スーパー供給ラッシュ
心臓が耳元まで上がって来たのではないかと思うほどに、鼓動がうるさい。
このまま心臓が口から飛び出しても驚かないほどバクバクしている。
この鼓動が大騒ぎしている原因は、他でもない勇者様だった。
着飾った勇者様は想像通り、いや想像以上に素敵で、最高にかっこよくて、もうキラキラと輝いている。
そんな勇者様の側には、あの日アレこと私の元婚約者と一緒に優雅なティータイムを楽しんでいらっしゃったどこぞのご令嬢がいた。
まさかあのご令嬢が勇者様の好きな人なのかと勘繰ったのはほんの一瞬のこと。
ニコニコとした笑顔で勇者様に話しかけるご令嬢を見る勇者様の瞳が、完全に死んでいた。それを見た瞬間、あの女はないな、と瞬時に確信したのである。
しかし瞳が死んでいる勇者様なんて初めて見た。あれはあれでカッコイイ。手元にスマホがあったら連写するレベル。
しかも勇者様の瞳は死にっぱなしではなく、ふとご令嬢を睨みつけた。そしてそれはそれでまたカッコイイ。ちょっと睨まれる側でも見てみたいからあのご令嬢の背後に回り込みたい。もちろんそれも連写したい。勇者様の珍しい表情の写真なんて何億枚でもほしいですからね。
なんてくだらないことを考えている私の耳に、勇者様の小さな小さな声が滑り込んでくる。
「失せろ」
そんな、とても端的で短い言葉だった。
めーーーっちゃくちゃかっこよかったです。……じゃなくて、どうも怒っているらしい。
そういえば怒っている勇者様を見るのも初めてだった。いつも優しく笑ってくれていたから。
勇者様の発言に驚いたように目を瞠ったご令嬢は返す言葉も出てこなかったらしく、黙ったままその場に立ち尽くしている。
何を言ったら勇者様をあんなに怒らせることになるんだろう? とそっと首を傾げていると、勇者様が私の存在に気が付いた。
「セリーヌさん!」
さっきの怒気が私の見間違いだったかのように、勇者様は私目掛けて駆け寄ってきてくれる。
「ドレス着てくれたんですね」
「はい、ありがとうございます。あとこの髪飾りも」
「よかった、間に合って。えと、その、よく似合ってます」
勇者様はそう言って照れ臭そうにはにかんだ。ストレートにくらったので無事致命傷です。
「タイキ様、あちらの」
「なんでもないです」
「え、でも」
「なんでもありません」
あの人はなんだったのか、勇者様はなぜ怒っていたのか、聞きたいことはいくつかあったのに、笑顔の圧が強すぎて何も聞けなかった。
「そんなことより! 俺女の子をエスコートするとか初めてなんで、ちょっと練習してもいいですか?」
「は、はい、もちろん」
着飾られたキラキラ勇者様。死んだ瞳をした勇者様。人を睨みつけて小さく「失せろ」という言葉を放った勇者様。そして照れ臭そうにはにかむ勇者様。
新たな勇者様という供給ラッシュで心拍数が上がりに上がってそろそろマジで止まりそうである。
ちなみに今隣にいるのは緊張でガチガチになった勇者様だ。かわいすぎて気が狂いそう。マジで。あまりの尊さに今すぐ神に感謝のお祈りを捧げたい。
「俺、ちゃんと出来てる?」
「はい。どこにも問題はございません」
私の心臓には多大なる問題があるけれど。バックバクだもの。
ただ、少し気になるのは、さっきから勇者様が何か言いたそうにしていること。
もしかして、さっきのご令嬢の件だろうか? あんなに怒っていたのだから、きっと何か言われたのだろうけれど。……まさか、私のこと? いやいや、でも私のことを言われたからと言ってあんなに怒るだろうか? あぁ、私のことじゃないな。私関連のことではあるのだろうけど。
「あの、タイキ様」
「うん?」
「……さっきのご令嬢は、なんだったのですか?」
「う、うん? あれは別に」
「もしや、私のせいで勇者様が馬鹿にされたのでは?」
あんな無能が婚約者だなんて可哀想、とかそういうことを言われたのかもしれない。
「……違うよ」
優しい勇者様は否定してくれるけれど、おそらくそれらしいことを言われたはずだ。
そう、私が自分で言わなかったからといって、私が無能であることを隠し続けることは不可能なのだ。
「今までずっと黙っていたのですが、私には魔力がほとんどありません。無能、なのです。今まで……黙っていて申し訳ありません」
「気にしてないけど、どうして今まで言ってくれなかったのかは、気になります」
「それは、その……、タイキ様に失望されたくなくて、嫌われたくなくて」
「へっ!?」
「えっ」
勇者様の声がちょっと裏返っててびっくりした。
声が裏返るようなこと言ったっけ……?
「あ、いや、俺、失望もしなければ嫌うこともないんだけど、いやその、相談してもらいたかったな、って思ってて」
「相、談……と、いうことは、私が無能だということをご存知で……?」
「魔力欠乏症だって話は聞いたよ」
「……どなたに?」
「騎士団長に。でも、俺はセリーヌさんのことを無能だとは思ってない。薔薇や小鳥のお世話だってきちんと頑張ってるし、他にも色々やってるでしょう?」
勇者様はそう言って私の肩をぽんぽんと叩いてくれる。
なんだろう、泣きそう。
「だから、その、何が言いたいかっていうと、もうちょっと俺を頼ってほしいなって、思ってます」
「はい。……ありがとうございます、タイキ様」
このままの私でも、失望もされないし嫌われることもない。
そう思ったら、少しだけ心が軽くなった気がした。
そしてちょっと浮かれていた。
だから本当の問題が、これだけじゃなかったことを忘れていたのだ。
ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




