であればそのまま政治を市民たちに任せれば良いのだが、そうもいかない理由がある。
それは有識者…つまり、教育を受けた者の数が絶対的に不足しているということだ。全体で見れば国家組織を維持していくだけの人数はいるのかもしれないが、その大部分は貴族であり支配者層に属する…つまりは敵である。貴族以外では商人などが豊富な知識を持っているだろうが、彼らもまた支配者層に組し、大部分の市民から財を巻き上げる行為に加担している者が多いだろうと予想できる。知識を有する大部分の人間が支配者側にいるとなっては革命を為しえたとしても早々に瓦解する可能性のほうが高い。あるいは、仲間割れの果てに群雄割拠などということになっては目も当てられない。
「ということは、だ。僕たちが主導して、市民の不満を利用して腐敗貴族どもをなぎ倒すしかないということか」
…言葉尻だけ繕っても仕方ない。
国家運営に携わる知識を持ち合わせている人物が元より少なく、その上革命が成功したとしても市民が運営していくことができないというのなら彼らを"利用"するしかない。実際の革命をやるのは市民だが手に入れた権力の座は僕たちが貰い受ける。
…なんという横暴だろうか。しかし、市民を一から教育している余裕はないし、革命を知る人間が増えれば増えるほど計画は露呈しやすくなる。であれば、彼らには革命決行直前までやろうとしていることを伝えずに完全なその場の勢いで行動してもらうしかない。こちらの都合で一番危険な役を押し付けることになる。良い様に使わざるを得ない。しかし、それでは―――
「略奪と陵辱の嵐が吹き荒れることになる」
一番考えたくない類の予想だが、今の計画のままでは間違いなく起こるだろう。支配者への恨みは根深い。それは年月の長さに拠らず、鬱積した不満の分だけ深くなる。そして、恨みというのは増幅しやすい感情だ。彼らが加害者の立場になったときどれほどの惨劇が平然と行われることだろうか。それを抑止もしなければならない。
…贅沢を言いすぎているのだろうか、僕は? 手段を選んでいる余裕などないのにまだこのような奇麗事に縋っている。やらなければ、危ないのは僕自身だと言うのに。
「あー、やめだやめだ!」
最近は寝ても覚めてもずっとこんなことばかり考えている。
革命の理念や意義を考えなければいけないのに、つい思考が飛躍してしまう。もう夜も遅く、眠らなければ明日の活動に差し支えるという時間だ。…純粋に殺されかけた夜を思い出しそうになるということもあるけれど。それを別にしても往く路の険しさを思うと目が醒めてしまう。いや、むしろそのことを考えないために考え事をしているのかもしれない。
…まただ。
また思考の悪循環に陥りそうになっている。一人の時間が出来るたびに、僕の精神は暗い奈落へ落ち込もうとする。それを自覚できるようになったのは結構前。そして途中で思考を中断できるようになったのはつい最近だ。
耳を澄ませば聞こえる、もう一つの呼吸。その規則正しい寝息が僕に平静を取り戻させる。
その寝息の主は、リディリシア・ロートリンゲン。
…誤解のないように言っておくが、別に疚しい事なんてなにもしていない。リディアが部屋の隅っこに安楽室からソファを持ち込んできて、毛布に包まって丸くなって眠っているだけだ。
暗殺騒動から今日まで、リディアはずっとこの部屋で共に夜を過ごしてくれる。ともすれば平静を失いがちになる僕を落ち着かせるために、だ。それこそ最初は不寝番で僕を看ていてくれたものだった。それが今は深い眠りに落ちている。独り言にも全く反応を示さない。…まあ、そんなことで起こしてしまったら申し訳なくて仕方ないが。
暗殺騒動の一件以来、リディアは僕の精神の浮き沈みに敏感――いや、過敏に反応するようになった。そうなるのも理解できるほどの醜態を披露してしまったのは僕自身なのだが…。彼女に余計な心配をかけまいとしてうるちに思考を強制的に切り替える方法を体得したのだ。今更ながら。
「眠ろう」
理想と現実が錯綜している頭で考え事をしても意味がない。
理想は理想。
現実は現実。
建前と本音。
二者の妥協点を探すのはもっと後で良い。今は考える必要のないことだ。
そうだ。今度はストラトやラフィリア、それにジルヴァやレヴェッカたちにも革命をどう思っているのか聞いてみるのもいいかもしれない。
リディアは革命に"優しさ"を求めた。
みんなは一体なにを望むのだろうか?
この国に生まれ、育った者たちはなにを願うのだろうか?
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