十七話 失態
なんか、実際の技術とか云々という話が出てきますが、話半分で聞き流してくださると助かります(苦笑)
実際に動き出してからは、時が経つのも早かった。
ラフィリアは異種族との外交官として不満点の洗い出しや、調整のために国中を飛び回っているし、ストラトも王城内の力関係や貴族連中の資産調査・交友関係調査、果ては女官たちの噂話まで精力的にかつそれとなく集めてくれている。
しかし、そんな中でもとりわけ忙しく働いているのは僕とリディアだろう。お互いに新人――国王として、メイドとして――ということもあるが、現実的にやるべき実務が過剰だったといえる。
リディアは後宮管理の一環として後宮を片付けなければならなかった。
人材育成計画の実施が急務であることは確かだったが、それ以前に人が出入りできるように――他の人間の受け入れ態勢を整えなければならない。つまりは大掃除である。だが、この大掃除がまた大変なのである。
今のところ使われている後宮のスペースといえば"広い庭(鍛錬室)つき、平屋一階建て"というところなのだが、これはほんの氷山の一角でしかない。僕自身、歩き回ったりしていないのでストラトから伝え聞いただけなのだが、なんでも王城の奥にもうひとつ王城がくっついているといった規模らしい。僕は王城の大きさを知らないから漠然と大きいのだろうな、としか思わないのだがリディアが真っ青になっていたからかなり広大な空間なのだろう。
そんな場所に四人しか居ない。これから増えるにしても今はたったの四人――いや、ラフィリアは外交に出るから実質三人。
これではお話にならないと急遽、王城から人員を徴発してメイド連隊を結成。計画前の大掃除に乗り出したのである。もちろん連隊長はリディアだ。中には年嵩のベテランメイドも混じっていたが変なやっかみも、嫌がらせなどもなかったようだ。国王付きのメイドという立場と、本人の人徳だろう。三昼夜にも及ぶ激戦の果てに、無事に後宮の掃除は完了しメイド連隊は解散となったのであるがそれはまた別の形で語られるべきだろう。
リディアが奮闘している間、僕ものほほんとしていたわけではない。主だった貴族連中と有識者を集めて技術の供与を行っていた。
「紙の製法ですとっ!?」
紙は元の世界ではこれでもかというくらいに身近な製品だが、実際に作るとなるとこれまた大変な技術を要する。その歴史は古く、紀元前にはすでに今日の紙の原型が完成していたにも拘らず、本格的な生産が行われるようになったのはなんと18世紀になってからだという。日本ではかなり早い時期から和紙の生産が行われ、人々にとって身近なのもであったという。しかし、西方への伝来はずっと後になってからのことだ。そしてグラーフ王国もまたご多分に漏れず、輸入品としての高価な紙の存在は知っていても紙の製法は知りえていなかったのだ。
リーベレヒトを中心とする貴族連中と、有識者――研究学府のお歴々が揃って声を上げた。
「うん。僕の世界とこの世界では少し勝手が違うようだから素材から探してもらうことになるけど、作り方は知ってる」
なんてさらっと言ってやった。
「草の茎とか、繊維の多いヤツを煮たり叩いたりして繊維を取り出して、それを水と混ぜて漉くんだ」
本当は木材や木の皮なんかからのほうが繊維は取り出しやすいのだが、それで森林を伐採されると困ったことになるので伏せておく。
「すく?」
「近い表現では…掬い上げて漉し取る、といった感じかな」
「??」
全く未知の知識を教えるということは難しい。概念を共有できいていないからニュアンスが伝わらない。話ではまったく要領を得ないので似た様なモノをもって来させ、身振り手振りで指導していく。…とはいっても、イメージもなにもあったものではないから、それはそれはシュールな光景であっただろうが、本人たちは到って大真面目だ。
概要を話し、必要なものを用意…または作らせることから始めなければならず、これまた前途多難。
近代的な光沢のある紙は恐らく製造不能――アレは綿密極まる科学技術の結果――なので、和紙の作り方を基本に据えて話をするのだが、文化的にヨーロッパ圏なのかこれまたニュアンスが伝わらず、近しい物自体が存在していないということもあり紙の作り方と同じくらい時間を要した。
繊維と水を入れる箱はまず問題ない。
漉き枠に関しても問題ない。
だが、繊維を受け止めるための"簾"が伝わらない。一応、図のようなものを書いて見せたが伝わったかどうかは微妙だ。代用品として目の粗い麻布とかも用意してもらう。
僕にしても、『作り方』を知っているだけで、作ったことがあるわけではない。全てが手探りで出来上がってくる道具や代わりに使えそうなモノのを検分し、その役割や意味をその都度講義して聞かせて形にしていく。
最初は全て謁見の間でやっていた実験もいつの間にか研究室が設置され、そちらで行うようになっていった。
基本的なやり方を教えたら、あとは彼らに試行錯誤してもらって研究してもらうしかない。
そんなある意味召喚王らしい仕事を果たし、ようやく人材育成に取り掛かろうかというところだ。日頃からの鍛錬も無茶をしない程度にこなしてようやく、チェインメイルの重さにも慣れてきた。
でも、もっと別の重いものを背負うことになった。
紙の製法を教えたことは、貴族連中にとっての僕の価値を飛躍的に高めたようだった。知識を供与して一ヶ月。貴族たちはこぞって品質の良い紙を作ろうと競い合っている。献上品として、紙の届かない日はないほどに。
初めこそ警戒し、ボロを出すまいと注意していても、熱心に取り組まれては教える側にも力が入る。欲に眩んだ目が、童心に返ったように輝いていたのが印象に残っている。
しかし、僕は彼らを裏切らなければならない。彼らを破滅に追い込まなければならない。
共に紙漉きについて意見を交わし、完成を喜び合った彼らを。
「少し、関わりすぎた…」
寝室で、一人独語する。
彼らの行く末を思うと、胸が痛んだ。
今後少しばかり更新速度が遅くなるかもしれません。
あまりに薄い内容の文章ばかりで話数を増やしてしまうのもよくないと思いますので…。
キリのいいワンシーンだけで話を切ると書く分には楽なのですが(笑)
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