2 処刑回避よ!
神殿の中、祭壇も壁もあっちこっち壊れて、神官や修道女たちが右往左往してる。
「アヴィオール様、お怪我はありませんでしたか?」
シリウス様が心配そうに声をかけてきた。ああ、この人が──私のせいで死ぬ運命の人なんだと思ったら、胸の奥が苦しくなった。
「ええ、大丈夫よ」
そう答えた瞬間、また地面がぐらっと揺れた。シリウス様は迷いもなく私の肩を支えてくれた。優しすぎる。やめて。そんなの、困るのよ。
「ありがとうございます」
「いえ、今夜、ケレソーム様への祈りの儀があります。ご準備を」
うなずいて部屋に戻ると、侍女が散らかった部屋を必死で片付けていた。そうそう、神殿には本当は侍女は連れて来ちゃだめなんだけど、寄付って便利。すごく効くの。
「お嬢様、ご無事でしたか?」
「ええ。お祈りの準備が終わったら、少し仮眠を取るわ」
でも正直、眠ってなんかいられない。
だって──私は偽聖女なのだから。
私の聖力はもうとっくに尽きてる。<ハーレンの魔石>、あれに頼って、ずっと聖女のふりをしてた。十五歳から二年以上、まるで芝居のヒロインのように。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
普通に公爵令嬢やってるだけでも、それなりに優雅に暮らせてたはずなのに。
だけど私は、王太子殿下の妃になりたくて。大聖女の座に就けば、全部が手に入ると思って。父に泣きついて、聖石を手に入れ、それで演じ続けた。
まったく、何してんだか。
それにしても、あの王太子──顔はいいけど、私のことめっちゃ嫌ってるの、態度に出てるし。
あれと結婚とか、もうぜんぜん魅力ない。
もう、全部終わりにしよう。
神様が怒ってるってことにして、聖力がなくなったことにしよう。
そしたら、私の役目はおしまい。あの平民聖女が神殿に来る前に、ささっと退場。
処刑されるよりは、ずっとマシよね。
夜明け前、ケレソーム様への祈りの儀が始まった。
今日だけは本気で祈った。
(もう悪いことはしません、ほんとにごめんなさい。フラグ立てたのは私です、でも回収しなくていいです。神様お願い、死亡イベントはスキップして!)
祈りの時間が終わった頃には、地震もすっかり収まってた。これはチャンスだと思った。
「シリウス様、私……神殿を去ろうと思うの」
「えっ、理由をお聞かせください。一応、お世話係なので」
「昨夜倒れた時に頭を打って、それで……聖力が、なくなっちゃったの」
「では聖力の再鑑定を行いましょう」
……いや、それ、ダメなやつ。
けれど断れず、女神の水晶玉の前に立たされる。光るはずないのに。ないのに……。
ピカーッ。
「光りましたね。ごく普通に」
「うそ……」
「確かに少し弱まってはいます。打撲のせいかもしれませんね」
「そ、そうなんですの。ほほほ……」
「つまりもう、聖女ごっこに飽きたんですね? 神殿は遊ぶ場所じゃありませんよ」
「遊んでないわよ。ちゃんと真面目にやってたわ」
「では、早速奉仕活動を」
まって、そうじゃないの。辞めたいのよぉ!
「シリウス様、私、もう聖力がないんです!」
「我儘言わずに行きますよ。今朝から怪我人が押し寄せているんです」
つれて行かれた神殿のホールは、怪我をした、たくさんの人であふれていた。
「あれ……あの子って……」
「ああ、ユリナさん。昨夜突然聖力に目覚めたと言って、神殿に来たんです」
え?ちょっと待って。
この子、もっと後に登場するんじゃなかったっけ?
街で傷ついた人を次々と癒して、その功績でスカウトされるはずだったのに。
「聖女様、お願いします」
目の前に、おじいさんが立っていた。頭に包帯、痛そう。
……治せるかな? 光ったし。まだイケるかも?
私はすました顔で手をかざした。けれど、二人目を終えたところで、どっと疲れが襲ってきた。
ガクン──
そのまま、ぶっ倒れた。
「ユリナさんが来てくれて助かりましたが……あなた、本当に聖力も魔力も失ってるんですね」
「シリウス様……私、もう聖女じゃないの。ううん、最初から違ったのよ」
「司祭様に報告します。今は休んでいてください」
──それで、私は神殿を追い出される。
ユリナとシリウス様がいい感じになって、めでたく結ばれる。
それとも王太子殿下と結ばれる?
──私が無事なら、どっちでもいいわ。
<ハーレンの聖石>は父に頼んで元の国に戻してもらうし、王太子の婚約者候補も降りる。
処刑フラグ、完全回避。
……完璧。
ほんとうに、今さらだけど。生きていたいって、心から思った。
読んで頂いて有難うございました。