勇者の昔話
今回は勇者視点となっております。
Side:勇者・仁志太樹
この世界の人たちに、日本の話をするのは難しい。
文明や文化が全く違うのだから、仕方のないことだろう。
だからといって嘆いたりしたことはない。仕方ないことは仕方ないと、ちゃんと割り切っているから。
でも、心のどこかで誰かに話を聞いてもらいたいと思っていたのは確かだった。
今回、この国の王女様に聞いてもらおうと思ったのは、彼女が写真を見ても動画を見ても驚いたり騒いだりしなかったから。
ちょっと前に騎士団長から聞いた話によれば、王族というのは簡単に感情を表に出してはならないという教育を受けているらしい。
そのせいなのかは分からないけれど、王女様は写真や動画を見ても軽い相槌を打ってニコニコと笑ってくれるだけだった。
俺はそれがとても嬉しかった。
あれは何? とか、これは何? とか、何も聞かれずにスムーズに流れる会話が心地よかったのだ。
一応婚約者だというのに、心地よさだけで話すかどうかを決めてしまうのは少し失礼かもしれないと思ったけれど、王女様は嫌がる素振りを見せることなく隣に座ってくれたので、彼女の好意に甘えてしまおうと思う。
「これ、俺の友達なんです」
もう一度動画を再生して、そう零す。
「お友達なのですね」
「この女の子だけは、最初に映った奴の彼女……恋人なんで友達ってほど仲良くはなかったんですけど」
こいつらと仲が良かったのは、高校生のころだった。
大学は皆別々だったから、会う頻度は減っていったけれど、確かに友達だった。
「最後に、もう一回くらい遊びたかったな」
そう言って笑っていると、視界の隅で、藤色のきれいな髪が揺れる。
ふとそちらを見れば、深い海のような真っ青な瞳がこちらを真っ直ぐに見据えていた。
「タイキ様は、元の世界に戻れないのですか?」
それはとても真剣な眼差しで。
「戻りたいなら戻れるって話でしたよ」
俺のその言葉に、真剣な眼差しが一瞬揺れた気がしたけれど、まばたきをした瞬間には元の真剣な眼差しに戻っていた。
「それなら……いえ、そもそも勇者様は召喚に対して納得していたのですか? もしかして、無理矢理召喚されたのでは……」
俺の『最後に』という言葉に悲壮感が滲み出ていたのか、王女様を心配させているようだ。
「納得してますよ、全然。普通に。待遇も良かったし」
「そう、なのですね」
王女様が待遇が良かったという言葉に少し驚いたらしく、ほんのちょっとだけ目を瞠る。
「いや、なんか元々別の国かどっかで無理矢理勇者を召喚して揉め事が起きたらしくて。だからなのか俺の時はしっかりと丁寧な説明があったし、チート能力と三食昼寝付きならいいよって返事したら、こうなってまして」
「納得していらっしゃるのでしたら、良かったです」
「あと俺、元々自衛隊とか消防士とか救急救命士とか……あー……、とにかく人のことを助ける仕事がしたかったんですよね」
「人のことを助ける仕事……、ということは、世界を救う『勇者』は」
「そう、天職ってやつでしたね」
そう言って俺が笑えば、王女様もにこりと笑ってくれた。癒される笑顔だった。
「まぁでも、あっちの世界ではどれにもなれなかったけど」
「そうなのですか?」
「母親が危険な仕事はしてほしくないって泣くから。それを見た父親も、給料のいい大企業に就職して母さんに楽をさせてやれってちょっとキレ気味で。そんで俺も泣かれたり怒られたりしてまでやりたいことを優先する気力もなくて……結局はそれなりの企業に入ってサラリーマン」
今考えてみれば、俺の母親は泣けば誰かがなんとかしてくれると思ってるタイプだったんだと思う。
そして父親はそんな母親が面倒だった。だから父親本人や俺たち兄弟が我慢すれば丸く収まると思っていた。
別に嫌いだと思ったことはなかったけれど、こうして離れてみてから考えるとちょっと面倒な家族だったなぁ。
「じゃあ、元の世界に戻ればまた」
「もう戻りませんよ。戻ったって、俺の居場所はもうないから」
「職を失った、という……?」
「いやいや。あっちの俺はもう死んだことになってるんで」
「え!? で、ではあのお友達の皆さんとは」
「……もう、会えない。実は、俺がここに来る1年くらい前に大きな災害があって、皆巻き込まれて」
「災害……」
「信じられないくらい大きな災害で、俺の地元は丸ごと沈んだんです。皆は、地元にいたから……」
俺だけ地元を離れて就職していたから、うっかり助かってしまった。皆と一緒にいればこんなに寂しい思いはしなくて良かったのにと何度も何度も思った。
しかも俺が務めていたそれなりの企業はなかなかのブラック企業だったし。正直クソみたいな人生だった。
召喚の打診をされたのも、飛ぶか吊るかくらいのことを考えていた時だったから、なんかもうどうでもよかったのだ。
こんなことまで王女様に聞いてもらうわけにはいかないので、その辺は黙っておくけれど。
しかし家族も友達も一気に失ったことはもちろん悲しいし寂しいが、こっちに来て新しい仲間が出来たのは心から嬉しかった。
一度は人生全てを諦めた俺に、役目を与えてくれたこの世界のことも大好きだし。
「俺はこの世界に感謝してるんです。もちろん家族や友達を失った喪失感は消えないけど」
この世界は、その喪失感という心の傷に貼る絆創膏のようなものだと思っている。
時々絆創膏が剥がれて、傷が顔をのぞかせるけれど、そのたびに誰かが何度も貼りなおしてくれる。隣の王女様のような誰かが。
「そんな悲しい目に遭ったのに、この世界を救ってくださって本当にありがとうございます、タイキ様」
「どういたしまして。まぁ俺一人が救ったわけではないんですけどね」
ほら、こうやって、王族は感情を表に出してはいけないらしいのに悲し気な顔をしながら感謝してくれる王女様みたいな人が、俺の心にぺたぺたと絆創膏を貼ってくれているのだ。
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