尊さの爆弾
無残な姿になった宝物をしっかりと見た瞬間、我慢の限界を迎えた。もう今にも泣き出してしまいそうだ。
「セリーヌさん、どうしたの? あ……」
「かみかざり、かみかざりが」
どうにかこうにか我慢しているけれど、瞳に溜まった涙は、もうすぐ決壊してしまいそうで、いつもなら頑張って止めるのだけれど、ここまで来たら止めかたが分からない。
「壊れちゃったんだ。え、っていうかこれ髪の毛ついてる? まさか強引に引っ張られた? 怪我は?」
勇者様が私の頭部に触れているけれど、宝物を壊された私はそれどころじゃない。
「これ」
「そっちは大丈夫、宝石が取れてるだけだから修理出来るよ。だからほら、痛いところは?」
「……だいじょうぶじゃない」
「んんっ」
小さな唸り声を発した勇者様が、なぜだか上着を脱ぎ始めた。
そしてその脱いだ上着を、ばさりと私の頭から被せてしまう。勇者様の香りに包まれて死にそうなのだが。……と言いつつちょっとだけ深呼吸がしたいのだが?
「とにかく落ち着くまで一旦個室に入ろう。なんか休憩出来るとことかあったよね」
勇者様はそう言って私を抱き上げた。被せられた上着で視界は真っ暗なのだが、肩と膝裏に勇者様の腕を感じるので、これはきっと……おそらく、お姫様抱っこ……!
と、興奮する私と宝物が壊されて心神喪失状態の私が、私の中でごちゃまぜになる。
「セリーヌの侍女を」
勇者様の上着によって視界が完全に遮られているからよく分からないけれど、勇者様が誰かに指示を出している。
しかしさっきもだったけど、勇者様からの呼び捨てはマジで心臓に悪い。セリーヌさんと呼ばれるのはどこかよそよそしいなとちょっと寂しく思うけど、呼び捨ては呼び捨てで心臓に悪い。でも嬉しい。
「降ろすね」
どこかの個室に着いたらしく、私は勇者様の手でソファに座らされた。
勇者様がぱさりと上着を剥ぎ取って、私の目の前にしゃがみ込んで視線を合わせてくれる。
「目が真っ赤だ。ごめんね、痛かったし、怖かったよね」
子どもにでも言い聞かせるような語り口だった。そのせいか、今まで我慢していた涙がぽろぽろと零れ落ちてしまった。
「ここには俺しかいないから、泣いても大丈夫だよ」
勇者様の大きな手が、そっと頬に添えられ、親指で涙を拭ってくれる。
そんな勇者様の優しさに、私の涙は本当に止まってくれなくなってしまう。
「髪飾りを、壊されてしまって」
「うん」
「あの人がこれを投げる瞬間、見てたのに、受け止められなくて、それが情けなくて」
「これだけ壊れてるってことは力任せに投げたんだろうし、受け止めたら怪我をすると思う」
「でも、私の大切な宝物なのに」
私がそう言うと、勇者様が突然私の前髪をくしゃくしゃとなでる。
「泣くほど大切にしてくれてありがとう」
なんて言いながら。
「これは一応修理を頼んでみよう。それと、また今度、新しいのを一緒に買いに行こう?」
前髪をなでていた勇者様の手が、私の頬に戻って来た。そしてその手が、私の頬をぷにぷにと摘まむ。
「俺と、お買い物デートをしてください」
「……は、い」
「やったー」
デートなんていう言葉、私には刺激が強すぎる。
いやもう勇者様の、推しの存在自体が刺激的ではあるのだけれど、推しと一緒にお出かけするってことでしょ? デートってことは、二人で一緒にお出かあああ刺激が強ーい!
「セリーヌさんは何が欲しい?」
そう問われて、欲しい物を考える。欲しい物などあっただろうか? と。
いや、ある。そりゃあ欲しい物の一つや二つや三つや四つ……。ただ勇者様に言える欲しい物ではない。
だって私が欲しい物は勇者様グッズだし? 勇者様をアクスタとかフィギュアにしてほしいっていう、欲しい物というか願望だし?
だから違う物を考えなければ。
「アクセサリーとか、ドレスとか」
私がうんうんと考え込んでいたので、勇者様が候補をあげてくれている。優しい。好き。推せる。神。
「お買い物に行くとき、手を繋いでほしい……です」
折角あれこれ候補をあげてくれたのに、私の口から滑り落ちた願望は何よりも強欲だった。
そういうのじゃなくて、と怒られたりするのだろうかと思いつつちらりと勇者様の表情を窺うと、彼の顔が赤く染まっていく。
は? かわいすぎてヤバいんだけどなんだ? 尊さの爆弾か?
「えーっと、頑張り、ます」
勇者様が絞り出しながらも了承してくれたので、私はさきほどの勇者様の真似をするように呟くのだ。
「やったー」
と。小さな声で。
するとどうでしょう。勇者様の顔どころか耳や首まで真っ赤になっていった。かわいい。
そんな時、少し空けてあったドアから、勢いよく私付きの侍女が入って来た。
「セリーヌ様! あのクズ野郎に暴力を振るわれたと聞いて急いで来たのですが大丈夫でしたか!?」
と、叫びながら。
そして己の目で現状を確認した侍女は、私の言葉も待たずにもう一度口を開く。
「大丈夫だけど大丈夫じゃなさそうですね、お二人とも」
侍女の登場があまりにも突然だったので、勇者様も私も赤面していたのだ。なんか、照れちゃって。多分。
「とにかく御髪だけでも整えましょうね」
「俺は部屋の外で待ったほうがいい?」
「いいえいいえ、お隣に座っていてあげてください」
侍女にそう言われた勇者様は、少しぎこちない動きながらも、そっと私の隣に腰を下ろす。今までずっと私の目の前で視線を合わせてくれていたのだ。
本来ならば私が座ってくださいと言うべきだったのに。勇者様の優しさに、完全に甘えてしまっていた。
「セリーヌ様が泣いてしまうなんて、よっぽど辛い目に遭ったのでしょうね」
髪をまとめていたピンを一旦外しながら侍女が呟く。
そんな侍女に、私はずっと握ったままだった髪飾りを見せた。
「これ」
「んまぁ! あのクズ野郎が? セリーヌ様が嬉しそうに宝物なのっておっしゃっていましたのに」
「うん」
「しかし……うん、パーツはきちんと揃ってるみたいですね」
「執念で拾ったの」
「それなら修理出来ますね。まぁセリーヌ様にとってはそのままでも宝物でしょうけれど」
「うん」
侍女とそんな会話をしている間、勇者様は黙って俯いていた。
横目に見えている勇者様の耳は、ずっと真っ赤なままだった。
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