1 懺悔しなくては!
王宮の夜会なんて、ほんと久しぶり。
今宵の殿下のエスコートは侯爵令嬢ビアンカですって?ふふ、あんなの、比じゃなくてよ。
ワインでもかけて、お帰り願いましょうかしら。
仕方ないのよ。殿下のエスコートは順番制。でも私はエドワーズ王太子殿下の婚約者候補、筆頭なのよ?
それに大聖女候補でもあるの。王太子妃の座はもう、いただいたも同然ね。ほほほ。
──アヴィオール。
金の髪、翠の瞳。サウスヒール公爵家の長女にして、この国随一の美貌と名声を誇る令嬢。
それが、わたくしですわ。ほーほほ。
……あら? 足元が、なんだか……ぐらぐら?
ぐら、ぐら……あらあら、これは、立っていられませんわっ……!
「きゃああああああっ!」
悲鳴が響く中、テーブルクロスが宙を舞い、グラスが床に砕け散って──
私も慌ててテーブルの下へ……いこうとした、そのとき。
「危ない!」
誰かの声とともに、ガシャァァアアン──!
……倒れた拍子に頭を打って、気づけば夢を見ていたの。
簡潔に話すわね。
アヴィオールは平民の聖女を疎ましく思い、手をかけようとして……彼女を庇った神官を殺してしまったの。
その罪で処刑。
その後、王太子殿下は深く傷ついた聖女を癒し、彼女を妃に迎えた。
哀れなのは、神官と、そして巻き込まれたアヴィオールの家族──。
……ええ、そんな物語をスマホで読んでたの。バス停で。そしたら車が突っ込んできて、
短大生だった私は──目覚めたらアヴィオールになってたのよ。
笑えないわよ、ほんと。
アヴィオールの記憶が強すぎて、もう前世の自分なんて思い出せない。
でもそれよりも──
死にたくないのよ!!
なんで私が、アヴィオールなんて役回りを!?
* * *
「責任は取ってくれますよね、エドワーズ殿下!」
……え? お父様の声?
「申し訳ない。大地の神ケレソーム様がお怒りになり、大地が揺れたのだと──」
「つまり娘に罰が下ったと、そう仰りたいのですね!」
「いや、まさかシャンデリアが落ちるとは思わず……!」
そうだった……。シャンデリアがすぐそばに落ちて、私は頭を打って──
思い出したの。婚約すれば、処刑される未来。
「謝罪は結構です。アヴィオールを、王太子妃に──」
ストップ!!!!!
「お父様、お願い、それはやめて!」
だってその男は、私を処刑するんだから!
「おお、アヴィ。気がついたか。怖かったろう?」
悪人顔だけど、優しいお父様……。
「これは事故ですわ。誰も悪くありません。私は──きっと罰が当たったのです」
「……アヴィ? 様子が変だぞ」
「お父様、帰りましょう。神に懺悔しなくてはなりませんの」
「アヴィオール嬢、今夜はここで静養された方が──」
「もう治りました。お気遣い感謝します、殿下。……お父様、早く!」
* * *
馬車の中、神殿へ向かう途中。
「お父様、この聖石をハーレン国に返していただけないかしら」
「な、何を言うんだ。これが無いとお前は──」
【聖石】──それは数年前に盗まれた、ハーレン王国の国宝。
お父様が闇オークションで入手し、
私が“聖力”を失ってから、魔力の代わりに使っていたもの。
つまり私、偽聖女なのよ。
「これがバレたら、私たちは破滅よ。でも、そうなる未来が──見えたの」
「だが、どうやって返せば──」
「そこはお父様の知恵に期待してます。……我儘な娘で、ごめんなさい」
「アヴィ……」
「それと、王太子殿下の婚約者候補も辞退します!」
「えっ!? あんなに殿下のことを──」
「でも、殿下は私のこと……嫌ってるの。わかるの。だから、もういいの」
「それで……本当に、いいんだな?」
私は、涙を浮かべて頷いた。
だって、死にたくない。処刑なんて絶対イヤ。
聖石を手渡すと、戸惑うお父様を残して、私は神殿へと戻ったのだった。
読んで頂いて有難うございました。