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十四話 笑声

 


「そういえば、どうやってここに来たんだ?」


 素朴な疑問。鍛錬室のドアの鍵は掛かったままだし、そもそも殺されかけたはずの人間がどうして後宮に入れるというのか。普通なら王都に居ることすら不可能だ。


「直接来たよ。王都の郊外からだけど」


「説明になってねぇよ」


 僕は城から出たこともなければ街並みを眺めたこともないが、常識的に考えてふらっと立ち寄った。みたいな気軽にできることではないはずだ。死んだ、というのが虚偽報告であるとはいえ、それならそれで指名手配くらいはされているはずなのだ。いくらこの国が腐敗しているとは言っても、権力闘争の牙城ともいえるこの城にそう易々と侵入などできようはずもない。


「あー、うん。えっと、転移魔術で直接来たから。これでいい?」


「まじかい」


 転移魔術。

 ファンタジーでは有名な移動魔術だ。ただし、やたらめったら難しかったりうっかり転移場所を間違えると残念なことになるあの魔法だ。


「…って、異世界からの召喚ができるんだから転移魔術くらいあるわな」


 僕はその転移魔術の応用――空間転移ではなく時空転移してきたのだから今更驚くべきことではないように思う。


「そうそう。まあ、この国じゃ使えるのは私だけだけどね」


「へえ。ストラトも無理なんだ?」


「へっ? あのおじいちゃん、魔術師だったの?」


 あー、そうか。ラフィリアは腰の曲がった無力な老人耄碌済みというストラト侍従長しか知らないのだ。

 国家行事としての国王召喚の儀式の関連で顔をあわせていたとしてもその程度の関係でしかないだろうし、無理もないだろう。僕だって初対面では変身や変形に準ずるようなビフォーアフターをしてくれるとは思わなかったのだ。ラフィリアがそんな変化を予見できるはずもない。


「まあ、本人に確認するか」


 訓練もしないで結局は閉じこもっただけの鍛錬室。

 だだっ広いだけの四角い部屋だが、天井は高く大人数でパーティーでもできそうなくらいの空間だ。後宮、というある種の閉鎖的な空間でどうしてこんな広いスペースが必要だったのかはわからないが、基本総大理石で作られている後宮内で唯一板張りという特異な部屋である。奥まった場所にあることからも倉庫か何かだったのかもしれない。

 鍵を外してドアを開け――ようとして硬直する。

 目の前に壁が突如出現したのだ。いや、正確には壁などではなく筋肉と言うべきか。燕尾服で覆われた巌の如き背中だった。…というか、ストラトの背中だった。

 鍛錬室のドアの前で、弁慶宜しく仁王立ちである。雄々しいことこの上ないが、酷く滑稽な図が出来上がっていた。律儀にも、小さな身体でそれに付き合っているリディアがその滑稽さに拍車を掛けている。


「………」


 ぱたむ。

 とりあえず、閉めてみた。

 なにか悪いものを見てしまった、そんな顔をしているラフィリアとひとつ頷き合って今一度ドアを開ける。

 今度は大丈夫だった。

 恭しく一礼するストラトと、羞恥からか頬を真っ赤に染めてお辞儀するリディアの姿がそこにはあった。

 とんだコメディーだと思う。最高級の大理石が惜しげもなく使われ、国家としての贅を凝らして作られた後宮でなにをやってるんだ。こんな光景を、国民が見たらどう思うのやら。でもそんな考えは捨てて、今は笑うべきだろう。感情のままに。今このときだけは、僕を縛るものはなにもないのだから。


 *   *   *


 理屈の雁字搦めから開放された僕は、随分と久しぶりに大笑いをした。

 笑顔とか、微笑なんて上品なものじゃなくて大口を開けて涙すら流しながらの大爆笑。更にそれが筋肉痛に響いて痛し痒しで更に笑いを上乗せした挙句、呼吸困難を伴い床に這い蹲るようにして痙攣しているところを見るに見兼ねたストラトに救出され今に至る。

 柔らかなベッドの上で、辛くも思考を取り戻した僕は三人にそれはもう心配されたものだった。よくもあんな下らないことで笑死寸前にまで陥ったものだ。笑い死にした国王なんて、醜聞もいいところだ。

 しかし、お蔭でかなり人間らしさというやつを取り戻したように思う。


「あー、笑ったー」


 大学を卒業して、五年以上こんなに笑ったことはなかった。僕自身、なにが可笑しくて笑ったのかも分からないくらいだけど、とにかく笑った。

 ストラトが呆れ果て、ラフィリアは変な目で僕を見ているし、リディアは泣きかけている(様な気がする)。

 まあ、それもそうだろう。

 午後のお茶をしていたと思ったら、何気ない一言で僕は急に取り乱し。

 リディアに呼ばれて来てみれば主はすっかり意気消沈、訳のわからないことを言って沈黙したまま閉じこもり。

 少し会わない間にすっかりしょぼくれて、良く分からない理由で復活し。

 極め付けに先程の大笑いである。命を賭けた大爆笑。どこからどう見ても変な奴だ。立派な不審者である。その事実は覆しようのないものなので、とりあえず――


「えーっと、みなさん。ご心配とご迷惑をおかけしました。

 多分、これからも様々な醜態を晒すことになるかとは思いますが、どうかよろしく御願いします」


 豪華な天蓋つきのベッドの上からではあるが、頭を下げた。



 最初からいきなり躓いたけれど、これでようやく始められる――一世一代の国盗りの幕開けだった。



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