前世の記憶は突然に
お父様のなんとも言えない反応を見て、若干の不安が心に渦巻いたけれど、私は私に与えられた役目を全うするのだ。
これ以上王家の、この国の役立たずのままではいられないのだから。
「悪い顔ではないんだよ。ただ色合いが個性的っていうか、濃いっていうか」
と、お父様がぶつぶつと呟いていると、従僕がやってきて時間を告げた。もうパーティー会場に入らなければならない時間らしい。
いやでもちょっと待って色合いが個性的ってどういうことだ。もう少し詳しく教えてもらわないと、初めて見た瞬間変な顔をしてしまったらどうするんだ。
王族たるもの感情を表に出してはいけないと言われているけれど、そんな中途半端な情報だけを知ってしまったらおかしなリアクションをしてしまうかもしれないじゃないか。
「ではセリーヌ、パーティーが始まって、一通り挨拶が済んだらすぐに婚約発表があるからね」
すぐなの!?
「ちょ、ちょっと待って、勇者様はこの婚約のことを知っているのですか?」
たった今あの男との婚約破棄が決まった気がするんですけど!?
「従者が知らせに行ったからあっちも知ったばかりだと思う」
「そんな」
私は自分自身が王家の駒であると幼い頃から認識していたから、突然の婚約になっても驚きはするけど受け入れる心構えはある。
でも、勇者様のほうは?
本当に私などでいいのか? もう少ししっかり考えたほうがいいのではないのか? 王家の者がいいのであれば、無能な私よりも魔術師団入りが内定しているルナソルあたりでもいいのでは?
勇者様だよ? あの浮気男とはわけが違うんだよ?
「とりあえず行こうセリーヌ。もしもの時は俺がなんとかしてあげるから」
「お、お兄様、あの、はい」
とにかく急かされるままに、我々はパーティー会場へと足を踏み入れた。
会場内に入り、視線だけを動かして様子を窺ってみると、会場の中央にすらりと背の高い焦げ茶色の頭が見えた。
騎士団長や魔術師団長などと談笑しているようだし、おそらくあれが勇者様だろう。
見た瞬間の感想は、色合いが個性的ってあれかぁ。だった。
金や銀、赤青緑系統の髪色が多い中、さらには淡い髪色のほうが多い中で、あの濃い焦げ茶色は目立つ。
世界は広いけれど、あんなにも黒に近い焦げ茶色はなかなか見たことがない。確かにあれは個性的だ。
しかし、遠目であまり良くわからないけれど、好ましい顔つきをしているような気がした。
なぜだか、どこか懐かしいような気もする。初めて会うのに。
パーティーが始まり、国王陛下から勇者様へのお礼や勲章の授与などが行われている中、私の瞳は勇者様の横顔に釘付けだった。
やっぱりどこかで見たことがある気がするのだ。絶対に見覚えがある。それなのに、どこで見たのかは思い出せない。思い出せそうで思い出せなくて、それでも無性に懐かしくて胸が苦しくなる。気を抜けば涙がでそうなほどに。
「――そして、勇者は我が娘、セリーヌと婚約する運びとなった」
国王陛下の発表に、会場内が湧いた。やはり皆勇者様がずっとこの国にいてくれるとなると嬉しいのだろう。
それは私もだから、よくわかる。
ただ、なんとなくカチンと来てしまったのは、あの浮気男の心底嬉しそうな顔。私との婚約破棄がそんなに嬉しいのかと思うと、分かっていたことなのに、ちょっとだけ腹が立ってしまった。
しかし心底嬉しそうな顔をしたのは浮気男のみで、男の父親は顔色が真っ白になったり真っ青になったりしている。現実が見えていない男と現実が見えている男の違いだろうか。
父親のほうは結婚持参金と、私のお父様からの援助を当てにしていただろうし、噂では浮気男と私の婚約が決まった後に借金がさらに増えたという話だったし、正直なところお先真っ暗なんだろうな。
当の浮気男はというと嫌味を言い散らかすほど嫌だった私との婚約が立ち消え、例の着飾った女と結婚出来るわけだから今から有頂天モードのようだ。
例の着飾った女は、と視線だけで探してみようとしていた時だった。
私の目の前に、勇者様がやってくる。
「よろしくお願いします」
彼はふわりと微笑んで、私に右手を差し出した。握手を求めているらしい。
勇者様を待たせるわけにはいかない、と焦って差し出した私の右手と、彼の右手が触れ合う瞬間、パチリと衝撃が走った。
「あ……っ」
「ご、ごめん、俺わりと帯電体質だから」
静電気だ。
そう、静電気。冬場にうっかりドアノブとかで「痛っ!」ってなるあれだ。
大丈夫です、と言うために顔を上げると、勇者様と目が合った。
推しだ。
あれ、これ、推しだわ。
ファンクラブに入るくらい大好きだったバンドの、私の最推しのベーシストさんじゃん。
あー! 47都道府県ツアー中39都府県追いかけたくらい大好きだった!
え、推しじゃん!?
「えっと、俺はタイキ・ニシ」
あ、名前違った。そっくりさんか。
え、でも激似では?
言葉を発さない私を見て、勇者様ことタイキ様が首を傾げている。え、推しに激似過ぎてヤバい。
完全に語彙力を失う前に挨拶くらいしておかねば。あ……とか、う……とかしか言えなくなりそう。
「初めまして、セリーヌ・ストック・オーレンドルフと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
私は恭しく頭を下げた。かろうじて。
頭の中は完全なるパニック状態なんだけれども。……っていうか、あれだ、これ前世の記憶だ。今気付いた! え、なに? さっきの静電気きっかけで前世思い出しちゃったんだけど!? どういうこと!?
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ネタ考えてる当初はアイドルオタクにする予定だったんだけど、考えてみれば私アイドルわかんねぇなと思って変更しました。