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三十話 決意

 



 元、という但し書きがつきますが。と言うストラトの補足は僕には聞こえていなかった。

 暗殺騒ぎ以降、精神の情動野がすっかり不毛の荒野になってしまっている気がする。もう、告げられた事実に驚きすら感じない。それどころか、逆に納得してしまえるほどだ。

 …いや、でもショックを受けていないわけじゃない。

 この世界にやってきて、いきなりラフィリアと引き離され途方に暮れていた僕を支えてくれたのは他でもないストラトだった。それ以外にもいろいろと心を砕いてくれていた。そして何より、リディアと引き合わせてくれたことを心から感謝しているのだ。彼女の優しさがなければ、僕はもうずっと前に死んでしまっているだろう。身も心も。

 不思議と裏切られた、とかそんな風には思わないけれど―――身体は別だ。


 目の前に、僕を殺しかけた暗殺者の身内がいる。


 その事実だけで歯の根は合わなくなり、かちかちと耳障りな音を立て僕の身体はどうしようもなく震えてしまう。首と左手の傷が疼き出し息苦しさを感じる。――まるで再現フィルムのようだ。事件のあった翌朝、子供よりみっともなく震えていたそのときの再現。

 でも、それは身体だけの話だ。染み付いてしまった条件反射。一種の防御行動。大丈夫、思考は冷静だ。いつも通り、クレバーな僕のまま。ともすれば、身体に引き摺られそうな精神を御しながら身を丸め、震えの引くのをじっと待つ。


「申し訳ありません、陛下。リディアを呼んで参ります」


 その声音には、僕への気遣いがありありと感じられる。でも、僕はどうにか首を振ることでそれを拒否した。必要ない、余計なことをするなと念を篭める。

 それでなくとも、リディアには無理な負担を強いているのだ。ここしばらくで豹変とも取れるような大人っぽさを纏うようになったのは僕のせいだ。不安定な僕を少しでも安心させようと、ありもしない余裕を演出して見せてくれている。…全く、どちらが年上なのか分かりやしない。そんな彼女に縋っているのもまた僕なのだけど。


「…しかし、陛下」


 冷静になりきれていない、どこか狼狽した目で見ているが元はといえばお前のせいだからな。


「…い、らん…と言った…ッ!」


 歯鳴りを押さえ込んで、どうにかそれだけを口にする。

 いつまでも震えてばかりいられない。いつまでも過ぎ去った死の影になど怯えていられない。

 それに、今目の前に居るのは他でもない、ストラト侍従長だ。たまたま、『曙』のメンバーであったというだけ。殺すのであればこんなに優しくはするまい。ましてや自分の正体を明かすなどということは。

 そう自分に言い聞かせる。


「…それで、そんなことを僕に言ってどうしたいんだ? 悪魔だろうが邪神だろうが、疫病神だろうが使えるものならなんでも使う。国際的に敵視されている? だからどうした。そんなくだらない事はどうでもいい、今この国をひっくり返すのに利用できればそれでいい」


 一息に言い切って、ふーっ、と大きく息を吐く。声はどこか震えているし、ソファからずり落ちそうになっている。言っていることとは裏腹に、腰が抜けてしまったように力が入らない。


「しかし…陛下」


「くどい」


 あくまでも頑ななストラトを一蹴。さらに言葉を重ねていく。


「お前の出自がどうであろうと、やってもらう。

 依頼内容は欺瞞情報の流布、及び情報収集。暗殺の依頼は一切を要求しない。報酬は望むがままだ。財貨による支払いであれ、生存権の保障であれ国家の威厳をかけて保障する。お前の判断で交渉して良い」


「………」


「仮に、他国が『曙』の残党を保護しているということで干渉してくるのであれば、一国家として彼らの安全を守るために対抗する。大陸を敵に回してやろうじゃないか」


 口角を持ち上げて、意地の悪い笑みを浮かべてやる。

『曙』を国内に匿うということは、国際的な地位を投げ捨てると同義だ。大陸全体から目の仇にされている組織を隠匿すれば、当然この国も排除の対象となる。ましてや、この国は豊かだ。豊富な鉱物資源に森林資源、それらに支えられた農地もまた肥沃である。それだけで侵略しその生産力を奪いたくなるというのに、さらにはほとんど絶滅したとされる異種族を多数抱えている国でもある。そんな国は、放っておいてもいずれどこかの国から侵略を受ける。そこに狙われる理由がひとつ増えたところでなんだというのだ。であれば、『曙』の力を借りてでも正しい国家の姿を取り戻すべきだろう。それに、彼らの存在がバレたからといって容易に手出しの出来る場所ではない。…そんなに上手く事が運ぶはずもないが、現実問題として彼らの力なくして革命を起こすことはできないだろう。我々は素人なのだ。今はまだいいが、いずれは誤魔化しきれなくなる。そうなってからでは遅い。


「やってくれないか、ストラト」


 なんとか居住まいを直しながら、懊悩するストラトに問う。

 まるで柱かと紛わんばかりの直立姿勢のまま、眉間に深い皺を刻みストラトが熟考する。

 正直、僕にとって『曙』の成り立ちはどうでもいい。その所業ですらどうでもいい。彼らの置かれている現状は僕にとってはマイナス要因だが、その能力はマイナスを補って余りある。僕は自分自身のために最善の方法を選択するだけだ。他でもない、死なないために。

 すぅっとストラトの瞼が上がる。


「……私が『曙』の人間であると知って尚、全権を預けると?」


「勿論だ。ショックを受けていないと言えば嘘になるが、僕にはそもそも他に選択肢がない。さっきも言ったけどね」


「私が、彼らに有利な条件で契約を結んでくるとは思わないのですか?」


「構わない。結果として、彼らの協力が得られれば少なくとも現状は改善する。つまり、僕に出来ることが増えるということだ。なんとかするさ」


「………陛下は、恐ろしいと思われないのですか」


 我々が――とはストラトは言わなかった。何が恐ろしいのか、色々勘繰ることの出来る言葉だ。

『曙』が恐ろしいのか、それとも彼らに弾圧を掛ける大陸諸国が恐ろしいのか、そのいずれでもないか。


「怖いよ。そりゃあもう、いろいろ怖い。死ぬのが怖い。殺されるなんて真っ平ゴメンだ」


 けど。と僕は言葉を継ぐ。


「だけど、敵が見えているのなら恐ろしくない。抵抗できるのなら、反撃できるのなら恐ろしくもなんともない。間隙という間隙を小突き回し、抉じ開け引き裂いてやる。徹底的に、完膚なきまでに」


 声に、熱が篭る。いつの間にか震えはどこかへ去っていた。


「何も出来ずに、死にたくはないんだ。何も出来ずに死ぬこと、それが怖いよ…今はね」


 訳の分からないことを言っているな、と思う。でもこれは飾らない僕の本心だ。


「ストラト。何度も言うけど僕には『曙』がどういう組織なのかはどうでもいい。使えるものは全て使う。それだけだよ」


 …単純な話がそうなのだ。


 "立っている者は親でも使え"


 僕には手段を選ぶ贅沢は許されていない。


「…………承知いたしました」


 どこか苦い笑みを浮かべてストラトが応じた。


「陛下にとっては心底どうでもいい話なのですな。使えるものは使う。実に単純です。我々は圧倒的に不利な状況、手札は多い方が良い……そうですな?」


 強張っていたストラトの表情が一気に緩む。憑き物が落ちた、とでもいうのだろうか。その笑みは爽やかですらある。


「このストラト・ツェーリンゲン。謹んで交渉役の任をお受けいたします」


 僕もその笑みに釣られてか、微笑を返す。


「ストラト」


「は」


「…少しくらい、欲張っても構わないからな」


「…?」


 流石にこれだけでは伝わらないか。

 首を傾げるストラトに悪戯っぽくいってやる。


「『曙』の連中に肩入れしても良いぞ、って言ってるんだ。経緯はどうあれ、この国に苦難の果てに流れ着いた者たちを拒絶などしないよ」


「ご温情、確かに頂戴しました――」


 直立状態から、腰を起点に90度近く曲げての最敬礼。そして渋い豊かな音律が決して広くはない安楽室に響いた。





「――国王陛下」






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