結局めちゃめちゃキレてる
「はい、大丈夫だと思います」
この声だけを聴いて、今の言葉が国王陛下の口から滑り落ちた言葉だと気が付ける人はいるのだろうか。
そんなか細い声だった。
「はぁ……」
王妃様のため息が響く。そしてゆっくりと一拍置いてから、王妃様は改めて口を開いた。
「勇者様がこの国にいてくださると言うのなら、それは大変ありがたいことですね。しかもセリーヌ様とあのクズとの婚約を破棄するのにももってこいの理由になる」
もしもこの婚姻が勇者様の望んだことなのだとしたら、国として勇者様の望みを叶えないわけにはいかない。
なぜなら勇者様は魔王を倒してこの国を、この世界を救ってくださったのだもの。
「勇者はこの国が気に入ったのだそうだ。世界中を回って、空気や食べ物が元いた世界に一番近いのがここだった、と」
この世界に召喚された勇者様が元いた世界とこの国が似ていたからここに住みたい。そういうことか。それは分かる。でもなぜ私。
「結婚はしてもしなくてもどちらでもいい。どちらにしてもここにいたい。それが勇者の望んだ褒美だ」
それなら気が変わる前に所帯を持ってもらってこの国に永住してもらおうという話だな。
「勇者とは何度か接したが、控え目でいい男だった」
国王陛下の眼からお父様の眼に変わった。親の目線で見て大丈夫だったと言ってくれているのだろうか。
「私は私の目で見ないと信用出来ませんけれど」
「私もです」
王妃様と側妃様は見事に厳しいままだった。
さっきからずっと怒りっぱなしのお二人だけれど、普段はとても優しい人なのである。
今は亡き私のお母様、元王妃が連れてきたとても優秀で立派な淑女。
元々身体が弱かったお母様は自分がそう長くはないということを悟り、そして自分の身体の弱さが息子と娘、要するに私のお兄様と私に遺伝している可能性もあると考え、自ら側妃を探してきたのだ。彼女たちになら王家を託せる、と。
そうしてお母様が亡き後お二人から聞いたのだが、その時お母様はしっかりとお二人に頭を下げたらしい。王家の未来と息子と娘を頼みます、と言って。
それがあったから、お二人はお兄様と私を本当の子どものように育ててくれた。いいところは褒めて、悪いところはきちんと叱って。私に不利益をもたらそうとする奴にはガチでキレて……。
お二人の子どもたちだって、皆私やお兄様に懐いてくれている。それはもう、本当の兄や姉のように慕ってくれているのだ。
お兄様はともかく、こんな無能の私を己の子どもや本当の姉のように思ってくれる。私はそれだけで満足だった。
他人から陰で散々無能だと言われ続けた、血も繋がらない私を育ててくれたお二人や、疎ましがることも嫌うこともなく慕ってくれた弟や妹たち。
こんなにも愛に恵まれた環境で育ったのだもの。
だから悪評も陰口も悪口も、正直に言ってしまえば不本意な婚約もその婚約者からの嫌味も、我慢し続けた。それで周囲の人々の憂さが晴れるのならば、それが私の持って生まれた役目なのだと耐え続けた。
家族から貰った愛があったからこそ、何事にも耐えられたのだ。だから、これからも。
「私でよろしいのでしたら、婚約させていただきます」
私はもう、今後どんなことがあったって耐えていけるから。
「セリーヌ……」
お兄様が心配そうな声で呟いた。
「これで私も、この国のためになることが出来ますね」
精一杯の笑顔でそう言うと、お兄様の琥珀色の瞳が揺れた。お母様譲りのとても美しい瞳。こんな私を心配してくれる、優しい瞳。
「そんなに無理をして笑わなくてもいいんだよセリーヌ。嫌なら嫌だと」
「いいえ。嫌だなんてとんでもございません。しっかりと勇者様をお支えしてみせます」
私にお役目さえ出来れば、役立たずだとは言われないはずで、王家の皆に心配させてしまうこともきっとなくなるはずなのだ。
だから、勇者様がどんな人であろうと私は頑張らなければならない。
「こんなことなら無理矢理にでも勇者様とお会いして見定めておくんだったわ」
王妃様が呟いた。
私も、どうにか頑張って一目だけでも見ておくんだったな、と思う。
なんせ勇者召喚は本当に最後の切り札なので勇者が召喚されるということはそれだけ国内の状況が悪化しているということ。
召喚された勇者様は国王陛下との挨拶もそこそこに、騎士団や魔術師団たちの元で戦闘準備を整えてバタバタと慌ただしく戦場へと向かって行った。
我々王家の人間は、魔力のある者は結界を張ってシェルターを造っていたし、魔力をほとんど持っていない私は孤児たちのお世話と民たちの避難誘導を担っていた。
だから、国王陛下以外はほとんど勇者様の顔を見たことがないのだ。
一応この王城を拠点としていたので、ニアミスくらいはしていたかもしれないけれど。
「浮気男のせいで傷ついたというのに、また別の男と婚約させられるなんて。セリーヌ様が可哀想ではありませんか?」
側妃様がお父様に詰めよっている。目がマジだ。
「いやだから勇者は控え目でいい奴だったから」
たじたじのお父様に視線を向けて、側妃様の息子であるソシアが口を開く。
「勇者って、どんな顔なのですか?」
と。そしてそれに続いたのは彼の双子の妹であるルナールだ。
「顔だけは良かったアレよりいい男?」
アレ、とはあの浮気男のことだろう。確かにアレは、顔だけは良かった。顔だけは。
「……あー……」
お父様は、そう小さく言って首を傾げたまま、しばらく固まっていた。
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