改めて見るとアレはやっぱり本当にクソ
少し緊張した面持ちの勇者様にエスコートしていただいて、会場に入る。
ざわざわとしたざわめきの中、輝くシャンデリアの下で、お揃いのタキシードとドレスはとても目立っている。
勇者様を見て「素敵」と呟いているご令嬢がいて、それを聞いた私は「わかる~」という気持ちだし、出来れば分裂してそっちからも見たいという気持ちである。
勇者様の隣なんて特等席ではあるのだけれど、隣だとじっくり眺められない。
アップも嬉しいけど引きで見たい。そしてそれを写真に収めて部屋中に飾りたい。
もう勇者様のことが好きすぎてどうしようもないな。なんて思っていたところ、厳しい瞳をしたお兄様と目が合った。
うっかりデレデレしてしまっていただろうかと驚いたが、そうではないようだ。
お兄様の視線が、厳しいまま私たちの背後へと移る。アイコンタクトだな。おそらく私たちの背後にアレがいるのだろう。絶対に振り返らないようにしなければ。
「綺麗だね」
妖精王との約束の日、その一連の儀式を見ながら、勇者様がぽつりと呟く。私はそれに小さく頷いて返した。
妖精王のためにと用意されたたくさんの種類の花々、そして大小様々なサイズの水晶玉が、シャンデリアの光を乱反射させていて会場内は光で溢れている。
妖精は花と光がお好きだから、という理由でこの花と水晶玉が飾られて、魔術師たちが光を増幅させているらしい。
しかしキラキラした会場内で一際輝く勇者様は最高に尊い。天才。顔が天才。
考えてみれば、この飾りは前世のクリスマスイルミネーションを彷彿とさせる。前世ではイルミネーションを誰かと見に行くなんてことしなかったが、まさか生まれ変わった後に推しとこんなに綺麗なイルミネーションが見れることになるとは。
人生何があるか分からない……死なずに頑張ってみるもんだな。いや一回死んでるんだけど、前世のは別に自殺とかじゃなかったはずだし。
なんてことを考えていたら、今日の主役であるお兄様の頭にお花と小さな水晶のビーズで作られた冠が乗せられて、一連の儀式が終わっていた。
それからは歓談の時間だ。ちなみにこの夜会はダンスをしない。ダンスが出来ないと言っていた勇者様があからさまにホッとしていたのがかわいかった。
しかし今後の夜会ではダンスも必要になるかもしれないから、とこの先しばらく私も一緒にダンスの練習をすることになっている。私の心臓が止まるかもしれない。日程も決まっていない今からもうすでに緊張し始めている。
「勇者様!」
そんな時だった。
勇者様とお近づきになっておきたい貴族たちが、挨拶をしに続々と集まって来た。
彼らは当然のように無能の私をスルーして、わらわらと勇者様を取り囲む。まぁいつものことなのでどうということもない。
私は邪魔にならないように、ほんの少しだけ勇者様から離れた。本当にほんの少しだけ。
でも、アレはその隙を狙っていたらしい。
「痛っ」
突然勢いに任せて髪を引っ張られた。そう思って振り返ると、そこにはアレがいる。しかもいるだけではない。アレはあろうことか私の髪飾りを握っている。
髪を引っ張られたのではなく、髪飾りを力任せに引っ張られた痛みだったのだ。
「返し、あっ」
取り返そうと手を伸ばしたけれど、アレが即座に踵を返して歩き出したので届かなかった。
「待って」
アレを追いかけた先は、人気のないバルコニーだ。おそらくこれがアレの狙いだったのだろう。
「なぜお前が幸せそうにしてやがるんだ!」
幸せだからである。
「そんなことより髪飾りを返してください」
よく見たら髪飾りにちょっとだけ私の髪の毛ついてるじゃん。円形脱毛になってたらお前のせいだからな。っていうか今までだって円形脱毛症になっててもおかしくないレベルのストレスをお前から与えられてたんだからな。
と、心の中では私の文句が大暴走中だ。人の気配もないことだし、全部ぶちまけてしまいたい。
「うるさい! 俺はお前のせいで人生が台無しになったんだ!」
私はお前のせいで常にストレスしか感じてませんでしたけど! そう反論をしたいところだけれど、アレはわなわなと怒りで体を震わせている。ちょっと危ないかもしれない。
人がいるところまで逃げるべきだ。逃げるべきなのだと分かっている。でも、アレの手には私の大切な髪飾りがある。私はどうしてもあの髪飾りを取り返したい。
「父親には殺されかけるわ女にはフラれるわ、こっちは散々なんだよ!」
そんなこと私に言われたって知らない。
私との婚約が立ち消えた時、心の底から嬉しそうな顔をしていたじゃないか。
まぁでもその時はまだフラれるとは思っていなかったのだろうな。でもよく考えてみてほしい。借金まみれの家にわざわざ嫁ぎたいという女はなかなかいないということ。当たり前のこと。
今までなら少し顔がいいってだけで女が寄ってきていたけど、結婚となると話は別。貴族のご令嬢なんて大体そんなものなのだ。
少しでもいい家柄、お金持ち……顔も年齢も地位や名誉のためならばある程度妥協する、それがこの国の貴族令嬢たちの当たり前。
アレはそれを理解していない。それどころか、自分の家が借金まみれだという現実を理解しようとしていないのかもしれない。都合の悪いことは見ないふりをするような男だから。
「お前が王に何か言ったんだろう?」
私が、なんだって? と、アレの言葉を一瞬理解することが出来なかった。
「お前が! 王に、俺との婚約をなかったことにしろって言ったんだろう!」
理解した。結局私が悪いって言いたいだけなんだ、と。
「私は」
「黙れ!」
いや言わせろよ。お前今疑問符投げつけてきてたじゃん。
「お前が! 全部、全部お前だけが悪いんだよ!」
アレはそう言って、腕を高く高く振り上げた。
そして、その手に握られていた私の大切な髪飾りを、地面に叩きつけた。
私は情けないことに、驚きに身を固まらせたままその様子を見ていることしか出来なかった。
ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。
ランキングぽちぽちもありがとうございますー!




