天国から地獄へ
あのパーティーの日から数日後のこと。
「え、そんなにデカいの? すげー!」
新しい邸の設計図を描く建築家さんの傍らで、勇者様がはしゃいでいる。
描かれているのは勇者様と私が住む新居の設計図だ。
「この世にある一番大きな物でお願いいたします」
そんな勇者様から少し離れたところで、私は絵師様に超小声で懇願している。
勇者様の肖像画を描いていただくのだ。
「この世にある一番大きな物と言いますと」
「壁一面でも大歓迎です」
「そうなるともう壁画を目指す勢いでございますな」
あ~壁画もいいな~!
「それから一番大きな物はもちろん、小さな物も描いていただきたいのです。中くらいのも。あとお顔の角度違いと、あぁ全身を描いた物もあればとても嬉しく思います」
「そんなにたくさんでございますか?」
「多ければ多いほど」
祭壇が作れるほど描いてもらえればとても助かる。お金なら出すから! 資金なら私のアクセサリーコレクションを売ってでも調達するから! 推しのためだもん!
あぁしかし懐かしい。前世の私はあのオタクが作り上げる祭壇に憧れていたのだ。
私の推しはバンドマンで、彼らのファンの大半がバンギャだったわけだけれど、私はそうじゃなく、どちらかというとただのオタクだった。
友人のほとんどが何かしらのアニメオタクで、キャラグッズを無限回収しては祭壇を作り上げていた。
そんな友人たちは皆、口をそろえてキャラの立ち絵や同じ顔面のイラストじゃなくキャラが作中で使っていた文房具だのマグカップだのと同じものが欲しいとかなんとも贅沢なことを言っていたが、祭壇を作るなら顔面が描かれていたほうがやりやすいのでは? と常々思っていた。
だって私の推しバンドの人たちが出すグッズには顔面のお写真が使われた物なんてなかったから。
バンド名やツアータイトルのロゴが入ったおしゃれグッズやら日用品やら、飾ったところで祭壇にはならなかったのだ。まぁ全部買ってたけどね。懐かしい懐かしい。冬のツアーグッズには奇抜な色のマフラーとかあったな。色が奇抜過ぎて首だけ浮いてるって友達に言われたっけ。
その頃も金ならいくらでも出す精神で生きていた。自分のことなど二の次で、給料の大半を推しにつぎ込んで。一番切り詰めやすいのが食費だったから、食費は極限まで削っていた。ツアー期間中はもやしばっかり食べてたな。
今世もそうしたいところだけれど……私一人なら毎日もやし生活で全財産推しにつぎ込めるものの、今後始まるのは勇者様との新婚生活だ。
勇者様にもやし生活なんかさせられない。推しに貢ぐためとは言え推しにもやしを食わせるわけにはいかない。本末転倒だし。
……っていうか推しに激似の人との新婚生活ってよく考えたら普通にやべぇな! 毎日が供給の嵐じゃん私の心臓大丈夫かな!? 同じ空間にいるってだけの今でもちょっと心拍数が尋常じゃないんだけど。
「あの! えーっと、セリーヌさん」
推しに名前を呼ばれるだけでも心臓が止まりそうなんだけど。死ぬかもしれん!
「はい、タイキ様」
私は脳内で散々騒ぎ散らかしていることをおくびにも出さず、穏やかな笑顔を心掛けて勇者様の声に応える。
「壁の色とか屋根の色とか、何か希望はありますか?」
はぁ首を傾げながら私に問いかけてくれるその笑顔、100億点満点です。
「そうですね、白い壁に青い屋根なんかいいと思うのですが」
「いいですね、テーマパークのお城みたいで」
言われてみればネズミーランドにあるやつみたいだな。
「赤い屋根も捨てがたいですけれど」
「確かに。赤い屋根の大きなお家的な」
え、まさかシルバ〇アファミ〇ー……?
え、さっきから発言が絶妙にメルヘンじゃない? は? かわいい推せる。無理。
前世の推しとは別人で、ただのそっくりな人であるということは理解している。理解したうえで推せる。一生推す。
女オタクは推しをかわいいと思った瞬間沼にハマると聞いたことがあるけれど、まさかこんなスピーディーに沼らせてこようとは。恐るべし勇者様。
勇者様は私の邪な視線に気付くことなく青い屋根にするか赤い屋根にするかで悩んでいる。やっぱりかわいい。
勇者様と私の会話が止まったのを見計らった絵師様が、ふと口を開く。
「夫婦となられるお二人が並んだ肖像画はいかがいたしましょう?」
「そ……う、ですね」
二人で!? 並んで!? ツーショット!? そんな、そんな贅沢が許されるのですか!? と絵師様に詰め寄らなかった私は偉いと思う。
「そちらも大中小で揃えましょうか?」
「そちらは中のみでも大丈夫です」
私が欲しいのは推し単体が描かれたグッズです。
肖像画は確保出来たので、今後欲しいのは立体物。この世界に存在する立体物と言えば、彫刻か銅像あたりだろうか。
フィギュアとかアクスタが欲しいところだけれど、さすがにないと思うから。欲しいけど。めちゃくちゃ欲しいけど。
そんな脳内薔薇色パラダイス状態の中、結婚に向けての準備が進んでいく。
それはそれは見事なまでに、とんとん拍子で進んでいく。
ただ、有頂天だったのは、やっぱり私だけなのかもしれない。
ある日、私が王城の2階にある渡り廊下を歩いていた時のこと。下から勇者様と誰かの声が聞こえてきた。
一目見たいと思って階下を覗き込もうとした瞬間、勇者様の口からため息が零れ落ちる。
「本当に結婚していいのかな」
という、どこか悲し気な空気を帯びた言葉も、ぽろりと。
あぁ、やっぱり。私の心はその言葉でいっぱいになった。
その日どうやって自室に戻ったのかも覚えていないくらいいっぱいいっぱいだった。
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