5 ユリナ視点
あの地震から三日。
神殿も少し落ち着いたころ、私、ユリナはというと、ストーリー通りにシリウス様の指導を受けていた。
……のだけど。
「ねえ、シリウス様……アヴィオール様って今どこに?」
そう聞いた私に、彼はいつもの静かな声で、
「なぜか聖力を失って神殿を去って行かれたんだよ。早く戻ってほしいものだ」
って。
え、何それ、だめじゃん。
あの人、いないと困るのよ。だって、彼女がいないと私が虐げられないし、それがないと、私とシリウス様の仲が全然進展しないっていうのに。
彼が私じゃなくて、アヴィオールの心配ばかりしてるのも地味にショックだった。
ああもう、彼女が刺さなきゃ、シリウス様は傷つかないし、そうじゃなきゃ私、大聖女に覚醒できないんですけど。
まぁ覚醒してもシリウス様を生き返らせることは出来ない。彼は気の毒な役割なのよね。
しかも最近は、毎日お祈りと奉仕と炊き出しで、寝る暇がない。
いやもう、そろそろ美肌も限界よ。こうなるなら、街で活躍してからのんびり神殿入りすればよかったわ。地味に後悔。
たぶん、アヴィオールってば、神殿の復興が忙しくて逃げたのよね。
……ずるい。貧乏くじ引いたの私じゃん。
*
あの地震の夜だった。
ドンって揺れて、ひっくり返って頭を打って、その瞬間──思い出した。
私が読んでたスマホ小説。
『平民聖女だけど偽聖女には負けないわ!』
そのヒロインのユリナに転生してることに、ようやく気づいた。
元は地味な高校生だった私が、どういう因果か、いきなり大聖女候補に。
あの麗しのエドワーズ殿下に溺愛される未来が、すぐそこにあったはず……なのに。
(まずはアヴィオールに虐げられないと!)
そう思って、勢いで神殿まで走ったんだった。今考えると、もうちょっと冷静に行動すればよかったわ。
*
それから一週間。
噂では、アヴィオールが偽聖女だって街中に広まってた。王太子の婚約者候補からも外されたらしい。
……いや、展開早すぎない?
しかも、シリウス様はまだ生きてるし。死ぬはずだったのに。
私、ヒロインなのに、脇役のアヴィオールに物語、盗まれてる……?
運命の歯車、止まってる?
「シリウス様、アヴィオール様って【聖石】使った偽聖女なんですよね」
なるべくナチュラルに聞いてみた。そしたら彼、優しい声でこう言った。
「そんな噂はある。でも、彼女は毎日傷ついた人々を癒していた。力を失っても、癒し続けようとしていた。だから【聖石】を使ったんだろうって、私はそう思うよ」
いやいやいやいや、違いますから。
あの女、王太子妃の座を狙って、いろいろやらかしてたやつですから。
「それにね、アヴィオール様は≪懺悔≫して街中で奇跡を起こしたって。やっぱり聖女様なんだよ」
はぁぁぁぁぁぁ?!
街中で奇跡? それ、私のイベントだったやつじゃん!
本来は私がやるはずだったのに、なんで、あの女がちゃっかり!?
卑怯! 絶対【聖石】の力でしょ!
「なぜアヴィオール様は戻らないんだろう……奇跡を起こしたというのに」
「で、ですよねー! 早く戻って欲しいですよねー(棒)」
心の中ではギリギリと歯ぎしりしながら、口では笑顔を作った。
こんなの、バグよ。バグ。
シリウス様は完全にアヴィオール贔屓。私のことなんてぜんぜん眼中にない。
……でも、まだ間に合う。エドワーズ殿下が18歳になる前に「大聖女の選定会」がある。
そこで神に認められて、私は婚約者候補になるはずよ。きっと、きっと。
そのためには、あの女に戻ってきてもらわなきゃ。
そうじゃないと、私、目立てないんだから!
お願いだから、偽聖女アヴィオール、早く帰ってきなさいよ!
あなたがいないと、私の物語、始まらないのよ!
読んで頂いて有難うございました。