3 ≪懺悔せよ≫
原因不明の能力低下ってことで、私は実家に戻ることになった。
──戻るって言っても、しれっと~じゃなくて、ちゃんと司祭様のお許し付き。
「昨日まで聖力に満ちあふれていたのに。不思議ですね、ストレスかもしれないね。まずは体を休めて、また力が光りはじめたら戻って来なさい」
……って、それ、つまり「お疲れさん、帰っていいよ」ってことよね?
聖女を辞めるには教皇様の許可が必要らしいけど、今の私は“お休み中”。つまり合法的ニート状態。すばらしい。
「自由だぁぁあ!」
思わず馬車の中で叫びそうになったけど、こっそり拳だけ握った。
王太子妃教育も、神殿の早朝のお祈りも、地味な奉仕活動も、ぜーんぶサボっていいなんて。夢のよう。
私は今日から、ただのアヴィオール。貴族のお嬢様モードで、気楽に過ごすことにしたの。
でも──。
どうしてユリナ、あんなに早く神殿に現れたの?
街で救助活動してから来るって話だったじゃない。瀕死の人がいたはずなんだけどな。
──とか考えてたら、馬車が急に渋滞に巻き込まれた。
のろのろ進むなか、外から男の声が聞こえた。
「サウスヒール公爵家の馬車とお見受けしました! アヴィオール様にお願いがあって──!」
馬で追いかけてきた中年男性、汗だくで叫んでる。
「貴女が最も優秀な聖女様だと伺いました! どうか助けてください!」
──おお、そうきたか。
これは…まさかの展開。うーん、私の“聖力が消えた件”を、みんなに自然と知らせるチャンスでは?
「街中に出るのは危険です、お嬢様」
侍女と騎士が焦って止めてくる。けど、私はひらりと笑って言った。
「いいえ、行くわ」
街は地震でぐちゃぐちゃだった。瓦礫、割れたガラス、叫び声、散らばった野菜。生々しいのに、現実離れした光景。
ベルトという名前のその男に案内されて、私たちは半壊した宿屋へ。
「アヴィオール聖女様をお連れしたぞ!」
……ちょっと待って、それ大声で言わないで。すごい注目されてるし。
中では、少年が血まみれで倒れていた。
「瓦礫に挟まれて、助け出したが意識がないんだ…!」
父親らしき男が泣いてる。
……これは……無理かも。
【聖石】がないと、私はただの飾り。
でも、逃げるわけにもいかない。心臓が、内側からじわっと熱くなる。
「神様…この子を助けてください」
祈りながら、思い切って手を伸ばしたその瞬間──
*・゜゜・*:.。..。.:*・≪≪懺悔せよ≫≫・*:.。. .。.:*・゜゜・*
……えっ?
頭の中で、誰かの≪声≫がした。
≪懺悔するのです≫
「えっと……エミリア様のドレスの裾を踏んで転ばせました。すみませんでした!」
少年の身体が光って、目をぱちりと開けた。
「お父さん……?」
「うおおおお」
父親、泣きながら抱きしめてる。
……何これ? っていうか、ドレス事件バレたじゃないの!
「聖女様、あちらの女性も!」
また人が倒れてる。今度は妊婦さん。
≪懺悔せよ≫
「朝のお祈りを……」
≪声が小さい≫
「あ、朝寝坊して何度もサボりましたあああ、ごめんなさい!」
また光、また奇跡。
……もしかしてこの現象、私の聖力じゃなくて「懺悔」に反応してるの?
「聖女様、次はこちらです!」
≪懺悔せよ≫
「レティ様にワインかけて泣かせました!……ぁああぁうううう」
キラキラと光る癒しの奇跡。人々の歓声。
その一方で、私の黒歴史が全部、町中に拡散中。
「聖女様!」
≪懺悔せよ≫
「お、お祖父様のシルクハットを踏んずけて泣かせましたぁあ!」
──もうやだ。私の懺悔、無限ガチャなの?
叩けばいくらでも埃が出るアヴィオールの体、懺悔のネタは尽きない。
ひとつ懺悔するたびに人が救われていく。
そして私は、そのぶんどんどん薄っぺらく、まる裸になっていく。
でも、少しだけ──ちょっぴりだけど、心が軽くなっている気がした。
ねぇ、神様。
私、これでも、ちょっとずつマシな人間になってきてる感じ、しませんか?
読んで頂いて有難うございました。