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三十四話 魔法技術 その弐

 


 人類の文明の発達は熱と共にあると言えなくもない。

 文明の発達に不可欠である金属の加工のためには、大変な高熱が必要だからだ。

 古代においては青銅の文明が鉄の文明の前に敗れ去った。人が鉄を利用するようになって長くなるが、品質の良い鉄を大量に生産できるようになったのはそんなに昔のことではない。大量生産の方式が完成されてからは「鉄は国家なり」と言わしめるほどの存在になったが、その影には高熱を生み出すための試行錯誤の歴史がある。

 より高温を得るために過激に燃焼させるために送風装置を作り、炉の熱を逃がさぬように工夫をし、強い火を熾すために炭を厳選した。ある種偏執的なまでの拘りによって熱を生み出してきたのが僕の知っている世界の歴史だ。

 それがどうだろう。ほんの数秒で冷水が熱湯に変わってしまう。

 それにはいったどれほどの熱量が必要なのだろうか。俄かの知識ではとてもではないが思いつかないが、少なくとも恐るべき熱が発生していることは間違いないだろう。可燃物…木片のひとつでも放り込めば一瞬で塵になってしまうかもしれない。

 …なんか長々と説明したけど、ここまでは結構どうでもいい話。それほどの熱を容易に得ることが出来るということが僕を歓喜させている。

 畏怖でも恐怖でもない。純粋な歓びだ。

 近代科学を支えているのは高度な技術によって得られる"安定した高熱"だ。魔力式かまどの熱であってもそれは同様。安定した高熱であれば、どのようなものでも構わないのだ。むしろ、その方法が安易であればあるほど良い。

 僕が暗い歓びを噛み締めているのは、そのせいでもある。その必要とされる高温ゆえに諦めていた技術がどれほどあるか。

 身近な鉄ひとつとっても、その加工には非常に高い熱が必要なのだ。

 鉄の融解温度は1500℃。鉱石や砂鉄から取り出すにもコレに準ずる温度が必要になる。そのために熱を逃がさぬ炉を作り、原料1kgに対して約10倍近い木炭を消費してようやく鉄を取り出すことが出来るほど。それも何日もかけて火を焚き、ふいごを使って温度を上げてようやくというようなシロモノだ。グラーフ王国の人たちがどんな方法で製鉄を行っているのかは分からないけれど決して生産量は多くないはずだ。しかし、この"魔力式かまど"の技術を転用すれば驚くほどの低コストで鉄を作ることが出来る。国民一人当たりに割り当てることの出来る鉄量が増える。…劇的になにかが変わるわけではないだろうが、生活が豊かになることもあるだろう。


「ストラト、こいつは量産できるのか!?」


 湯気の向こう側でストラトが目を見張っている。しかし、そんなことを気にする余裕もないくらいに僕は興奮していた。


「…何をなさるおつもりかは存じませんが…量産は難しいでしょうな」


「なぜっ!?」


 いつにない僕の気勢にストラトがたじろぐ。


「そ、それはですな? 陛下もご覧になられたかと思いますが、かまどに刻まれている紋章に使われる塗料が特別なのですよ。"魔石"と呼ばれる鉱石を細かく砕いたものなのですが、魔石自体の産出量が少ないのです。それに――」


「…それに?」


「食堂から出てみればお分かりになるかと」


「外?」


 私はここでお待ちしておりますので。とストラトは僕を促した。理知的な解説のおかげで僕も少しだけクールダウン。垂れ布をくぐって、食堂の扉に手をかけた瞬間には違和感を感じていた。

 …ドアノブがひんやりしているのだ。



 ――陛下、これから少し部屋が寒くなるかもしれませんのでお気をつけください



 なんとなく、オチが読めた気がするが気を取り直して廊下に出る。


「寒ッ!」


 後宮の賑やかさは身を潜め、大理石の回廊は冷気を伴った静謐に満ちていた。

 常に快適な温度を保っていたはずの空気はさながら巨大冷蔵庫と化したかのように冷え切っている。吐く息が白い。

 これはなにか。色々と前提が狂ってくる予感がする。

 異世界に来た割にはそんなに異世界らしいことはなかったじゃないかと自分に言い聞かせる。魔法は万能ではなかったし、召喚された状況だってまともじゃない。一件便利な技術にしたって落とし穴がないはずが無かった。

 "魔力式かまど"は、"熱を発生させる技術"ではなかった。"熱を掻き集める技術"だったのだ。熱を作り出すのではない、他所から奪ってくる。つまりはそういうことか。

 世の中そんなに甘く出来ていないということを、異世界で噛み締めることになるとは思わなかった。

 莫大な熱量を発生させる技術が、軽くワンタッチで簡単に得られるはずがない。顔色一つ変える必要のない労力でそんな効果が得られるはずもない。

 失意のうちに、冷風吹きすさぶ食堂の扉を閉めた。


「…どうやら、ご理解いただけたようですな」


「………」


 確かに、量産は困難だろう。仮に家庭用熱源などにしようものなら熱の奪い合いになってしまう。夏だろうが冬だろうがお構いなしにコートが必要になってしまう。

 だが――要は使い道だ。一般に普及が難しいならデカい汎用性に富んだモノを作ればよい。熱を集めるのであれば、多くの熱を蓄えるように工夫をすれば、出力を上げる事だって出来る。色々なことができるようになるのだ。


「ストラト」


「は」


「この"魔力式かまど"を大型化した場合に必要な資材や経費なんかを概算で良いから計算しておいてくれ」


「承知いたしました。…なにかお考えがおありのようですな? 悪い顔になっていますぞ」


「そうか?」


 自然な笑みのストラトに対して、僕はといえば意地の悪い笑みが浮かんでいるのが分かるくらい口角が持ち上がっている。

 ひとつは魔力式かまどの存在に。もうひとつは、リディアの協力のもと取り組んでいた思考を漏らさない方法がストラトにも通用したということ。

 これは革命マニュアル――考えれば考えるほどクーデターではないのか?という疑念が強くなる――の作成に纏わる副産物の一つだ。というのも、教本を書くというのはそのほとんどが頭脳労働である。だからこそ考えを纏めるのに書き物をしたいのだがこの国の文字を未だに書けない。…ついでにペンと羊皮紙にも馴染めないで居るために実質書き物ができない。…だって、羽ペンとか使えるわけないし、そのことがイライラを増進して考え事ではなくなる。それに、紙にしても製法を伝えたことで増えてきてはいるが紙は酷く滲むのだ。というのも、植物の繊維が粗く隙間も多いのがその理由だ。僕が元の世界で使っていた紙は、填料てんりょうという熱や化学物質などで表面を平らにして字が滲みにくく作られているためにさして苦労もせずに使えたのだ。

 ――話を戻そう。

 僕の代わりにメモを取ってくれるようになったリディアは必然的に駄々漏れになっている思考を浴び続けることになるわけだが、そのときにふと思考が途切れることがあったりしたらしい。そのあたりの疑問に端を発して、様々な実験を繰り返した結果、思考を暴露せずに考え事をする方法をついに会得したのだ。――至極どうでもいい話だが。…ちなみに、完全ではなくてたまーに漏れているそうだ。

 それでも、無意識に思考をばら撒くことが減ったというのは良いことだ。

 "狡い"だとか"せこい"だとか"外道"とか…貶しにしか聞こえない褒め言葉を聴かずに済むのだから。


「……そういえば、ラフィリアはどうしているんだろうな?」


「かなり忙しく飛び回っていると聞いております。偶には戻っているそうですが…」


「部屋から出ない生活じゃ出会うはずもないか…」


 重要な仕事を押し付けておいて、ひどいはなしだとは思うが。

 それでも、暗殺騒ぎがあってからこっち、まともに話もしていない。



 …なんとなく、声が聞きたかった。





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感想など人目に晒すのはイヤ!という方はメールでも結構ですのでよろしくお願いします。


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