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十話 好転

 

 目覚めから、今この時までは僕は確かに幸せだった。

 現実世界ではお目にかかったことのないような美少女エルフ(推定)が専属のメイドになってくれて、ようやく異世界召喚系のテンプレっぽくなってきた。相変わらず、状況は最悪だけどリディアは存在そのものが一種の清涼剤だ。…なんか、こういう風にいうと変態っぽく見えるのが問題だけど。

 話を戻そう。

 今とても不愉快な思いをしているのは間違いなく目の前の男のせいだ。

 レーベレヒト・マース伯爵。

 ひょろっと細長い、イタチのような顔立ち。何度か顔を見た覚えがある。…ああ、そうだ。いつか施策についての事後報告をしにきたナントカ伯爵のことだ。


「陛下、本日のご予定はお決まりですか?」


 妙に甲高い、人の精神を逆撫でするような声で、レーベレヒトは言う。


「午前中は勉強、午後からは訓練の予定だが」


「それでは、午前の予定をご変更なさってください。陛下には一日も早く、グラーフ王国の象徴となっていただかなければなりません」


「そのための勉強だ、変更する必要があるのか?」


「ええ、ございますとも。もちろん、基礎的なことの重要性も承知しておりますが、陛下はグラーフ王国の国王であらせられます。民を治めることこそ、まず学ぶべきことかと存じます」


 かしずき、頭こそ下げているものの、表情が笑っている。

 対してストラトはといえば渋い顔をしている。普段どおりの彼ならば、容赦のない突っ込みか反論が口を突いて出るところだ。ということは、王城での権力では圧倒的にレーベレヒトの方が勝っているということなのだろう。恐らく、この国を牛耳っている貴族の筆頭格。それに彼の言っていることもあながち間違いではない。


「一理ある。そなたの意見を容れよう。いいな、ストラト」


「……仰せのままに」


 できる限り、偉そうな口を利く。そこかしこでボロが出そうだが、まあ俄か国王だし。

 それに、欺いておかなければいけない相手でもある。


「ということだ、レーベレヒト。お前の教えを乞うとしよう。しかし、その前にやるべきことがある、しばし後に出直せ」


「承知いたしました」


 一礼し、薄ら笑いを浮かべたままレーベレヒトは退室していく。


「ふぅ……」


 普通に緊張した。

 さほど賢そうな人物ではないように見えたが、狡猾で狡賢さだけは一級品――そんな印象。イタチというよりはキツネか。…どちらにしても厄介な相手だが。


「陛下」


「分かってる、ストラト。何も言うな」


 レーベレヒトの意図は大体だが読めている。

 僕をすっかり愚か者に洗脳してしまおうというのだ。なにもかも、都合の良い解釈と情報で満たしてしまえば、どんな愚かな行いでも当然で正しいことだと思い込ませることができる。詭弁と論旨のすり替えは腐敗貴族どもの十八番おはこだろう。まあ、そんな下らないことで洗脳されてやるつもりはないが、それらしい演技はしなければならない。虚栄心に満ちた上辺だけの、何も分かっていない馬鹿な王様を演じなければならない。果たして、そんな大それたことが僕にできるのか。

 筋書きを書いたのは、間違いなく僕だけれど。


「陛下…」


 どうしてよいのかわからず、リディアがおろおろしている。

 そんな所在無げな仕草は、人が本来もつ庇護欲を大いに刺激してくれる。

 ああ、そうだ。僕は守らなければならないのだ、この愛らしい小動物然とした少女を。

 主がこの体たらくでは、落ち着くものも落ち着くまい。虚勢のひとつでも張れなくて、なにが一国の王だ。


「リディア」


「はいっ」


「部屋の掃除をしておいてくれ、きれいにな」


 にっこり、とまではいかなかったけど、普通に笑えたように思う。

 出会ってまだ二時間程度だが、尤もらしいことを言って余裕を演出してみせる。


「ああ、それと僕のことは名前で呼ぶ練習をしておくこと」


「はいっ!?」


 踵を返しかけたリディアが素っ頓狂な声を上げる。


「それだけ。行ってよし!」


「はいーっ!」


 反論は聞かず、リディアを送り出す。多分、なにを言われたのかいまいち理解していないだろうから、後でまた話でやらないといけないだろう。

 …しかし、リディアをからかうのは本当に楽しい。彼女にとってはいい迷惑だろうが、僕はとても和む。新鮮なリアクションが普通に嬉しい。


「…陛下」


 ストラトは呆れたように嘆息する。

 先程のことといい、リディアのことといい、もはやなにから突っ込めばいいのやらといった感じだ。


「そう言うなよストラト。僕は英雄じゃない、いつでも豪胆でいられるわけじゃないんだよ」


 僕は、ただの人間だ。

 マンガやアニメの主人公じゃない。

 目の前に立ちはだかる壁に、勇敢に立ち向かっていけるほど強くはない。

 全てのことにビクビクしながら、道を踏み外すまいと必死になってきただけのつまらない小心者。

 好んで読んだ異世界に召喚された主人公たちが虎や龍ならば、僕は精々鼠がいいところだ。実力も、胆力も。しかし、窮鼠猫を噛むというではないか。それに…鼠は黒死病ペストを媒介する動物でもあるのだ。その致死率は50%から70%といわれる人類史上最悪の感染症を。


「でもまあ、やってやるさ」


 できなければ死ぬだけ。

 一歩間違えれば即死のデスゲーム。

 そう思うだけで竦みあがってしまいそうだが、それはもう考えるのを止めた。

 人間死ぬときは死ぬ。ヘマをやっても大丈夫なときは大丈夫なのだ。

 だから、精々前向きに物事を考えよう。

 レーベレヒトの統治学だって、元の世界でやっていたアルバイトと思えば大した苦でもないだろう。愛想笑いを浮かべて嫌な客の文句に応対して、媚びへつらうようにやってきたのだ。ただ、空気を読めばいいだけの話。難しく考えなければいい。たった、それだけのことなのだ。


「というわけでストラト」


「は」


「翻訳魔術を頼む」


 ラスボスの相手をするのに、意思疎通のペンダントを使うわけにはいかない。








なにかと内面のアップダウンの激しかったミノルですが、なんとか安定した…かな?


誤字・脱字、ご意見ご感想などお待ちしております。

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