十五話 悪巧み
とまあ、威勢の良いことを言いはしたものの、現状は何も変わっていない。ただ僕がやる気を確かなものにしたというだけ。
組織としては脆弱この上ない。
「では、改めて紹介させてもらおう。こちらの黒髪さんは僕をこの世界に召喚してくださった巫女さんでラフィリア・ヘルゴラント。死んだことになってるはずだけど、さっき転移魔法で鍛錬室にきたみたい」
多分、ストラトとリディアは知っているだろうけど紹介しておく。
今のところ、後宮に入れる人間は三人――僕とストラトとリディアだけのはずなのにいきなり現れた、その説明も兼ねて。
「そして、こっち――男性の方がストラト…えっとなんだっけ?」
そういえば、名前しか聞いてない。とんだ主君もいたものだ。
「ストラト・ツェーリンゲンと申します。巫女さま、ご無事でなによりでございます」
…自己紹介は僕に対してだった。というか、ストラト侍従長とラフィリアは面識があるのだから自己紹介は必要なかった。尤も、人相が変わってしまっているストラトにラフィリアの表情は引き攣っていたが。
「んで、こちらは僕の専属メイドをしてくれているリディリシア・ロートリンゲン。癒し系だ」
「ミノルさまっ。わたくし治癒魔術――神聖魔法の心得などございませんっ」
どこか必死さを感じさせるリディアの抗議。
多分、"癒し系"というのを治癒魔術と捉えたのだろう。でも、ラフィリアには僕の言わんとするところがしっかりと伝わったらしい。ははーん、とでも言いたげな意地の悪い笑顔を浮かべていることからもそれは明らかだ。国王召喚の儀式のために、日本を十年彷徨った間に触れた価値観というのは僕としっかり共有されているようだった。
「分かってるって。それより挨拶だよ、あ・い・さ・つ」
リディアの訴えは軽くスルーして、本題を進めることにする。ちょっと強引だが、"癒し系"という概念を僕の口から説明するのは憚られる。…見てて和む、なんて言われたらショックだろうし。
「…ミノルさまの身の回りのお世話を仰せつかっているリディリシア・ロートリンゲンです。リディア、とお呼びください。ラフィリアさま」
スカートの裾をちょっとだけ持ち上げて、優雅に腰を折るリトルメイド(サイズ的な意味で)。
「ねぇ、稔。アレは撫で回したり頬擦りして揉みくちゃにしちゃってもいいのかな?」
「同性だから、特別問題にはならないだろうけど。今後のことを考えるなら止めといたほうがいいんじゃないか?」
「そっか、残念。よろしく、リディアちゃん」
…多分、ラフィリアにもなにかクルものがあったのだろう。魂に揺さぶりをかけるなにかが。しかし、僕よりも相当冷静なのか。なにも行動に及ぶことはなかったけれど。
「さて、顔合わせは済んだな? なにか、質問とか?
ない? ないなら今後の方針とか話したいんだけどいい?」
全員の顔を一通り見回して、頷きや礼、返事などがそれぞれに返ってくるのを確認してから僕の考えを披露する。
「まず、国政を取り戻すことから始める。腐敗貴族どもの排除だな。その後の処分はさておいて、実態の把握から始めないといけない。どれくらいの数が居るのか、どれくらいの権力で、どれくらい金をもっているか。これはストラト、大雑把でいいからまとめておいてくれ」
「御意」
「で、クーデターをやるには軍事力と国民の支持が必要だ。
相手は貴族。誰からも好かれてないような奴らだろうが、武力を持っている可能性は十二分にある。戦いにならなければ一番いいが、そうもいかんだろう。地方領主とかでアテにできそうな人物を説得してもらう」
「そんなの、どーすんのよ。稔はここを離れられないし、ストラトもリディアちゃんもそうでしょう? まさかわたしにやれっての?」
うん。それは思った。口に出して初めて気付いたけど、僕の手札はとても少ない。一人二役どころか三役、四役をこなしてもらわなければならない。その手札の中でも、僕が一番使えないときている。かといってラフィリアは死んだ人間扱いだし、手配だってされている可能性があるからおおっぴらには動けない。
「それは、まあなんとかするさ。人材だって集めないといけない」
「そこが一番問題なんじゃない? ただ貴方をここに連れてきただけのわたしが殺されそうになったくらいだから、難しいでしょう」
「そこは国王、って立場を最大限に利用させてもらう」
ストラトにはすでにある程度話してあるから平然としているが、リディアとラフィリアは訳がわからない、といった顔をしている。
正直、あんまり話したくないのだがそんな場合でもない。
「後宮を使う。妾やらなんやらという名目で無作為に後宮に連れ込んで、使えそうな奴だけ働いてもらって残りは監禁だ。男女貴賤を問わず、だ」
二人の表情が引き攣る。それだけに止まらず壁際まで全速後退。
分かりきっていたことではあるが、そこまで露骨なリアクションをされるとかなりへこむ…。気持ちは痛いほどよく分かるけど。
「正直、僕もやりたくないんだけど。なんか代案はない?」
聞いてはみるが、多分代案は出ないだろう。
風聞こそ最悪だが、その隠匿性と人の流れの説得力に関してはかなり納得の行くものがあると思う。全て国王の我侭、横暴ということで済ませることが出来る。そしてその反発心は支配者層である貴族に向き、抵抗組織も作りやすくなる。それどころか、後宮の秘密を探ろうとした者を問答無用で抹殺しても誰も文句が言えないという特典まで付く。後宮を嗅ぎ回るなど、その行為そのものが処断の理由になる。
「とまあ、ざっとこれだけの利点があるわけなんだけど」
代案は出なかった。
代わりにラフィリアが物凄く嫌そうな顔をしていた。
「よくもまあそんなことまで考えるわね…腹黒い」
放って置いてほしい。こちらは命懸けなのだ。
ちなみにリディアはよく分かっていないようだ。…こんな後ろ暗い話には縁のなさそうな彼女。できれば、純真なままでいてほしいと思う。こんな面倒事に巻き込んだ人間の思っていいことではないが。
「そうやって集めた人材を、まあ、言い方は悪いが洗脳する。価値観の摩り替えというのかな。本来的な貴族の存在理由とかそんなヤツを徹底的に叩き込む。実際にはもうちょっと柔らかい方法で大丈夫だと思うけど、最悪の場合はね」
意識して、にやりと笑って見せればやはりラフィリアが嫌そうな顔をする。
「ほんっとに嫌な奴ね。灰汁が強いったらないわね。煮ても焼いても食えやしない」
「……そこまで悪し様に言われると、本気で嫌われてるんじゃないかと錯覚するよ……」
「ラフィリアさまっ、ミノルさまに失礼ですっ!」
両の拳を握って、僕をフォローしてくれるリディア。多分、結構本気なんだろうけど可愛らしさしか見て取れない。
そんなリディアに癒されて、本題復帰。
「ありがと、リディア。
その中から、市民受けの良さそうな家柄のヤツを中心に市民組織を作ってもらう。暴発しないための抑えと、時が来たときの蜂起の指揮をやってもらう」
「蜂起?」
「革命とも言うな。時期が来たら国を丸ごとひっくり返してもらう。
これで完成。どうよ?」
その工程にはもっと複雑な要素が入り混じるが、骨子はこんな感じだった。
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