8 終わった
廊下を歩いていると、父の姿が見えた。
「お父様……来てくれてたのね」
「うん、心配でな。それと、こちらの方が“例のもの”を受け取りに来られた」
父の後ろに立っていたのは、銀髪の美しい人だった。
「俺はハーレン国の第四王子、ビクトール。あの時は、本当にありがとう」
「まあ……無精ひげの……王子様だったんですね。あの石、取りに来てくださったのですね」
「ああ。陛下に報告も済んだ。公爵からの手紙も届いててさ、国宝を返してくれるなら、過去の件は水に流すとさ」
「……ありがとう、ございます」
それだけの会話だったけど、私は妙に落ち着いた気持ちになった。
彼は、聖石探しの旅の途中で震災に巻き込まれていたところ、偶然【聖石】を見つけることになる。
そのきっかけをつくったのが、あの日の私だった。……神の声に導かれて、ストーリーが勝手に動いた。
「今日は、面白いものを見せてもらったよ。いったん国に戻るけど、また会いに来る。アヴィオール“聖女”」
そう言って、ビクトール殿下は私の髪にそっとキスを落とした。胸がくすぐったくて、何も言えなかった。
そのとき。
「アヴィオール!」
叫び声のほうを見ると、ユリナがこちらに向かって走ってきていた。
ああ、まだこの話には続きがある。
本来ビクトール殿下と出会うのはユリナだったのだ。
ユリナに想いを寄せる彼は──当て馬的な存在。
嫌な予感がして私はユーミナに向かって歩いて行った。
「なにかご用?」
私はできるだけ平静を装った。
「お前のせいよ……! 全部……お前がっ!!」
ユリナの手にはナイフが握られていた。一瞬、時間が止まったような気がした。
「お前が、死ねば物語は元に戻る!」
だがビクトール殿下が、私の前に立ちユリナの腕を掴む。
「バルト!こいつを!」
「離せぇぇ! リセットするんだから!」
ビクトール殿下はナイフを叩き落とし、バルトという騎士がユリナを羽交い絞めにしたが、ユリナは足をバタ付かせて抵抗する。
醜悪なユリナの姿に誰もが注目していた。
そこへ――
「アヴィー! 危ない!」
父が叫んだ。でも、間に合わなかった。司祭の剣が、私に向かって真っすぐ!
時間が、ぴたりと止まった。
「……あ」
それしか言えなかった。
私は床に転がり、ビクトール様の胸を、横から司祭の剣が貫いていた。
血の気が引いていくのが分かる。バルトが司祭を殴り倒し、父がビクトール様に駆け寄っていた。ユリナは笑っていた。狂ったように。
「ふふふ、あははは! イベントが始まったわ! ビクトール様は、私が救うの! 私こそが、大聖女よ!」
「アヴィオール……お前のせいで、私は神殿を追われた! 殺してやる!」
司祭もまた、狂っていた。
「……そんな」
こんな展開は無い。シリウス様の死のイベントが、ビクトール様にすり替わったの?
私は、ビクトール様の手を取った。まだ温かい。
「神様……≪声≫は? お願い、私に≪懺悔≫させて」
父が、小さく首を振った。
「即死……だったようだ。剣に毒が仕込まれていたのか」
「ビクトール様……」
私はその場に崩れ落ちて、ただ泣いた。胸の奥が裂けるみたいに痛くて、呼吸ができなかった。
「神様、懺悔します。私は転生者です。すべて知っていました。運命を歪めました。だから……私の命と引き換えに……ビクトール様を……!」
空に叫ぶように言った。
祈りというより、絶叫だった。
≪汝の願い、聞き届けた≫
空から、静かな声が降ってきた。
「……え?」
そのとき、ビクトール様の体が淡い光に包まれて、私の手の中で、かすかに動いた。
「……ほぉ」
目を開けて、息を吐く。
「ビクトール様……?」
「……死とは、《無》だな。走馬灯もなかった」
涙が止まらない私は、ビクトール殿下に抱きしめられた。
彼の胸のなかは、あたたかい。
そのあと、騒がしい足音が近づいてきた。
「ハーレン国第四王子ビクトール殿、私はこの国の王太子、エドワーズです」
ユリナと司祭は、縛られて護衛につかまっていた。
「はじめまして、王太子殿下」
「今回の件は……申し訳ない」
「いえ。命と引き換えに、大切なものを見つけましたから」
「そうですか・・・」
エドワーズ殿下は眉を寄せて私に顔を向けた。
「大司祭殿と話していたんだ。君が大聖女に選ばれるべきではないかと。だが『私に神の声は聞こえなかった。アヴィオール様には聞こえたようです。そんな私に、選定などおこがましい』と仰った。君には聞こえていたのか?」
エドワーズ殿下が、私に向かって訊いた。
「はい。“≪懺悔せよ≫”とだけ」
「……私は、最後まで君を疑っていた。すまない」
「罰として、修道院行きでお願いできます?」
「……なんのことかな」
そのとき、私ははじめて少しだけ笑えた。全部が終わって、私は処刑されずにすんだ。
家族を守ることが出来た。
──誰も命を奪われなかった。
読んで頂いて有難うございました。