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二十二話 中間報告

 


 後宮の安楽室で四人が揃うのは久方ぶりのことだった。

 ストラトは王城内に止まらず王都全体の情報収集と、表に出てこない僕の代わりの御用伺いなどの応対に謀殺されていたし、国内外交官のラフィリアもまた非公式ながら各種族の集落を文字通り飛び回って実態調査を行ってくれている。そして、僕とリディアも緩急こそあれ己の役割をこなすべく狭くも広い後宮を右往左往している。

 そんな事情もあってこの安楽室での会談は、僕とリディアともう一人、というのが多かったのだが今日は珍しくタイミングが合って全員での報告会となった。


 久しぶりにフルセットでの活躍となる白磁のティーセットをリディアが運んでくる。

 ポットの中身はもちろん紅茶――というか、この国ではお茶といえば紅茶。彼女の入れてくれるお茶を毎日のように飲んでいるが――未だに味の良し悪しは分からない。

 貴族の嗜みと、協力者の女性陣にはよく付き合わされて銘柄当てなどをやらされるが、これっぽっちも当たりやしない。

 ラフィリアもストラトも美味しそうに飲んでいるから味は確かなのだろうけれど――やはり、日本人は緑茶だろう、などと言い訳がましいことを思ってみたりもする。…確か、紅茶も烏龍茶も緑茶も、原料は同じで製造の過程が異なるだけであったはずだから作ることは可能だろう。なにもかもが上手く行ったら製造を依頼してみてもいいかもしれない。米も醤油も味噌も。リディアがいろいろと工夫して食事を用意してくれるのでこちらの料理に飽きるということはないだろうけれど、そういうのとは別に故郷の味というのは恋しくなるものなのだ。

 そうやってしばし。お茶を楽しんだあとで、僕は口を開く。皆、それぞれに忙しい身――時間は貴重なのだ。


「それでは報告を」


 なるたけ、重々しく聞こえるように言ってみる。こうしていると悪の秘密結社の親玉気分が味わえて少し気にいっている。


「それじゃ、まずはわたしからやらせてもらうわ」


 ラフィリアはお茶請けのビスケットをひとつ口に放り込んで立ち上がる。ちなみに、ビスケットとはいうがその実、カンパンである。食料備蓄計画の一環として試作されたものだ。少し穀物臭い気もするが、そこはそれ小麦の味である。僕も食べたがなかなか悪くない。


「エルフたちは生活物資を、フェザーフォルクたちは薬草なんかの医薬品を、人魚たちは魚介を中心に食料品を教会を通して援助しているわ。彼らも豊かな生活をしているわけじゃないから、かなりの無理をしてくれていることになるわね」


「ドワーフたちは――ほとんど街か」


「ええ。彼らは元から住んでいるし、鉱山が主だから」


「で、その援助物資が教会を通して公平に分配している、ってわけか」


「ドワーフたちを別にしても、彼らはこの国の人々にとても恩義を感じているから…」


 そう言うラフィリアの表情がふっと和らぐ。

 そう。彼らは迫害を乗り越えてこの地にやってきて、迎え入れられ安住の地を得た。…それは彼らにとって信じがたい幸運だったに違いない。大地の果てで、暖かく迎えられるなどとは。


 "情けは人の為ならず"


 という言葉があるが、まさにこのことだろう。

 人の恩は巡り巡っていつかは自分に還ってくる、だからこそ情けを施すのだと。


「今のところ、それ以上の問題はないみたいだけど、街に出ていた人たちが引き上げてきたりはしているみたい」


 わたしからは、こんなところ。とラフィリアは再びソファに身を沈めて、ビスケット改めカンパンに手を伸ばす。


「今のところは問題なし…か。んじゃ、今度見回りに出るときは土産を持っていってやってくれ。倉庫にあるの、適当に持って行っていいから」


「倉庫?」


 きょとん、とした顔でラフィリアは僕を見るが、その返事は紅茶のお替りを用意しているリディアが請負った。


「はい。最近になって食事内容を見直しまして、そこで発生した余剰食糧を保存食に加工して倉庫――空き部屋にしまってあるんです」


「そういうこと。持てるだけ持って行っていいからな」


「いまいち事情は飲み込めないけど、了解」


 うん、と僕は一つ頷いてストラトを見る。侍従長でもある彼はそれだけで言わんとすることを察してくれる。


「では、次は私からご報告をさせていただきます。

 現在、主要貴族たちの力関係などにつきましては調査中ですが、マース伯、ゴーダ伯、ヅェヴェル伯らを頂点としていることは間違い在りません。元締めがこの三貴族で他は取り巻き、その他大勢といったところでしょうか。詳細につきましては調査が完了次第、ご報告をさせていただきます」


「奴らの資産調査は?」


「そちらはほぼ掴めております。ほとんどの財貨は三貴族に集中しており、貴族資産の約半分が彼らの所有か、その傘下ですな」


「ちなみに、額にするとどれくらい?」


「…記録に残っている正式なものだけで、我が国の年間予算の三倍程度にはなるかと…」


 ストラトはこの質問を予見していたのか、表情ひとつ変えずにあっさりと言ってのけた。そんな侍従長とは対照的に僕らといえば茫然自失だ。僕なんか顎を落としたかと思うほどに口をあんぐりと開けているし、リディアはラフィリアのカップにお替りを注ごうとして硬直。ラフィリアはカンパンを取り落として目を点にしている。それからすれば、二人に比べれば僕なんかはまだ自分を保っていた方かもしれない。

 しかし。

 しかしである。

 いくらなんでも溜め込みすぎではなかろうか。

 仮に物的資産――建物などの不動産がその資産の半分を占めるとしても優に国家予算以上の資金を溜め込んでいるということだ。ある程度私腹を肥やして丸々と太っているのだろうな、とは思っていたがこれほどまでとは予想していなかった。


「我が国には、豊かな鉱脈がありますからな…。それに、他国との交易も大規模に行えない土地柄。貴金属の流出というのがほとんどないのですよ」


「あー…」


 なんとなく、納得できる理由ではある。陸路が使えない以上、海路での貿易が主流になるが船舶がその交易を担う。しかし、船である以上輸送できる重さや体積には自ずと限界がある。交易の対価を金で支払うにしても船の容量以上の買い物はできないし、なにより金は重い。それならば、同じくらい価値のある宝石類で支払うのが合理的というもの――


「ご明察でございます、陛下。しかし、考えていることがだだ漏れです」


「あ、ごめん」


 ストラトに鋭く指摘され、はっと我に帰る。先日リディアにも注意されたばかりだが、どうにも考え込む癖というヤツが抜けない。しかし、今回ばかりは悪いことでもなかったようでリディアとラフィリアが驚いたように僕を見ている。


「……ミノルさま、凄いです」


「あんた、頭だけは回るのね…」


 ラフィリアのそれは賛辞ではないにしても、リディアが尊敬の眼差し(多分)で見てくれているのはちょっと嬉しい。


「つか、それだけ聞くと凄く恵まれた国じゃないのか、グラーフ王国」


 豊かな鉱脈があり、豊かな森林資源があり、豊かな水があり、豊かな土地があり、豊かな海がある。おまけに外敵がいないときたものだ。こんな地上の楽園があれば、そりゃあ国民も純朴に育つだろうし、貴族だって腐敗する。ある意味、当然の帰結だといえる。


「それ故に、建国以来ずっと狙われております。堅牢極まりない天然の要害に阻まれ一度たりとも侵攻は許しておりませんが」


「だろうな…。龍が守っていようが、潮の流れが難しかろうがこれだけ豊かな国だ。大きな犠牲を支払ってでも手に入れる価値はある…」


 改めて思う。

 この国はヤバい。

 政治的にもヤバいが、それと同じかそれ以上に外敵もヤバい。ましてや、今は国内がボロボロだ。そんなところに、外国の軍隊の一群でも辿り着いたら即亡国なんてこともありえる――とそこまで思いを到らせて、思考を放棄する。今考えるべきことではない。これは伝えてはならないことだ。僕たちにそれに対処する能力はないのだから。

 強張りそうな顔を、真剣そうな表情で誤魔化してストラトに問う。いろいろ考えすぎな僕とは違って優雅な仕草で紅茶を味わっている彼にだ。


「計画に気付かれた様子は」


 これには流石のストラトも真面目な顔をする。


「今のところ、そのような徴候はございませんな。陛下の出された鼻薬が効いているのでしょう」


「…ならいいんだがな。もうひとつ、念を入れて薬を処方しておくか。また人を集めてもらうことになるが」


「かしこまりましてございます」


 女性二人がいぶかしげな目で僕らを見ているのをなんでもないと笑って誤魔化す。…だって、隠語とかって格好良いじゃない。


「さて。次は僕だけど、順調に進んでいると思うよ。考え方の矯正からだから、時間はかかるけどね。来年くらいには市民組織を作ってもらうために野に下ってもらうつもりだ」


「来年……」


 その一言には皆が暗い顔をする。

 しかし、こればかりはどうしようもないことだ。知識だけを植えつけるのであれば一ヶ月もあればなんとかなるが、革命を確実に遂行するためには精神をしっかりと確立しなければならない。理念のない蜂起はただの暴走でしかなく弾圧の口実を与えるだけに終わってしまう。それだけではない。規律のない集団は容易く暴徒化し、新たな不幸と禍根の種を残すことになる。負の感情のままに暴発してしまえば、最早山賊と大差ない存在にまで落ちぶれてしまう。それを抑制し、統制できる人物を育てるのは容易ではない。もちろん、一朝一夕でできあがりもしない。


「来年だ」


 どうしようもなく遠い。明日をも知れない命なのに、来年を待たなければならない。そのことが、重く心にのしかかることだろう。


「なに、その間にもいろいろと打つ手はあるさ」


 重苦しくなってしまった空気を吹き払うように僕は勤めて明るく言った。




 僕の身の回りの状況は改善したけれど、グラーフ王国の状況は全くと言ってよいほどに改善していない。いまだ最悪のまま。

 それでも。

 僕はやろうと思う。

 他でもない、僕自身のために。







なかなか話が進みませんね。

しかし、秘密裏に革命を起こそうと思ったりすればそれくらいでは足りないだろうと思います。というか、人生を賭けてやる位の心意気が必要でしょう。


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