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十九話 リディア

 


 毎日が充実しているというのはとても幸せなことだと思う。

 日本ではただ日々の生活に追われるように仕事をし、忙しいだけの毎日だった。しかし、この世界に来てからというもの、心になにか温かいものが満ちていく――そんな生活が続いている。まあ、最初の頃は散々だったが。

 名ばかり国王を脱却すべく奔走し、頭の固い貴族どもをちぎっては投げちぎっては投げ――というのは嘘だが、精力的に活動している。精神の高揚は、かつて覚えがないほどで全身是これやる気の塊、といった具合だ。そのやる気はといえば、宮廷マナーにはじまり国王としての教養、身体を作るための厳しい鍛錬も僕の膝を折らせることはできない。まさに無敵!僕にもついにチート能力が目覚めたか!と一人快哉を叫んだりもした。

 しかし、そんな浮かれ気分も束の間のこと。精神的な充足感、満足感はともかくとして便利な生活に慣れきったヤワな肉体はとっくに限界を超えていたのである。いわんや、日々の厳しい鍛錬にである。

 その成れの果てが、ベッドの上に寝かされているほぼ全身包帯男である。別に怪我をしたわけではないが、酷使に酷使を重ねた筋組織が炎症を起こしてしまっており、今は消炎症効果のある薬草で全身に湿布が施されているのだ。その有様はといえば、恐らくグラーフ王国で一番柔らかいベッドの上にあっても少なからず荷重のかかっている背中が痛む、というほどのものであるから重傷である。さらに、ついでとばかりに疲労からくる高熱まで併発してしまい、現在リディアがつきっきりで看病をしてくれている。

 長い前髪のせいでその表情は拝めないが、きっと険しい表情をしていることだろう。


「何度も申し上げたはずです、ミノルさま。もう少し、身体をご自愛くださいと」


 枕元で呟かれるリディアの拗ねたような声が耳に痛い。何かにつけ、僕を休ませようとしてくれたのを無碍むげにしてきたのは僕だ。就寝前の持久走に最後まで反対していたのもリディアなら、体調を崩したときに真っ先にジルヴァに噛み付いていたのも彼女だった。なのに、僕はといえばかつてないほどのやる気で、自分をすっかり見失ってしまっていた。つくづく、リディアには格好悪いところばかり見られている。


「いやぁ、全く弁解の余地もありませんな」


 高熱のせいで苦しくはあるが、意識ははっきりしている。僕に非があることは明白だ。


「…いえ、出過ぎたことを申しました…」


 それだけ言って、リディアはしゅんと項垂うなだれてしまう。彼女はなにも悪くなどないのに、恐縮させてしまう。本当はもっと活発で元気、なのにどこか控えめ…というのがリディアのキャラクターなのだろうが、僕の立場というやつが彼女の本来の持ち味を奪っている。可能であれば対等な関係でありたいという僕の願いからは程遠い。…そこに振って湧いた(ある意味必然だが)この状況、何らかのアクションを起こすにはいい機会だ。が、心配なこともある。リディアが僕の世話をしてくれるようになってもう優に一ヶ月以上が経つけれど、僕はといえば時間の大半を革命運動とその準備に費やし、後宮の自室に戻ってからも今後の方針やラフィリア、ストラトからの報告を受けるなどし、就寝の直前でさえ考え事をしたりで、ほとんど会話らしい会話をした覚えがないという最低っぷりだったりする。言い訳の種はたくさんあるが、どちらにしても最悪の人間には違いない。そんな僕に彼女が愛想を尽かしていないか、それだけが心配だった。


「リディア」


「はい、ミノルさま」


 そんな最低な僕の呼びかけにもすぐに応じてくれる。それどころか、身を屈めて一言も聞き逃すまいと、あるいは僕の負担を軽くしようと耳を口元に寄せてくれる。――本当に良い娘だ。


「もっと、言いたいことは言っていいからな」


「えっ…?」


 何を言われたのか、一瞬判別かつかずに目をぱちくりさせている――のだろう、多分。


「僕は一応国王だけど、そんなことを気にしないで何でも言ってほしい」


「あ、あああ、あのっ! ですがっ」


「イヤ、ほんとに。僕が鈍いだけなのかもしれないけど、言葉にしてもらわないと分からないんだよ。だから、お願い。二人きりのときだけでもいいから」


「えええええぇぇぇっ!?」


 頬どころか、長い金髪から僅かにのぞく長い耳の先まで真っ赤に染めて動転しているリディアに更に追い討ちをかける。


「何を言っても、何をやっても叱ったりしないし、怒らないから」


 な? と精一杯の親しみを込めた笑顔で言う。

 笑顔なんて言うけど、正直変な顔になっていないか心配だ。こっちの世界に来てから随分人間らしさを取り戻したつもりだが、人に安心感を与えたいなんてそんな穏やかな感情は久しく忘れていたからだ。人と接したい、そう強く願う気持ちとは。

 そんな雰囲気を察してくれたのか。それまで困ったように視線を彷徨わせていた(多分)リディアが、しっかりと僕を見ていた。


「できれば、ひとりの人間として接して欲しい」


 まるで告白だ、と思う。いや、事実告白か?『愛の』という枕詞がないだけで。


「ミノルさま」


 顔を赤くしたままのリディアが、僕の手を両手で包むようにして握ってくる。


「ストラトさまが、いつも仰っておられたでしょう。意思疎通のペンダントをしたまま、強い思いを込めてはならないと」


「う、むぅ」


 優しくも有無を言わせぬ迫力に僕は気圧けおされる。


「ミノルさまが、ペンダントを外してくださるのでしたら、極めて私的に御仕えさせていただきます」


「うぐっ…」


 提示された条件に僕は唸りを上げる。

 多分、これはリディアのコンプレックスのようなものなのだろう、と邪推する。一見、拒否ともとれるこの提案は彼女の羨望だ。後宮では、僕が全員に教えもするが教えられもするのだ。ある意味全員が僕の教師なのだが、リディアはその環の外に居る。講義や訓練の最中に、リディアがその様子を窺っていた――という目撃証言をストラトから聞かされているから、多分間違いない。彼女もまた、教える側という立ち位置を恐らくは望んでいるのだろう。


「それは、僕にこの世界の言葉を教えてくれるということ?」


「はいっ」


 期待からか、僕の手を握るリディアの力が増した。多分、この前髪のヴェールの向こうにはキラキラと輝いている瞳があるのだろう。そして、僕は彼女の期待を裏切れない。何事も実利を優先することを信条にしている僕だけど見栄がないわけではないのだ。

 僕は、一回り小さいリディアの手を力強く――とんでもない苦痛を伴うが――握り返す。


「分かった。よろしく頼むよ、リディア先生?」


「はいっ!」


 リディアの弾むような元気な返事に思わず笑みが零れる。こちらまで元気になってしまいそうな、そんな返事だ。


「では――」


 と、リディアは頭のカチューシャを取り去る。


「これで、わたくしはただのリディアです。ミノルさ――ま」


 "さん"とは流石に言えなかったようで"さま"になってはしまったが、そこはそれ。リディアならすぐに慣れて"さん"付けにしてくれることだろう。照れたようにはにかみ笑いをする彼女が愛らしい。そして僕もまた、彼女の誠意に応えるようにペンダントを首から外した。


「ありがとうな、リディア」


 マジックアイテムの加護を失った僕の言葉はリディアに届くはずもなかったけれど、彼女は満面の笑み(多分)をそのかんばせに乗せて元気な返事をくれた。




 ――これは、大変ながらも幸せなある日のお話し


マッチョ執事のストラト。

時空転移巫女ラフィリア。

取替えっ子のリディア。一番影の薄い…というかキャラ付けの曖昧な彼女に梃入れしてみた!というか、一人ずつなんかお話しを書きたいですね(笑)

実は今までで一番文章量があったりします(笑)


誤字・脱字、ご意見・ご感想などお待ちしております。

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