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かわいい×かわいい=かわいいの暴力

 しかし推しが存在するということは、いいことだな。

 なぜなら推しは心を強くしてくれる。

 弱ったメンタルも、遠目に推しを見るだけで回復出来る。そんなもんなのだ、推しという存在は。

 まぁメンタルが弱った原因も推しなのがちょっとだけ問題なのだけれど。

 あの日勇者様は確かに言っていた。本当に結婚していいのかな、と。きっとこの婚約に納得していないのだろう。

 私は正直なところ、この結婚が嫌ならば今からでも断ってもらって構わないと思っている。

 私なら推しがこの世に存在しているというだけで元気に生きていけるのだから。

 断られればもちろん多少は傷つくけれど、ほんの少しだけでも婚約者でいられたという事実だけで充分。

 前世の私だって別に推しに認知されたいと思ったことはなかったし、前世と同じような生活が戻ってくるみたいなものだもの。

 側ではなくとも推しと同じ空の下で生きて、推しのグッズに囲まれて、そうやって生きていけるだけで充分。


「あ、セリーヌさん、おはよう」

「おはようございます、タイキ様」


 あぁ朝から推しに遭遇出来るこの世界に感謝を捧げなければ。

 朝食を摂った後、食堂から自室へ戻る途中にある庭園の傍らで勇者様と遭遇して、声までかけてもらった。今日も元気に顔がいい。


「あら、それは……」


 勇者様の手に握られていたのは、手のひらサイズの板のようなもの。そう、スマホである。しかも電源が入っている。電池はどうなってるんだ……?


「これは、元の世界で使ってた物です。人物とか景色とかを絵よりも正確に記録することが出来たりとか、なんかそういうことが出来るやつで」


 写真とか動画のことかな。こっちの世界の人に説明するのは難しいもんね。写真も動画も存在しないものだし。


「ほら、こうやって……」


 そう言いながら、勇者様はカメラを起動する。少しためらいがちに指を彷徨わせた後、目の前にあった小さな白い花の写真を撮って見せてくれた。

 一瞬指が彷徨っていたのは、インカメに変更しようとした?

 と、私が心の中で首を傾げていると、勇者様はさくさくとした動きで今撮った写真を削除していた。


「結構昔の写真……絵って言ったほうが分かりやすいかな? とにかく昔のも残ってるんですよ」


 勇者様はどこか嬉しそうな表情でデータフォルダを開き始めた。

 え、え、推しの昔の写真ってこと? プライベート写真的な? お宝では??


「えーっと、あ、これ俺が高校生だったころのだから、7年前かな。昔の携帯からデータ移したやつだから画質悪いな」


 すごい勢いで指が動いてるなとは思ったけど、まさか7年も前の写真を恵んでくださるとは。しかも学ラン。大好物ですありがとうございます。

 よく見たら胸元には名札が付いており、そこには3年2組仁志太樹と書かれていた。


「ふふ、とてもかわいらしいですね」

「いやいやいや! 可愛いと言えばこっちかな。俺が飼ってた猫です」

「まぁ!」


 うわぁー! 猫と一緒に写る推し最強にかわいい! 猫ちゃんもかわいい! かわいいとかわいいの融合! もはやかわいいの暴力!


「あとはまぁ……これかなぁ」


 そう言って勇者様がちょっと照れながら見せてくれたのは、セーラー服の女子高生の写真だった。

 一瞬彼女か誰かかと思ったけれど、これは違う。私はどんな形であれ推しの顔を見逃すはずがない。


「これ……もしかして、タイキ様ですか?」

「え、分かったの!? おかしいなぁ、今までバレたことなかったのに!」


 まさかの女装写真まで見せてもらえるなんて。もう幸せ過ぎて死んでもいい。いややっぱもうちょい推しの隣にいたい。

 そう思いながら勇者様の顔を見上げれば、そこにはゆでだこもびっくりするくらい真っ赤な顔があった。自分で見せたくせに見破られて照れているらしい。やだかわいすぎてヤバい。推せる。一生推す。

 画面の上ですいすい動く指を目で追っていると、そこには動画と思しきものがあった。動く昔の推し……? めちゃくちゃ見たいんだが? でも、何も知らないふりをしてこれは? って聞くのもちょっと難しいかな。


「……あ、これ、動くやつなんですよ」


 おーっとこれはラッキー! 見せてくれるようです! と、内心大興奮していると、動画が再生される。


『海だー!』

『あ、ちょっと待って! ほら、仁志君も早く行こうよ!』

『置いていくぞ太樹!』


 どうやらこの動画は勇者様が撮っているらしい。

 男の子、女の子、男の子の順で砂浜目掛けて駆け出していく様子が映っていた。

 その直後、ぐるりと風景が回って、勇者様の自撮りになる。


『皆大興奮だわ』


 と、ちょっと苦笑いを浮かべた勇者様。しかしとても楽しそうだった。

 ふと勇者様の顔を見上げてみると、そこにも同じように苦笑いを浮かべた勇者様がいた。

 召喚されてここにやって来た勇者様は、寂しくないのだろうか?


「……タイキ様は、寂しくないのですか?」


 思わず、思っていたことが口を衝いて出てしまう。

 すると勇者様はほんの少しだけ驚いたように目を瞠り、そして笑った。


「……正直に言うと、ちょっと寂しいです」


 そりゃあそうだろう。本当は、日本に帰りたいのでは? いや、今まで誰にも聞かなかったけれど、帰る予定があったりするのか?


「あの、セリーヌさん」

「はい」

「今、少し時間はありますか?」

「はい、あります」

「じゃあ……少し話を聞いてもらえますか?」

「もちろんです」


 私はしっかりと頷いて見せる。

 今日は特に予定もないし、日課である薔薇園の手入れと小鳥たちの世話は後でも出来る。

 孤児院への訪問と、保護猫施設への差し入れは時間次第で明日になってしまうかもしれないけれど。

 そんなことを考えていたところ、勇者様が長くなるかもしれないから、と言うので、私たちは庭園の片隅にある長椅子にそっと並んで腰かけた。

 そして、勇者様が召喚される少し前のことを聞かせてくれた。





 

ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。

そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。


次回、勇者視点です。

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