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二十話 待遇改善要求①

 

 リディアとの新しい約束が発効し復活してからというもの、僕は再び無敵モードに突入し、並み居る問題をばっさばっさと切り倒し、薙ぎ倒ししつつも体調管理に気を配りしっかり休養を取ることにしている。要はメリハリの問題のようで、熱をぶり返すようなこともなく健やかな日々を送っている。まあ、それもリディアがより僕の健康を気に掛けてくれるようになったからに他ならないのだけど、その徹底ぶりは凄まじいものがあった。

 食事内容の改善から、風呂の温度、訓練後のマッサージからなにからなにまでリディアが管理するようになったのである。とはいっても、それは僕を束縛するようなものではなく、不自由を感じたことは全くない。むしろ、大切にされすぎで申し訳ないくらいだ。

 中でも、食事内容の改善は著しい。それこそ、毎日のように並べられる贅を凝らした料理の数々――例えるならば、フランス料理のフルコースであるとか――から、一転素朴な家庭料理に変貌を遂げた。これは僕にとって、とても幸せな変化だった。初めこそ今までお目にかかったことのないような高級っぽい料理に舌鼓を打っておおはしゃぎしたものだったが、連日続く美味しいながらも途轍もなく"重い"それらに嫌気が差してきたところでもあった。そんな脂っこい料理は僕が倒れた原因の一つでもあるらしい。

 それからというもの、僕の食事はリディアのお手製身体に優しい家庭料理と相成ったのである。そもそも城の料理人たちは美味しい食事を最高の素材と技術を以って提供するのを至上命題としているわけで身体に優しい、なんて考えは小指の先程もありはしなかったのである。そのことに憤慨した彼女は自分たちのまかない分でミルク粥を作ってくれたというのがその発端である。余談ではあるが、大変美味しかった。身体に染みる、という経験を僕はそのとき初めて知ったものである。


 閑話休題。


 兎にも角にも、計画が露呈しているようなフシも全く見受けられず食事も美味しいという幸せ生活。リディアに言葉を教わることで、ちょっとした挨拶くらいはできるようにもなったりと順風満帆な日々。

 そんなときだった、後宮に大事件が起こったのは。



 *   *   *



「ふざけるなっ!」


「ふざけてなどいませんっ!」


 重い怒声と、言い返す高い声が後宮の廊下に響き渡る。あまりに大きな声であったために、何事かと声を聞きつけた者たちがぞろぞろと集まってくる。かく言う僕も講義を途中で放り出して顔を覘かせた一人だ。


「陛下にそのようなものを食べさせて、何かあったらどうするつもりだっ!?」


「何か、とはなんです! この料理が毒に見えるとでも!?」


 怒号。

 雷鳴。

 思わず身をすくめてしまうようなそれらに準ずるような言い合いが繰り広げられているようだ。それも、どうにもよく知った声であるように思われる。人垣が壁になって見えないが、多分ジルヴァとリディアだろう。


「貴様のような素人の作ったモノで、陛下が体調を崩されでもしたらどうするのだと言っている!!」


「何を根拠に素人と申されているのかは分かりませんが、実際にミノルさまは召し上がって美味しいと褒めてくださいますっ!!」


「――!!」


「――!!」


 戦さながらのプレッシャーを放ちながら言い募るジルヴァ。

 対するリディアは微塵も気圧されることなく屹然と言い返す。

 喧々諤々、というのは多分こういうときに使う四字熟語ではない――本来はもっと大人数での五月蝿い様を差す――のだろうけど、それに劣らずかしましい。


「二人とも、元気だねえ」


 思わずそんな呑気な台詞が口を突いて出るほどの大音量だ。厩舎の近くでやったら馬が驚いて暴走するかもしれない。最初は興味本位で野次馬をしていた面々も、耳を押さえるか立ち去るかのどちらかを選択して、行動を始めている。しかし、日本というある意味不健全な社会を経験している僕としては大したことのないレベルだ。精々パチンコ屋程度のもの。とはいえ、放っておくわけにもいかない。片や貴族子弟の代表格。片や後宮総括メイドである。おいそれと口を挟めるものではない。


「はい、ストーップ」


 頬を紅潮させ、互いの主張から罵り合いに移行しようとしていたところにさっくりと水を差す。相変わらず、リディアは前髪フェイスガードのために表情は窺い知れないが、ジルヴァは怒髪天一歩手前だ。下手をすれば取っ組み合いになりかねない。


「陛下!」


「ミノルさま!」


 "黙っててください!"とは流石に続かなかった。二人の目が驚きに見開いて、慌てて居住まいを正し一礼する。


「これは…大変の見苦しいところを」


「黙ってろ、って言われたらどうしようかと思ったよ」


 底意地悪く、喉の奥でくくっと笑って見せれば二人は更に縮こまる。実際、仲裁に入ったのが僕でなければ見事にハモらせて"黙っていろ"と言い捨てただろう。末恐ろしい二人である。


「で、なにが原因だ? 料理がどうのこうの、と聞こえたが」


「ジルヴァさまが、わたくしがミノルさまにお持ちしようとした昼食にケチをつけられるのですっ」


 なるほど。よくよく見れば、リディアはその手に大き目のオープンバスケットを携えている。どうやら中身はオープンサンドのようだ。食事の傍ら、日本にあった料理の話をしたことがあるが、そのときに話したのがサンドイッチだ。それに触発されてのことだろうが、目敏いジルヴァに見つかってしまい、口論になった――というのが事件の経緯らしい。


「この際ですので、はっきり申し上げておきますが、陛下」


 父親に劣らず、高い上背の持ち主であるジルヴァは一切の揺らぎのない目で僕を見据えている。


「陛下には国王としての自覚が欠けておいでです。このような粗末なモノを召し上がるようなことはお控えください。でなければ、誰かにお申し付けくださればコック長に作らせます。貴方は王なのです。メイドと同じようなものを食べているとあっては――」


 後半に掛けての言葉は、多分リディアに対するあてつけであって、本心ではないのだろう。だから、許してやる。が、言っていることがダメダメ過ぎる。教育課程がまだ進んでいない、ということもあるがこれは再教育が必要だ。人間、根っこの部分から矯正するのは大変ということなのだろうが。

 居残った野次馬さんたちを見遣れば、貴族の子弟たちは大体ジルヴァの意見に賛成のようでうんうんと頷いている。しかし、お付きのメイドさんたちの中にはなんとも浮かない顔をしている者もいる。


「部下に示しがつかない、というのも理解できなくはないが――そうじゃない。僕が言いたいのはそうじゃない」


 大仰に首を振ってため息を吐く。食料の重要性というものをまるで理解していない。


「みんな、藁でかさ増ししたパンを食べたことがあるか?」


 僕は卑屈な笑みを浮かべて言った。


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