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十八話 只今引き篭もり中

 


 紙の製法を教えて以来、僕は後宮から出ることもほとんどなく過ごしている。

 稀に技術関係の問い合わせに執務室で応じる程度で、表向きには国中から美男美女を集めての淫蕩生活を送っている――ということになっている。しかし、その実態はといえば―――


「いいか、王族や貴族なんてのは国家の寄生虫でしかないことをよくよく胸に刻み込んでおけ。我々はただ浪費し、なんら益体のない社会のゴミクズでしかないということをだ。どうしてか分かるか」


「「我々はなんら社会的生産活動に寄与しないがためだっ」」


「その通りだ。国民の築き上げた富の上に胡坐をかいて居座っているのが我々だ。ではなぜそうなった。どうしてそれが許されていた?」


「「我々が堕落したからだっ。国民の生活を守るためだっ」」


「そう。我々はただ国民の生活を守るための安全装置としての役割を任されているに過ぎない。外敵が現れれば、その命を惜しむことなく危険に晒し国民の代わりに死に果てることこそが本来の我々の役目だ。誰もが行えないことを果たすがために、我々は社会的生産に寄与せず安楽を許されている。故の貴族だ。

 ……お前たちは貴族か?」


「「否ッ! 断じて否である!」」


「そうだ。責務を果たさぬ貴様たちは犬にも劣る。いいか、貴様等はゴミクズ以下の寄生虫だ!」


「「我々はゴミクズ以下の寄生虫だ!」」


「声が小さい! タマ落としたか!!」


「「―――!!!」」


 以下省略。自主規制。


 といった、某金属皮膜的なノリでの洗脳――ではなくて、思想矯正の真っ最中。かなり偏った考え方であるとは思うのだが、本来的に特権階級とはそのようにあるべきだと思っている。あとは将来の腐敗抑制のためにも、特権が与えられている理由をしっかりと理解させておかなければならない。特権が与えられる理由とは、国民の安全保障に他ならない。武芸や学問を専業にする仕事があるのは、困ったことがあったときにはその人たちが力や知恵を貸してくれるからこそ生産性のない仕事でありながらも頼りにされ受け入れられるのだ。そのことを知っていなければならない。外敵から身を守るために軍隊を養い、村や街といった規模では対処できない物事を解決するために国を作り、政治家という存在を許容しているのだ。軍も政治家も"別になくてもいい存在"であることを決して忘れてはいけない――というのは某銀河の英雄たちの物語から言を借りたものだが。"国民のために国家が存在しているのであって、国家のために国民が存在しているわけではない"ということを徹底的に叩き込んでいる。男女を問わず、だ。やり方がスマートでないのは承知の上。

 若い貴族の中には、父や祖父のやり方に疑問を持つ"青い"奴が意外と多くて助かっている。良くも悪くも『理想に燃える若人』たちだった。それでも、呼び出しに応じた者たちの半分くらいはどうしようもない特権思想に凝り固まってしまったヤツらばかりで、仕方なく地下に幽閉している。ストラト曰く、拷問部屋であったとかなんとか。そんなサディスティックな国王も居たのかと思うと暗澹たる思いに囚われるが――気にしないことにした。僕は僕だ。


 そんな教育を貴族の子息たちに施す一方、僕もまた彼らから教育を受けていた。宮廷作法のなんたるか。その威厳のなんたるか。そして優雅さのなんたるか。――全て上辺を繕うためのものでしかないが、王らしさの演出という意味では身につける必要性もあったわけで四六時中指導されっぱなしだ。なんせ、後宮はある程度の差はあっても全員が貴族の出身でそのような作法を幼少の頃から身につけてきた者たちであるから厳しいことこの上なかった。

 それ以外にも、戦士としての訓練に力を入れていた。貴族の子弟は武術を嗜んでいる事もあり、良い師ともなった。


「ぐぅっ……!」


 薙ぎ払うように叩きつけられる木剣を左手の盾で受け止めるが、力負けして身体が泳ぐ。姿勢の崩れたところに間髪入れずに足払いが決まって無様に転倒。しかし、追い討ちの一撃は床を転がってなんとか避ける。


「ぜーっ! ぜーっ!」


 息が苦しい。

 緊張と運動のせいだ。なんといっても、目が追いつかないのが問題だ。日本では高い反射神経を求められるようなことがなかったこともあるのだろうが、僕の目では剣先を追えないのだ。更に、勘も働かないので鎧の上から打ち据えられること十数回。痣だらけになりながら、ようやく"どちらからくるか"がなんとなく見えるようになった程度である。それも、幅広の盾でなければ防げない。

 ごろごろと転がって、勢いのままに膝立ちになり盾を構える――が。目の前に相手の姿は既になく、背後から木剣がすこんと頭を打った。


「随分マシにはなったようですが、まだまだですね。剣先だけではなく、使い手の動きから目を離さないように」


「ふぇい」


 鍛錬室で僕に稽古をつけてくれているのはシルヴァ・ブランデン。ヴェルドの息子だった。

 鋼のような精悍さのヴェルドとは違って、貴公子然とした柔らかな表情と、爽やかさは恐らく母に似たのだろうが、実直な性格と黒髪、そして剣の腕は父譲りだった。ただ、無口ではないところが父とは違っていた。


「それと、筋力と体力が全く足りません。その程度の動きで息を乱していては――」


 実に騎士らしい騎士っぷり。

 そんなシルヴァは発掘人材の第一号であり、今ではなにかと僕の補佐をしてくれている。…それこそ、先程の宮廷マナーやらの後宮を上げての教育体制を敷いたのもコイツだ。ストラトほどではないにしても、一般的な知識を僕に叩き込むことを使命と考えているフシがある。ストラトとも仲が良いし。反面、リディアとは水面下の争いがあるらしい。やっていることが、少し違うとはいえ、職域が微妙に被っていることがその原因らしい。

 公のシルヴァ。私のリディア。そんな不文律が後宮では出来上がっていた。


「とにかく、日中は活動に差し支えますから就寝前に後宮を走りましょう。ボクもご一緒しますから」


 …リディアが控えめな分、こちらは主だろうがなんだろうが、引っ張りまわす強さ――いや、強引さがあった。…まあ、訓練に関してはそれくらいのほうが僕は有難いのだが、リディアがなんとなく不機嫌になるのが心配の種だった。



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