二十九話 邂逅
「陛下。今、なんと仰いましたか」
普段からマッチョな体格に似合わず、優しい顔つきで好々爺然としたストラトが今は険しい。
「例の暗殺者グループとの交渉をストラトに一任する、と言ったんだ」
強い力の篭った視線を、なんとか真正面から受け止めることに成功して僕は言う。しかし、たったその一言を伝えるだけで僕の口の中は干上がってしまっている。とことんプレッシャーに弱くなってしまったことを否が応にも理解させられる。
腰掛けているソファからずり落ちそうになるのを必死で堪えて言葉を接ぐ。
「僕はこの様だ。それに、あの暗殺者と対面して理解した。今の僕では仮に暗殺者グループの使者と対面したところでまともに頭が働かないよ。とても、平静ではいられない」
あの無機質な瞳を思い出すだけで怖気が走る。未だに包帯の巻かれている首が苦しいような気までしてくるし、左手の傷はまだ痛む。そしてなにより、震えが止まらなくなる。
「見てみろ、話のネタにするだけでこのありさまだ。とても交渉どころじゃない」
僕の意思に拠らぬ震えを起こす両の手をストラトに示す。
一度こうなってしまえば、しばらくは震えが収まらない。手を組んで、腿に挟み込んでなんとか震えを押さえ込もうとするのは、この短い期間で染み付いた癖のようなものだ。
そのことを知っているストラトはひとつ唸って目を伏せる。努力云々以前に、現状で僕が使い物にはならないということを彼が一番良く理解している。リディアほど親身でもなければジルヴァほど盲目的でもない。ストラトの感性はあくまでも現実的だ。夢は夢として受け止めてくれるが、現実離れした話には異を唱える。徹底した現実主義者だ。今まで対立することなくやってこれたのは僕もまた現状を打破するために現実主義者であらなければならなかったからというのが大きいだろう。僕の出した意見がストラトからしても現実的な案であったからこそ何も言わなかったというだけ。現に暗殺者との対面の直後には露骨な態度を取っていたことからも分かる。
「………」
瞑目し、沈黙を続けるストラトに僕は更に言い募る。
「ラフィリアは不在。ジルヴァとレヴェッカは経験不足。頭だけは狡い僕は役立たず。…となれば、ストラトしかいないんだよ」
まさか、リディアに任せるわけにもいかないだろう?という僕の冗談にもストラトはなんの反応も返さなかった。
僕は首を傾げる。…これは沈黙ではない。なにかを考えている?僕の言葉が届かないほどの思考の深み。あるいは葛藤か。どちらにせよ、余計な口を挟むべきではないように思われた。
難しい表情のまま直立したストラトが口を開いたのは優に10分は経った頃だ。
「陛下はご存じないかと思いますが、アレはただの暗殺者ではありません。大陸中を混沌の海に叩き落した、異能の暗殺集団『曙』の手の者です。今でも世界中から忌み嫌われ各国で指名手配、狩り出しが行われていると聞きます。一人残らず殲滅されたと言われる今も、です」
ストラトの口から語られたそれは凄惨極まる大陸の歴史だ。
海と山脈に囲まれ文化的に孤立しているグラーフ王国ではほとんど知られていない大陸史。
中世暗黒時代、とでもいうのだろうか。
ストラトが言うにはそれはそれは酷い時代だったのだそうだ。
その原因が、『曙』という雇われの暗殺者集団であったという。いや、正確には"ただの組織"であったそうだ。所謂、裏稼業と呼ばれる類の仕事を専門とするただの一組織。彼らは異能の力を以って今までにない精度での仕事を果たすことが出来た。
金次第でいかなる仕事をも請け負い、正確に遂行する。それは仕事の内容が"暗殺"であっても遺憾なく発揮され、そのことが後の悲劇を呼ぶに到った。
貴族社会において、権力を握るための手段は大きく二通り。
自分の才能を王に認めさせ、召し上げてもらうか。
それとも自分の上に居る者を引き摺り下ろすか。
前者は難しく後者は容易い。
"邪魔者は消す"
そんな風に考えてしまう者が出てきたのはある意味当然だろう。
そして金さえ積めば仕事を選ばずに遂行する『曙』が貴族の権力抗争に利用されるようになるのは早かった。次から次へと貴族の死亡が相次ぎ、殺したものがのし上がり、のし上がったものが殺される。問題は一国に止まらず、他国にまで飛び火しついには暗殺による王位簒奪までが行われるようになる。その上、暗殺を口実に他国への宣戦布告などが相次ぎ大陸は血みどろの大戦争へと発展していった。
そして数年。地図の上から小国のほとんどが消え去ってから、各国の王たちはふと気が付いたのだ。暗殺に次ぐ暗殺によって人材が払底し、臣下との信頼関係もズタズタで併呑した小国の統治すら危うくなってしまっている状況に。
彼らは異例とも言える大陸首脳会議を内密に執り行い、『曙』の完全抹殺を大陸全体の総意として決定した。この戦争は『曙』の陰謀によって引き起こされたものであり、我々人類の共通の敵だとされたのである。
世界から敵と看做された『曙』の壊滅は早かった。醸成された権謀術数の限りと残虐性の限りを尽くして狩り尽くした。秘密の里は暴かれ、ただ一つの例外も無く抹殺し尽され灰すら残さぬほどの徹底振りであったという。それが50年ほど前の話だと言う。
「しかし、殺され尽くしたのだろう?」
「いえ。完全ではなかったと聞きます。極少数ではありますが、脱出した者がいるというのが通説です。そして、龍の鎮座する山脈を抜けグラーフ王国に潜んでいる…とも」
直立したまま、静かに語りを終えるストラトは――しかし。あまりに泰然とし過ぎている。あの険しい表情はなんだったというのだ?それに、徹底的に狩られたはずなのにどうしてそんなに『曙』の情報を持っている?
ああ、こういうときのテンプレ(お決まり)といえば、アレか。
「もしかして、『曙』の生き残りがストラト――お前だとかいうオチじゃないよな?」
背中を冷や汗が流れ落ちる。願わくば、冗談であって欲しい。そう強く願った。
「流石は陛下でいらっしゃる。よくお気づきになられましたな」
しかし、淡い期待は宙へと消えた。
柔和な笑みのまま、いつも通りの微笑みのまま、彼は言った。
「――私が『曙』の頭領、ストラト・ツェーリンゲンでございます。陛下」
誤字・脱字、ご意見・ご感想などお待ちしております。
感想など人目に晒すのはイヤ!という方はメールでも結構ですのでよろしくお願いします。