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二十五話 傷跡

 


 衝撃的な体験と、壮絶な恐怖、そして精神的な傷をなんとか押さえ込んで寝室から出れるようになるまで一週間かかった。

 起こってしまったことはどうしようもない。経験してしまったものは仕方がない。結果としては酷い目に遭いはしたものの、僕は生きていると呪文かなにかのように自分に言い聞かせ。既に暗殺者は捕らえられ、後宮の魔術による警戒・防御網は召喚の巫女にして国一番の魔術師でもあるラフィリアの手によって十重二十重に張り巡らされ特に寝室周りは徹底的に防護がなされた。そこまでしてやっと、である。

 それまでの間、寝室にはリディア以外の誰とも顔を合わすことができなかった。それほどまでに僕は打ちのめされていた。

 哂いたければ哂うと良い。

 惰弱だと臆病者と蔑まれても良い。

 失望も嘲笑も甘んじて受けよう。

 ほんの70年ほど前にはまだサムライと呼ばれる高潔な精神性を有した日本人が居たと言うが、そんな気高い血がこの身にも流れているとは到底思えない。年端の行かない子供のようにリディアに縋り付いて震えて過ごした一週間だ。地獄のような時間だった、とそう安直な表現しかできないほどに。理性ではなく感情が、気持ちではなく身体がついてこない。見事に対立する自分自身をどうにか宥めすかしてやっと今に到る。それも騙し騙しでしかなく、気を抜けば立っていることすらままならなくなるし、壊れてしまった僕の中の何かを肩代わりしてくれているリディアが居なくなってしまったらどうなるのか――想像もしたくない。

 しかし、そんな情態をおしてでも尚やらなければならないことがあった。



 *   *   *


 僕は腕どころか指一本動かせないようにガチガチに拘束され、自害もできないように口の中に布を突っ込まれた上に猿轡という状態で地下牢に転がされていた暗殺者と鉄の檻越しに対面していた。

 僕を襲ったときにはしていた覆面は外されて、柔らかな色合いの栗色の髪と同じ色の瞳が僕を見上げていた。

 無論一人ではない。リディアとストラト、そしてジルヴァが一緒だった。


「やあ、しばらく振り」


 僕は軽く笑みを浮かべて、素顔を晒した暗殺者に声をかける。

 …正直、それだけで僕はもう平静を失いかけている。恐慌一歩手前。首の傷がしくしくと痛むのが、精神負荷に拍車を掛けている。そんな僕の変調を察したのか、リディアがすっと僕に寄り添ってくれる。…本当に代え難いメイドさんだと思う。こんな駄目な主に幻滅することもなければ失望することもなく傍に居てくれる―――僕には勿体無い女性ひとだと思う。…変な意味じゃないぞ?


「哂うなよ? アンタのお蔭でこの様さ。一週間も放ったらかしにしてたのも、すっかりビビっちまってたせいさ」


 コレと、コレな。と僕は左手と首を示す。…左手は自爆のような気もするが、よく覚えていないし。等と軽く言い訳を挟みつつ。


「で、個人的にはもう二度と会いたくなかったんだが、確かめておきたいことがあってね」


 なかなかに整った顔立ちで、街に紛れ込みでもすればなかなか人気が出そうだ。しかし、僕を見る目が頂けない。なんの感情も篭らない無機質なガラスを思わせる、どこまでも透明な――見ているようで見ていないこの目が。


「この前は成り行きでああなってしまったけど、ようやく話せる。…僕としては話したくないんだけど、どうしても必要なことでね」


 ふぅ、とひとつ息を入れて言葉を継ぐ。


「まずひとつ。主の所に帰って伝えろ。噂はデマで、王は国をひっくり返すつもりだと。

 ふたつ。雇われか、組織の犬かは知らないが上役に伝えろ。仕事を依頼したいから人をよこせ、と。お前じゃないヤツを、だ」


「陛下」


 脇で控えているストラトが声を上げる。無論、咎める声だ。


「言いたいことはわかるつもりだよ、ストラト。でも、コイツらは使える。隠密組織なんてあるとは思ってなかったけど、あるなら使いたい」


「ストラト侍従長が言いたいのはそうではないでしょう」


 同じく脇で控えていたジルヴァも混じる。左右からサラウンドで抗議されるってのはあんまし言い気分でもないが…。


「多分、依頼主は辺境領主あたりじゃないかと踏んでるんだ。"巷で流れる噂の真意を確認し、本当であれば殺しそうでなければ生かせ"というのが命令オーダーらしいから、まあ間違いないだろう。腐敗貴族側の依頼ではないはずだ」


 断定はできないけど。


「それに…こういう奴等の力が必要なんだよ。裏で情報を拾ってもらったり流してもらったりな」


「「………」」


 二人が納得していないであろうことは、なんとなく分かる。

 しかしどうしても必要なのだ。裏事情に通じた人間が。僕たちの動きが活発になればなるほど、露呈の危険は大きくなる。それを誤魔化すために異世界の技術を流してはいるが、完全ではない。情報操作のノウハウを持ち、またそれを実行しうる協力者がどうしても必要なのだ。


「綺麗な革命なんて、あるわけがないんだから」


 とことん姑息で卑怯に立ち回るか、正々堂々戦って夥しい血を流すかという選択。僕は迷わず前者を選ぶ。

 そんな僕を見つめ続ける目は相変わらずガラス玉のようで、なんの色も浮かべていないが、確かに伝わってはいるようだ。


「まあ、そんなわけだからアンタの身の安全は保障するよ。大切なメッセンジャーだからね。扱いが手荒になったのは、自業自得ってことで了解してくれ」


 言って、ついと視線を逸らし背中を向ける。本音を言えば、無力化されているとはいえ暗殺者に背中を見せるのはとても怖い。いや、暗殺者でなくてもか。根本的なところで僕は様々なものに怯えてしまっている。だが、これからやっていくことを思えばそんな甘えたことを言っていられない。一種の荒療治だ。

 僕の後に続くように、三人が地下牢を出る。

 地上に繋がる階段を上れば後宮のほぼ中央…ちょっとした公園程度の広さを持つ庭園に出る。初めて見たときは酷い贅沢だと思ったものだが、後宮から出ることのできなくなった皆からは憩いの場として親しまれている。

 そこが限界だった。

 かくん、となんの予兆もなく膝が落ちた。

 たった数分の邂逅が、これほど重く圧し掛かるとは思わなかった。

 どうやら、僕はとんでもない傷を負ってしまったらしい。トラウマなんて言葉で簡単に片付けてしまいたくはないけれど、他に言いようもない。

 誰が信用できるのかも全くわからない状況に置かれて、ようやく安定してきたかと思った瞬間に暗殺未遂。溜まっていたストレスが噴出してみれば対人恐怖症――はちょっと違うけれど。どちらにしても、これは洒落にならない。物語の主人公たちはこんな体験をどうやったら笑って見過ごせるのだろうか。余程肝が据わっているのか、懐が深いのか…はたまた頭のネジが飛んでいるのか。僕の意見としては最後の可能性を支持したいところだ。


「ミノルさま」


 リディアが肩を貸そうとするのを制止して、なんとか身体に喝を入れる。

 まだ始まってすらいないのに、こんなところでいつまでも膝を屈してはいられない。



 ――――せめて、精神こころくらいは強くなりたいものだ…



 心からそう思った。




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