不穏なお茶会
祈りの塔から王城の中央庭園に戻って来た。
普段はただ広いだけの中央庭園だが、今日はたくさんのテーブルが並べられており、色とりどりの花やクリスタル、そして光の魔法で溢れている。
ここで今から行われるのは、日本で言うところの披露宴的なもの。
新郎新婦がいて、両家の家族……勇者様のご家族はいないので、一緒に魔王討伐の旅に出た皆さんがいて、それから招待された貴族の人たちがいる。
中には正直呼びたくもない貴族の人たちもいるけれど、王族としてそこは我慢しなければならない。
ちなみにアレこと私の元婚約者はもう貴族ではないのでここには来ない。
まぁでも私に対してあれこれ言ってくる貴族はアレだけではないから、気を抜かないようにしなければならない。
私一人が何か言われるだけなら別に今まで通りだが、勇者様に嫌な思いをさせるのだけは嫌だから。
「セリーヌ? 行こう」
「あ、はい」
入場の合図が出ていたようだ。
私たちが会場へと足を踏み入れると、頭上でポンポンと何かが弾ける音がする。そして、そこからクリスタルの花びらが降り注ぐ。
「この魔法、見たことある……」
あ、勇者様からプロポーズしてもらったときに見たやつだ。
「ソシアくんだね」
「ソシアが? じゃあ、タイキ様から指輪をいただいたときもソシアが?」
「……座ろうか」
「タイキ様?」
「男同士のヒミツ的なやつだよ」
何それ気になる。めちゃくちゃ気になるけど結局教えてはもらえなかった。
降り注ぐクリスタルの花びらの中、新郎新婦の席へと向かえば、そこにあったのは二人掛けの長椅子だった。
「長椅子、なのですね?」
「セリーヌが着替えてる間に様子見に来たんだけど、その時に一人用の椅子を並べたら肘掛けが邪魔って言ったらこうなってた」
「なるほど」
確かに肘掛けがあったらこうやって手を繋いだまま座ることは出来ないし、座ってからもこうして腰に手を回すなんてことも出来ませんからね。うん。なるほど。うんうん。死ぬやつ。
皆の準備が整って、国王からの挨拶があって、勇者様が挨拶をしている間もずっと腰に手を回されていた。多分途中で三度ほど意識が飛んでいた。これはガチ。
「おめでとう、セリーヌ」
挨拶の流れが終わり、皆が自由な歓談を始めたところ、一番にお兄様が来てくれた。
「ありがとうございます、お兄様」
「今後とも末永くよろしくお願いします、おにーさま」
勇者様がどこかおどけた雰囲気でそう言うと、お兄様は苦笑を零した。「確か俺のほうが年下だけどな」なんて言いながら。
それからしばらくは楽しい披露宴だったのだが、少し不穏な空気が漂い出した。
あまり印象のよろしくない貴族たちが群れで押し寄せてきたからである。
群れの中心にはアバランザ伯爵夫人。その隣にいるのは、彼女の娘で、その少し後ろにいるのはベルマン男爵だったはず。
他にも娘の友人達……いや、取り巻きたちが五名ほど。
おそらくこの場にいる全員が私に対していい印象を持っていない。私を無能だと言って嘲笑う側の人間である。
その時点でまぁ不穏なわけだけど、アバランザ伯爵夫人とベルマン男爵が小さく目配せをしていた。あからさまに不穏である。
「勇者様、ほんの少しだけお話をさせていただいても?」
ベルマン男爵が勇者様に声を掛ける。
「ここでいいなら」
「いえいえ、レディたちに聞かせるような話ではございませんので」
勇者様を連れ出そうと言う魂胆なのだろうなぁ。
そしてベルマン男爵もアバランザ伯爵夫人たちも気が付いていないようだけど、彼らの背後で騎士団長や魔術師様がほんのり戦闘態勢に入りかけている。不穏だぁ……。
「ふーん……」
乗り気ではない声でそう零す勇者様が、ポケットの中に入れていたらしいスマホを取り出した。
「ま、別に少しならいいよ」
ベルマン男爵に返事をした後、私の耳元で「絶対大丈夫だからね」と囁いてくれる。そしてスマホを私の膝の上に乗せた。
「じゃあ行こうか」
立ち上がる寸前、勇者様は私に「このまま持ってて」と言って画面をタップして行った。
何をしたんだろう、と己の膝の上にあるブツを見たら、ボイスレコーダーアプリが起動されていた。録音する気だぁ……!
「お久しぶりです、王女様」
ほんのり動揺する私に気付きもせずに、アバランザ伯爵夫人が声を掛けてきた。これはこれはどうしたもんか。
「ええ、お久しぶりです、アバランザ伯爵夫人。それにアバランザ伯爵家のアデリーナ様、ガルダム子爵家のラリサ様、ベサナ子爵家のカルメア様、リリエト男爵家のエンカルナ様、アットウェル男爵家のアンジェリア様、マクベイン男爵家のマイラ様ですね」
「まぁ、わたくしたちのことを覚えてくださっているだなんて、光栄ですわ!」
アバランザ伯爵夫人が手を叩いて喜んでいる。
しかし別に彼女を喜ばすために全員の名を呼んだわけではない。ボイスレコーダーに証拠として録音するためだ。おそらく勇者様はそのつもりでボイスレコーダーを置いていったんだと思ったから。
「わたくしたちも王女様とお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
嫌です! と言ってしまえればどんなに楽か。
ただ、魔術師様がこちらの様子を窺ってくれているのは見えているし、何かされそうになったらきっと誰かが助けてくれる。
そう信じて、私は彼女たちと戦うことにしたのだった。
ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




