一生推す。永遠に推す。来世も推す。
「セリーヌ様、本日は予定がぎっしりと詰まっておりますので、そのつもりでお願いいたします」
「え、ええ」
侍女たちの手によって、手際よく私の身支度が整えられていく。
コルセットを締めあげて、白いドレスには大きなオーロラ色のレースのリボン、そしてたくさんの小さなダイヤと真珠のビーズが星の瞬きのように輝いている。
このものすごく手が込んだドレスは王妃様と側妃様がデザインを考えてくれたもの。
私の体型に一番似合う形のもの、そして私を一番輝かせてくれるもの、なのだそうだ。
青みがかった輝きを放つ大きな真珠のピアスと大粒サファイアのネックレスはお母様の形見。
ヴェールはドレスに合わせたオーロラ色のレースに、色とりどりの花が縫い付けられており、それらは妹たちが作ってくれたもの。
要するに今日の私の装いは、家族からの大きな愛情の塊なのだ。
ちなみにお父様とお兄様と弟は勇者様の衣装を担当している。
そんな本日の予定は、大まかには朝から結婚式、昼には新郎新婦お披露目のお茶会、夕方には新居へのお引っ越し。その他にも諸々あれこれ詰まっている。
そう、今日は私と勇者様の結婚式なのである。緊張で口から心臓がぽろっと零れ落ちそうです。
私のその緊張を気にすることなく、侍女たちは私の長い髪を手際よくまとめていき、いつもよりわずかに白いファンデーション、キラキラパールカラーのアイシャドウ、血色を良く見せてくれるチークに赤い口紅と、気合いの入ったお化粧を施してくれる。
「緊張する……」
そんな私の呟きに、侍女たちは皆で微笑んでくれる。
「大丈夫ですよ、勇者様が一緒にいてくださるのですから」
「まずその勇者様を見るのも緊張するし見られるのも緊張するわ」
まだ詳しくは知らないけれど、勇者様も手の込んだ白タキシードを着るはず。絶対にカッコイイ。
「白いタキシード姿の勇者様、きっと黒髪が映えるのでしょうねぇ」
「うっ」
長年私に付いてくれている侍女がにんまりと笑って追い打ちをかけようとしている。彼女にはすべてお見通しなのである。
「王女様は勇者様のことがお好きなのですか?」
お化粧担当の侍女がおずおずとそう尋ねてきたので、私が照れながらもゆっくりと頷くと、他のお化粧担当の侍女も髪結い担当の侍女も皆まとめて頬を桃色に染める。
「勇者様もセリーヌ様が大好きですものね」
と、私付きの侍女がそう言えば、侍女たちがきゃーきゃーと騒ぎ出す。
「王女様と勇者様が仲良しだって噂は知ってましたけど」
「お互いがお互いを好きだなんて素敵ー!」
王侯貴族ともなれば政略結婚が当たり前だから、両想いでの結婚なんて珍しいのよね。こんなに騒がれるくらいには。
「こらこら皆さんお静かに。さて、セリーヌ様の身支度も出来上がりですし、一旦勇者様をお呼びしますよ」
そう言われた侍女たちは、口を閉じて一応静かにはなったものの、そわそわ感が全然静かではない。
そして侍女に呼ばれた勇者様が、この部屋の中に入って来た。
「綺麗だね、セリーヌ」
心臓がぽろっと零れ落ちるどころか空高く舞い上がりそうです。
私も何か言わなければ、と思っていたのだが、侍女が勇者様を伴って私の背後に回り込んだので何も言えない。
「勇者様、こちらのドレス、これを引っ張ってこっちを外せば簡単に脱がすことが出来ますので」
「あっ、はい」
という勇者様と侍女の会話で、さっきの侍女たちのそわそわ感が爆上がりした。私の心拍数ももちろん爆上がりだ。死ぬ。
新郎が新婦のドレスを脱がすという話は初夜の作法の説明を受けた時に聞いた。その時から私の心臓に悪い作法だなと思いながら聞いていたが、その瞬間が近付いてきた今、マジで私の心臓に悪い作法だなと思っている。普通に混乱している。
「こんなに綺麗なのに、脱がすの勿体ないな」
そう呟いた勇者様の微笑みに見惚れていると、勇者様のお顔が私の耳元に近付いてきた。
「でも多分我慢出来なくて脱がしちゃうけど。ごめんね」
いや心臓止まるて! 死ぬて!
ほぼほぼ放心状態の私をよそに、侍女たちは静かにしつつも明らかに興奮していた。勇者様の声は私にしか届いていないはずなのに、私たちの距離の近さだけでそこまで興奮出来るとは。
「じゃあ準備も出来たことだし、馬車に乗ろうか」
そう言った勇者様のエスコートで、馬車へと向かった。息も絶え絶えの状態で。
「ほら、皆祝福してくれてるみたいだよ」
屋根のない馬車に乗ったところで、視界に入ったのは王都の民たちの姿だった。
私たちの乗った馬車が来るのを沿道で待ってくれているらしい。
無能だなんだと揶揄されていた私はともかく、皆勇者様の結婚が嬉しいのだろう。
相手が私だからって反対されなくて良かった。
「こういうのって手を振ったほうがいいやつ?」
「そうですね」
「いちゃいちゃを見せつけたほうがいいやつ?」
「そ……れは、どうでしょう?」
私の魂が抜けるのでは?
「まぁでもここにいるのは平民の人たちか。いちゃいちゃを見せつけたほうがいいのは貴族だよなぁ」
勇者様は笑顔で手を振りながら、極々小さな声で呟いている。
「見せつけたほうがいいのですかね」
「セリーヌに手を出そうとしたやつは殺すって態度で示したほうがいいかなって」
突然物騒。
「私、皆さんに無能無能言われてるんですよ? 私を求めてくれる人なんてタイキ様以外にいませんよ」
「だといいけど」
「私のほうが、タイキ様を他のご令嬢たちに取られてしまうんじゃないかって、心配です」
「え、でも俺セリーヌ以外の人を好ましいとすら思ったことないよ? 可愛いと思うのも美人だと思うのも、好きだと思うのもセリーヌだけ」
「そ、それはさすがに」
「ないと思う? でも本当なんだよなぁ」
勇者様の、手を振っていないほうの手が私の腰に回される。いや死ぬて。
そして勇者様の体重がこちらにじわっと乗せられている。いやいや死ぬて。近すぎる。密着じゃん。
「タ、タイキ様、私、あの」
「照れてる? 照れてくれてる? やったー」
いや照れてるとかそんな生易しいもじゃねぇって……!
馬車が、私たちの結婚式場である妖精王が祀られている祈りの塔へと辿り着いた。なんとか生きて辿り着けた。
そこから塔の一番奥まで二人で一緒に歩き、妖精王の冠の前で永遠の愛を誓うのだ。
「神父さん的なのはいないんだなぁ」
そう、愛を誓いますか? って聞いてくれるあの神父さん的立ち位置の人はいない。
ただ二人で並んで指を組み、静かにお祈りをするだけだ。
「じゃあお祈りしようか」
「はい」
妖精王様、勇者様と出会わせてくれてありがとうございます。
私はこの先一生、永遠に、なんだったら来世でも勇者様を推し続けることを誓います。
「おぉ、すごい」
祈り終わった直後、勇者様の驚きの声が耳に滑り込んでくる。
どうしたのだろうと目を開けると、妖精王の冠がキラキラと光を放っていた。
「妖精王の、冠が……」
「光ってるね」
「妖精王の冠が光る時、その願いが叶う時、という言葉があるのですが」
これは来世でも推せるよっていう嬉しいお知らせなのでは!?
「え、じゃあ俺の願いが叶うの? セリーヌの願いが叶うの? 両方叶うの?」
盲点だった。
「俺のがいいなぁ」
「え、私のだって」
私が食い気味でそう言ったからか、勇者様は驚いたように目を丸くする。
「ん? そんなに叶えたい願いだったの?」
「え、や、その」
「俺はセリーヌと永遠に幸せでいられますように、ってお祈りしたんだけどそれ以上に叶えたい願い?」
「あ、ほとんど一緒です」
「ほとんどってことは、違うところがあるってこと?」
「私は、この先一生、永遠に、来世でも……って」
幸せでっていうか推し続けられますように、だったけど、平たく言えば一緒かなって。
「来世かー! いいね、そっちがいい! もう一回お祈りしとこ」
勇者様はそう言ってもう一度お祈りの体制に入ったのだった。
「俺とセリーヌがこの先一生、永遠に、来世でも幸せでいられますように!」
「わわ、まぶしいっ」
「うわ! ほんとだ!」
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