7 *:.。..。.:*・≪≪懺悔せよ≫≫・*:.。. .。.:*
「アヴィオール様、お帰りなさい!」
神殿の白い門をくぐった途端、シリウス様が駆けてきた。その足音が石畳に軽やかに跳ねて、胸も弾む。ああ私、まだ、ここに帰ってきてもいいんだ。
「ただいま戻りました。けじめをつけに来ただけですの。参加するだけですから」
「それでも、嬉しいです。またお会いできて」
シリウス様はいつも、真っ直ぐだった。眩しいほどに。
貴族令嬢としての私、物語のなかの役割としての私、そして、私の心がどれにもちゃんと収まらず、少しだけ浮いている感じ。それでもいいと思っていた。
ちらりと、ユリナ――あの子の方を見やる。目が合った瞬間、あからさまに睨まれた。恋の進展はなさそうね。少なくとも彼女の目には、恋ではなく、欲と怒りしか宿っていなかった。
うん? あれ? ユリナってこんなキャラだった?
この世界の脚本家を、書き換えたのは、たしかに私だけど――。
選定会は、静かに始まった。祭壇の周囲には王家、神殿、そして大勢の民たち。まるで舞台のように、空気が張りつめていた。
エドワーズ殿下の姿もある。その視線がどこにも定まらないのが、なんだか不思議だった。
ユリナが入場すると、ざわめきが起こった。まるでオーディション会場のヒロイン登場のように。
「平民から大聖女が生まれるかも」とか、「まるでシンデレラじゃない?」なんて、期待が浮かんでは消える。
彼女が水晶玉に手をかざすと、たしかに光は走った。けれど――
大司祭様の口は、閉じたまま。
「静粛に!」と叫ぶ司祭の声が、ひときわ鋭く響いた。
ユリナの肩が震えている。悔しそうに、私を睨みつけてくる。その目に、何かが滲んでいた。呪い? それとも、嫉妬? この子、本当に聖女ユリナなの?
そして、私の番。
空気が張りつめる。そう、私は“偽聖女”と噂されているから。
その空気を切るように、ユリナの声が響いた。
「待って! アヴィオールは【聖石】を使ってるのよ!」
私が何も言わないうちに、彼女は駆け寄ってきて私の体をまさぐりはじめた。これでも私、公爵令嬢なのだけど。
「やめなさい。ここは神聖な場所です」司祭が言うが、彼女は止まらない。
「ない…どうして!?あなたは悪役なのよ! なんでヒロインの私が選ばれないのよ!」
「あなた、もしかして……転生者?」
私は小声で尋ねた。
「そうよ!気づいてたくせに。あんたもでしょ!」
「ええ、でも私は黙って生きる方を選んだの」
「ずるい!」
「うるさいわね。悪役がヒロインになるには、それなりの努力が要るのよ」
ユリナの目がぎらりと光った。
「いいえ! ヒロインは清らかで、美しい私、ユリナであるべきなの! なのに選ばれないなんて、おかしいわ!」
「それが神様の意志なら仕方ないわね」
「神様だって、平等なんかじゃない! 司祭もよ!平民を排除して、貴族の娘だけを聖女にしたいだけでしょう!」
会場の空気がざわつく。司祭の顔に微かに走った焦りを、私は見逃さなかった。
騒ぐユリナは神官たちによって、退場させられた。
水晶玉に、そっと手を翳した。
私は何も望んでいない。ただ、静かに終わってほしい、それだけだったのに――
≪懺悔せよ≫
「……え、うそ。やめてってば。もうそういうの、いらないのよ」
≪懺悔せよ≫
「私は大聖女なんか望んでません!そもそも、そういう立場に向いてないの!」
≪懺悔せよ≫
「アヴィオール!」
「お父様……」
会場で立ち上がった父の姿。
今日はなぜか、すこしだけしわが多く見えた。
「本当はユリナが選ばれるはずよ。でも司祭様が平民は大聖女には出来ないって言ったわ。【聖石】を使ってでも大聖女になれって、でも私はお断りよ!」
「嘘だ!この罰当たりの偽聖女め」司祭が叫ぶ。
「神様、お願い……すべて私が悪かったでいいから。どうか、終わらせて」
その瞬間、光が降りた。あたたかく、でもさみしくて……この時やっと私は生まれ変われると思った。
涙が、静かにこぼれた。
「残念ながら、今回は神託はありませんでした」
大司祭様がそう告げた。会場がざわつく。
「神の光が降りたんです! アヴィオール様こそ、大聖女にふさわしい!」と、シリウス様が叫んだ。
それでも、決定は覆らない。
私は、選ばれなかった。
けれどそれは、たぶん、神様のやさしさだと思った。
≪懺悔せよ≫ なんて、これから一生言われるなんて――ごめんだもの。
さて、次はエドワーズ殿下の番ね。
誰もが誰かを懺悔させたがるこの舞台で、彼がどんな役を演じるのか、少しだけ楽しみにしている。
読んで頂いて有難うございました。