6 大聖女選定会
震災から12日後。
神殿の司祭様が、ひょいと公爵家を訪ねてきた。
「アヴィオール神殿に戻っていただきます。大司祭様のご命令です」
大司祭様の……断りづらいどうしよう。
「司祭様。聖女認定の、取り消しをお願いできませんか?」
「できません。大聖女の選定を行います。あなたも、参加なさい」
「でも私は、王太子殿下の婚約者候補から外されたので……」
「大聖女が必ずしも王太子妃になるとは限りませんよ」
――参加だけなら、まぁ。どうせ選ばれないし。
ユリナがいるし。
また恥をかくことになりそうな気もするけど……
でも、聖女認定を取り消してもらえるなら。
「わかりました。参加だけ、します。でも、期待しないでくださいね」
「選定会は、二週間後です」
「……えっ、早くないですか?」
「震災で暗くなった空気を、明るくしたいのです。あなたのためでもありますよ。奇跡を起こして、悪い噂を払拭しなさい」
……悪評って、神殿と公爵家の、どっちのメンツにも関わるものなのよね。
「でも、奇跡なんて……起きないと思います」
だってこれは選定会であって、命を救う場所じゃない。
私は、大聖女にならない。ユリナがいるもの。
「どんな手を使っても選ばれなさい。それが神殿の希望です。平民を大聖女にするわけにはいきません」
「それって、つまり……聖石を……」
「奇跡を起こしなさい! あなたのためです!」
――あ、やっぱりそうなの?
つまり黙認ってこと? 神殿って、やっぱり選民思想なのね。
私はもう、そういうの、やめたのに。
でももし、大聖女に選ばれたら――処罰されなくて済むかも。
それに、私は公爵令嬢。準王族の扱いになる。
ユリナはまだ、聖力に目覚めて日が浅いし……
もしかしたら、勝てる……?
どうしよう。神様、こんな時こそ「声」で助けてくれたらいいのに。
***
次の日、父が領地から帰ってきた。
「橋が崩れかけていたが、修理で済みそうだ」
父はまっとうな人で、闇オークションに参加したのも、ずっと昔に盗まれた家宝の宝石を探すためだった。
けっきょく宝石は見つからなかったけど、代わりに【聖石】が出品されていて、それを私のために買ってくれた。
……そのときは、私も父も気づいていなかった。
それがどんな悲劇を呼ぶかなんて。
「ハーレン国には書簡を出してある。返事が来しだい返却に向かう」
「お父様、犯罪者にされたりしませんよね?」
「うまく説明したつもりだ。アヴィ、お前は心配せず任せなさい」
――【聖石】は返す。
私はもう、まちがえない。
神殿からは何度も呼び出しがあったけれど、私は選定会にだけ出ると返事をした。
それ以上は応じなかった。
物語の強制力って、あるのかもしれない。
私がユリナを傷つける――そんな未来が、ふっと頭によぎった。
私は、そういうアヴィオールだから。
気を抜くと、ひどいことをしかねない。
「帰ってくれ! しつこくすると寄付はしないぞ!」
神殿の使者は、父が追い払ってくれた。
私はそのまま、屋敷に籠っていた。
そして――
ハーレン国から返事が来た。
「向こうが聖石を取りに来てくれるそうだ。災害で混乱しているからと」
「……怒ってないの? 二年前のことなのに」
「感謝するとあったよ。見つけてくれて、ありがとうと、な」
「……よかった。ちゃんと、お詫びしなくちゃ」
「私も息子に家督を譲る。ケジメをつけるつもりだ」
母と弟には、呆れられた。
「馬鹿親子!」と弟に言われたのも、仕方ない。だって、そのとおりだもの。
***
そして――大聖女の選定会。
短い期間で頭角を現したユリナが、圧倒的に有力視されている。
選定会は、王子が十八歳になる年にしか開かれない。
王子はまだ三人いるから、今後も続くだろうけど――
大聖女は、神に選ばれた、聖女の中の聖女。
候補者が水晶玉に祈り、大司祭様が神託を受け取る。
それだけのことだけど、きっと水晶玉はユリナのときに、いちばん輝く。
小説の中では、あの【聖石】ですら、ユリナの輝きには勝てなかった。
それを認められなくて、アヴィオールは狂ってしまった。
でも大丈夫。今日はナイフを持っていないし、【聖石】はお父様が大切に保管して、ハーレンの使者に渡す手はずになっている。
たくさん懺悔した。
もう、神様も、少しぐらいは許してくれますよね?
読んで頂いて有難うございました。