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二十一話 待遇改善要求②

 


「まあ、実際に僕も食べたことはないんだけどね。全部、伝え聞いた知識だけの話だ。どうしてか分かるよな?」


 首を傾げている者。そもそも質問の意図すら分からないもの。理解している者。様々だが、揃って貴族の子弟たちは理解が及ばないようだ。メイドさんたちは、やはりおぼろげに理解している様子。


「小麦が足りないからだよ。その不足の理由が何処に在るのかは各々考えてもらうとして、だ。僕には搾取の現状が分からないからどんな生活をしているのかは想像するしかない。普通に食べる分にはなんとかなっているのか、かさ増しパンで凌いでいるのか。はたまた木の皮や根を齧る所まで行っているのか…」


 これも、全て知識でのみ知る世界の話だ。それも白いパンを食べながら、そんな話をしてどれほどの説得力があるだろうか。それでも、皆が一様に息を呑む。それくらいの意味はあったらしい。メディアが発達して、膨大な情報だけが氾濫を起こしているような世界で生きてきた僕と、古ぼけた本か自分の経験、それか伝聞という形でしか情報が得られなかった彼らはそのような事実すら知らなかっただろう。


「重い話ばかりしてしまって悪いけどね、もう少しショッキングな話をするよ。食べられなければ捨てられてしまう料理。普段から山と盛られて出てくる肉の話さ。肉1kgを生産するのに穀物は3kgから11kg必要なんだ。まあ、これは僕の世界の基準だからもっと少ないだろうけどね」


 どう? と見渡してみれば、これには流石に顔を青くしていた。馬もそれくらい食べるだろうに、そこまで考えが到らないものなのだろうか。謂わば上流社会の構成員である彼らが知る由もないか、とも思う。僕だって、あくまでも"情報"として知っているだけなのだから偉そうに言えた義理ではないのだが。


「さて、そんな厳しい現実があるわけだけどこれでもまだリディアの料理は粗末かな?」


「申し訳ありません、陛下。ボクが不見識でした…」


 すっかり顔色を失ってしまったジルヴァは俯き、唇を噛み締めている。己の至らなさを悔やんでいる…のだと思いたい。恥をかかせてしまったことは、あとで謝っておこう。

 しかし、今はそれよりも伝えなければならないことのほうがある。


「こんな話をしてしまったものだから、少し食生活を見直してみようとか、節制してみようなんてみんなは思ったかもしれないけど、それは僕が許さないよ」


 僕は少し表情を険しくする。俯いていた皆が、その言葉に顔を挙げ"意義有り"と無言ながらに訴えてくる。

 それはそうだろう。今の食生活がどれほどの浪費であるかということを知らされた、理想に燃える彼らなら、現状を変えようと思うだろう。その気持ちはとても大切で尊い。しかし、だ。


「物の流れから、ボクたちのやろうとしていることが露呈する可能性がある、からですよね」


「その通りだよ、ジルヴァ。戦だってそうだものな?」


 少し知恵の廻る奴がいれば、気付かれかねない。

 なんだ、ジルヴァのやつ。全然平気じゃないか。ショックを受けているようだったから心配したが、今はもうしっかりと揺らぎない目で僕を見返してくる。


「はい。炊煙の量や、運搬する物資の量で敵方の行動を予測することがあります」


「うん。ジルヴァが言ったとおり。そんな風に僕らの行動を読まれないようにいきなり搬入する量は変えられない。けど――」


 にやり、と僕は悪者っぽく気取った笑みを浮かべる。


「料理人ごと後宮に抱き込んで、いろいろやってみることはできるよ」


 …多分、この言葉の意味を理解できたものはこの場にはいない。僕自身、今は結構勢いで喋っている。突飛な思い付きだ。


「食べる分だけ作って、他は保存できるように加工する。他にも思い付きを実行してみればいい」


 どうよ?と皆に笑いかける。まったく幼稚な発想ではあるけどやるだけの価値はあると思う。食品保存の――生命の保持に関わる研究だ。

 イマイチ浮かない顔をしている奴もいれば、我が意を得たりとばかりに頷くものもいる。しかし、反対の声は上がらない――というわけでもなかった。


「それは本当に危険はないの? 食べ物が大切なことはよく理解できるけど、計画を危険に晒してまでやるべきことではないわ。第一、料理人を抱き込む理由がないわ」


 硬い声音で異論を唱えたのは、少女貴族レヴェッカだ。…下の名前まではちょっと覚えていない。小麦色の髪を縦巻きロールにした、お嬢様。気位の高さは一級品の典型的な貴族タイプ。考え方は極めて保守的だが、それなりに物の道理を弁えていて、きちんと考える頭を持っている。誠心誠意、理詰めでの説得を行った結果、僕の計画に乗ってくれた少女だ。僕を"王と認めない"発言が印象に残っている。


「全くなくはない。けど、利点と理由なら思いつくよ」


「ふぅん? お聞かせ願おうかしら?」


 髪をふぁさっとかきあげてお嬢様はのたまう。…しかし、生粋の貴族ともなればそんな格好も似合ったりするものだね。などとどうでもいいことを考えながらも、口を開く。


「まずひとつ目。今後展開する予定の組織作りの贈与品としての価値。外から入ってくるものが他にないからね、誰かの協力を得るには贈り物が一番だろう? それとふたつ目。僕が元の世界での味を恋しがっていると我侭を言っているとか、この前倒れたのは料理のせいだとか…色々でっち上げられるよ」


「……よくもまあ、そのような狡い知恵ばかり回りますわね」


 レヴェッカは懐から取り出した扇で口元を隠しながら、軽蔑の視線を送ってくる。

 しかし、反論がないところを見ると納得はしてくれたらしい。


「ご理解頂けたようでなにより。

 ふぅ、話したらお腹が空いたな。リディア、お昼にしよう」


「え? あ、はいっ」


 聞き入っていたのか、ぼうっとしていたのか、リディアがはっと我に帰って返事をする。


「折角だ。みんなで分けて食べよう。これだけの人数だと、一切れずつになるかもしれんが――リディアの料理は美味いぞ?」


 言って、リディアの持つバスケットからオープンサンドを取り出し、配っていく。


「ほら、ジルヴァとレベッカ。二人で分けるといい、僕はリディアと分けるから」


「あ、はっ。頂戴します」


 リディアお手製のオープンサンドはレタスらしい野菜や、トマト。そして鶏を裂いた肉を挟んだあっさりとしたもの。今までこの手の食べ方をするものが出てきたことはなかったから、皆がどうしたものかとこちらを見ている。…食べ方のレクチャーまで必要なのだろうか。

 食パンよりは遥かに硬いパンだけど、半分にちぎって片方はリディアに渡す。


「いただきます」


 オープンサンドに片手で一礼して直接齧りつく。

 日本人好みの柔らかいパンではないが、風味というか味は断然こちらのパンのほうが良い。野菜と鶏肉も、ドレッシングのようなものがかかっていて上手く間を取り持っている。

 リディアがこちらを不安そうにに見ている。


「ん。美味い」


 言ってやると、顔を綻ばせてリディアも「いただきます」と僕の真似をしてオープンサンドに齧りつく。

 もぐもぐと咀嚼して、飲み込んで一言。


「美味しいですね」


 それを見て、各々オープンサンドに一礼してから食べ始める。食べ方もそれぞれで大口でかぶりつくやつもいれば、ちまちまと食べているやつもいる。そして神妙に頷いたり、驚いたり。見ていてなかなか面白い。


「そういえば、ミノルさま。さっきの『いただきます』っていうのはなんですか?」


 ちまっ、とオープンサンドを齧りながらリディアが僕に聞いてくる。両手でそれを口元に持っていく様はリスなんかを連想させて可愛い。


「ボクもそれは気になりますね。どういう意味なのです?」


 さっさと食べ終えてしまったジルヴァもそれに混じった。

 僕は最後の一口を飲み込んで説明してやる。


「んぐっ。…簡単に言えば、食事前のお祈りみたいなもんだよ。今日食べるものがあることに感謝し、それを育んでくれた大地に感謝をし、それを作ってくれた人々に感謝をし、またその命を以って僕たちが生き永らえることに感謝をし、尊敬の念を『いただきます』という一言に篭めるんだ。そして食べ終わったら、お礼の意味も込めて『ごちそうさまでした』と言う」


 多少の脚色はあるけれど、間違ってはいまい。

 しかし、この言葉は僕が思う以上に彼らの言葉に響いたらしく神妙な面持ちで彼らは姿勢を正し、なにか請うような目で僕を見ていた。

 どうやら、僕の言いたかったことは最後の最後で理解してもらえたらしい。

 ならば、期待に応えるのが筋というもの。

 僕は両手を合わせて合掌。そして一礼する。


「ごちそうさまでした」


「「ごちそうさまでした!」」




 後に、『後宮食革命』と呼ばれるようになるこの事件以来。暫時食事は粗食化が進むようになり後宮において余剰食糧の大規模な備蓄が開始される。僕が大仰に伝えた食糧供給の現状は真剣に受け止められ、特に敬遠されるようになった肉類についてはその保存方法について研究されることになった。

 熱量カロリー的に見るのであれば結果として待遇は悪化したことになるが、それはあくまでも無駄の排除、効率化により廃棄がなくなったことによるスマート化であり、意義・異論などは全くでなかった。

 それどころか、油脂類を多用する食事を改めた料理がリディアたちメイド衆から発案されるにいたり後宮の健康が増進されるという副次効果までもたらすことになった。


 "高級で手の込んだ料理は確かに美味いが、健康と社会に害するところ大である"


 とは、後々にまで語られることになる文句の一説である。





コラム:話中の肉の生産に関してですが――牛肉1kgに穀物11kg。豚肉1kgに穀物7kg。鶏肉1kgに穀物4kg。鶏卵1kgに穀物3kg――だそうです。曰く、週に何度か肉食を減らし、その分生産量を抑え穀物を全世界に分配すれば地球上の飢餓は解決されるそうです。…実際には飼料穀物として人間が食べるように作られていない穀物が使われていたりもするので一概に正しくはないですが、それくらい贅沢ですよ、というお話。

ちなみに、中世頃にはそのような飼育が行われていたか作者は知りませんが(無責任)大体が放牧によるものであると思われますのでこんなに食べません(笑)


妙に真面目で、かつ何が言いたいのかよく分からなくて申し訳ありません(苦笑)


誤字・脱字、ご意見・ご感想などお待ちしております。

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