4 ≪汝の最大の罪を告白し悔い改めよ≫
あの人を治してって、ベルトが言ったとき、私はふと、現実に引き戻された。
最後に残ったのは、ひどく汚れた青年だった。顔には痛々しい傷跡、片目が潰れている。土ぼこりにまみれていて、第一印象は最悪だった。でも、そのくたびれた外見の奥に、どこか高貴な気配を感じた。従者もついていたし、ただの旅人ではないのだろう。
「神様、私に……最後の力をください」
≪懺悔せよ≫
きた、これ。あの声。心に直接語りかけてくる、神の声。
「弟の、ちょっと恥ずかしい秘密を……お茶会でご令嬢たちに言いふらしたことがあります」
≪汝の最大の罪を告白し、悔い改めよ≫
それは……それは……。
うう、まさか聖石の力を勝手に使ったこと? それを言えって?
無理、無理無理無理!
「聖女様? 大丈夫ですか?」
「ベルト……聖女様は少しお疲れのようだ」
ヒゲ男は痛みに耐えながら、こちらを見ていた。ううう、やっぱ無理……!
≪懺悔せよ≫
ああ神様、それ言えば、許されるんですか? 処刑されないって、本当?
「聖女様!」
ああもう、逃げたい! ここから逃げたい──!
でも人の輪に囲まれていて、逃げ場なんてどこにもなかった。
≪懺悔せよ≫
「……っ! わ、私は偽聖女です! 聖石の力を使って、ずっと治療をしていました! お許しください!」
「な、なんだって!?」
「聖石!?」
「偽聖女だと!?」
場がざわめいた。私は目を閉じて、全てから目を逸らした。
だけど。
目を開けた時、ヒゲ男は光に包まれていた。奇跡が起きた。傷は癒え、潰れた目も元通り。澄んだ水色の瞳が、私をまっすぐに見ていた。
彼は、私の両手を握り、自分の額に押し当てた。
「ありがとうございます、聖女様。おかげで、もう痛みはありません」
「良かったですね。神様のご加護があったのでしょう」
「……聖石、使いましたか?」
「いいえ。聖石はもうハーレン国に戻すよう手配してあります」
「……そうでしたか。やはり、あなたは立派な聖女様です」
「ふふっ。偽聖女ですよ。では、これにて──」
「本当に、感謝しています」
「いえ……私なんか、ただの偽者ですから。ははっ……」
──ああ、終わった。人生、完全に詰んだ。
私に聖力が無いって、知らせたかっただけなのに。
偽聖女だって、街で噂になるだろうな。ハーレン国から正式に抗議が来て、修道院に引っ込むことになればまだマシ。
でもね、捨てたもんじゃなかった。私、苦しんでる人たちを見捨てなかった。
ちょっと、良心が残ってたのよ。
前世の記憶のせいかな?
「聖女様バンザーイ!」
「ありがとうございました!」
街の人たちの歓声は、遠くで波のように聞こえた。私は、ただぼんやりと馬車に揺られて、公爵家へ戻った。
地震の被害は、広範囲に及んでいた。お父様は領地の確認に出かけていて、家には聖石が残されたままだった。
それを持っていけば、恥なんてかかずに済んだのにね。
……でも、不思議なことに、私は少しだけ、誇らしい気持ちだった。
生きてきて、はじめて味わう清々しさ。こんなの、知らなかった。
***
神殿を離れて五日後。なぜか、エドワーズ王太子殿下が訪ねてきた。
「先触れもなく申し訳ない。街の復興の様子を見てきた帰りなんだ」
「そうでしたか、お疲れでしょう。被害は、大きかったですね」
「幸い、死者は出なかったようだ。教会や神殿では炊き出しも始まっている。君が去った後を、ユリナという少女が埋めている」
「彼女こそ、本物の聖女です。私は……偽物でした」
「君の行いには意味があった。だが、不穏な噂もある」
──ドキッとした。きた。ついに、きた。
ここで話題を逸らさなきゃ。
≪懺悔せよ≫
……え、今⁉ 神様、空気読んで!
「で、で、殿下。不穏な噂というのは……やはり聖石のことですか?」
「そうだ。それに、君の神殿での振る舞い。災害の混乱に乗じて逃げ出した、とも」
「……申し訳ありませんでした。私は、救済活動中の神殿をよそに、自分のことばかり。聖石のことで断罪が怖くて、逃げようとしました。……本当に、ごめんなさい!」
私は床にひれ伏した。懺悔は、終わりの合図だった。私の秘密は暴かれ、裁きが下る。
でも、家族だけは守りたかった。
「聖石は、私が父に頼みこんで持たせてもらったものです! 悪いのは、私ひとりです。家族には罪はありません、殿下……どうか、お願いです」
「……残念だが、君を婚約者候補から外す。災害が落ち着き次第、改めて沙汰を言い渡す」
「……はい。承知いたしました」
「君は、私の初恋だった。いつから変わってしまったのだろう」
「殿下は、変わらないでください。私も、昔のままの殿下が好きでした」
ぽろぽろと涙がこぼれた。悪事は、隠し通せなかった。でも、シリウス様に手をかけなかったことだけが、せめてもの救いだった。
……それにしても、
よりによって、なんでこのタイミングで懺悔⁉
ねぇ神様、空気、読んでよ……ほんと、最悪!
読んで頂いて有難うございました。