今日も真実は言えなかった
勇者様に言わなければならないことが沢山あるのに、まだ一つも言えていない。
毎日言おう言おうとは思っているのだ。今日こそ言おう! と思っているのに、どうしても口から言葉が出て来てくれない。
だって、よそよそしさは消えないながらも、勇者様は毎日挨拶をしにきてくれて、他愛のない会話をしてくれる。
嫌味も悪口も言わないで、私を気遣うように薔薇の話や小鳥の話、好きな食べ物の話なんかもしてくれる。
魔王討伐の旅で起きた出来事を面白おかしく聞かせてくれたりもする。
正直なところ、家族以外にこんな扱いを受けたのが初めてなのだ。
他人は皆、陰からひそひそくすくすと噂話をしたり、わざと聞こえるように悪口を言ってくる。
たまに話しかけられれば、やたらと下に見られて馬鹿にされる。気遣われたりすることなど一切ない。
要するに、私にとって他人と会話をするのは精神的苦痛を伴うものなのだ。そしてそれが当たり前だった。
しかし現在、勇者様はひそひそくすくすしたりしないし、下に見てきたりもしない。しっかりと目を合わせて、どこか楽しそうに笑ってくれる。
これが心地よくないわけがないのだ。
ここで私が実は無能で、他の貴族からは腫れ物のように扱われているなんて説明してしまえば、そんな心地いい時間が終わってしまうかもしれない。
本当の私を知った勇者様が離れて行ってしまうかもしれない。
そんなことを考えてしまって、本当のことが言えないままでいた。
自分で言わなくても、いつかはバレてしまうだろう。だってこの世界の住人にとっては当たり前のことだもの。私が言わなくたって誰かが言う。
もしもバレてしまったら、きっと勇者様には失望されてしまうのだろう。
もしかしたら、今まで騙していたのかと思われる可能性だってある。そうなったら……嫌われてしまうんだろうな。
嫌われたくない……。
勇者様に好きな人がいて、その人と結婚したいと言われれば、私は迷わず身を引くだろう。推しの幸せは私の幸せだもの。
でも、私が嫌いになったからこの結婚はなかったことにしてほしいと言われたら、それはちょっと悲しい。
忘れられるのは大丈夫だけど、嫌われるのは嫌だ。そういう乙女心というか、オタク心というか。
……と、そんなことを考えすぎているせいで、いつまで経っても言い出せずにいたわけだ。しかしそんなことも言ってられない。
なぜならお兄様のお誕生日まであともうわずかなのだから。
今日こそ言おう。絶対に言おう。
「あ、セリーヌさんおはようございます!」
「おはようございます、タイキ様」
はぁぁ~今日も絶好調で顔がいいぃぃ~!
いつも勇者様から声をかけてもらっているので、今日こそ私が! と毎回思っているのに、先に声をかけられた試しがない。
なぜ勇者様より先に気づくことが出来ないのだろう? 私の推しに対する愛はその程度なのか……?
「セリーヌさん、今お腹いっぱい?」
「へ? いえ」
「大丈夫ならこれ食べない?」
誘われるままに中庭のベンチに二人で並んで座る。
そこで勇者様が「じゃーん」と言いながら取り出したのは、とても可愛らしい焼き菓子だった。
「薔薇の形のマフィン、ですか?」
「そう! 王都のお菓子屋さんで見かけて、セリーヌさん、こういうの好きかなと思って」
「ありがとうございます」
好きー! そういう気遣いをしてくれるあなたが何よりも好きー!
どうぞ、と手に乗せられたマフィンは、まだ温かい。そして本当に可愛い。食べてしまうのが勿体ないくらい可愛い。
「あ、そうだ、王族の人たちってやっぱり毒見とか必要なんですかね?」
「え、あぁ……」
お兄様はともかく私は別に大切にされているわけではないのでそんなに気にしなくて大丈夫だと思う。と、言ってしまえば私が無能であることを話すきっかけになる。
これはカミングアウトするチャンス!
「じゃあこうしようか、俺のプレーンとセリーヌさんにあげたベリー味を両方とも半分こにして、と。両方とも俺がまず一口ずつ食べるから、大丈夫! それにこのほうが二つの味が楽しめてよくないですか?」
死ぬ!!!!!
「ふふ、ありがとうございます」
半分こ、の破壊力よ。カミングアウトするチャンスだったのに、私の胸の鼓動がとんでもないことになっていてそれどころじゃない。
気を張っていないと感情の全てが顔面に出そうである。ニヤニヤしてしまいそうだし最悪鼻の下が伸びそう。やべぇ。
「あとこの後ちょっとだけ時間もらって大丈夫ですか?」
「もちろんです」
詳しくは教えてもらっていないのだが、この後の時間を少し空けておいてほしいと言われていたのだ。
ついてきてほしいと言われるがままについて行く。新居の件とかかなぁ、なんて思いながら。
しかし私の予想は外れていたようだ。勇者様に連れてこられた部屋の中にはドレスとタキシードが並んでいる。
両方とも深い青をベースにして、差し色に黒が使われていた。まったく同じではないけれど、よく見ればお揃いのようなデザインだ。
「今度、セリーヌさんのお兄さんの誕生日を祝う夜会があるんでしょ? 招待状来てたし」
「はい」
「それで、婚約者はお互いの髪や瞳の色を使ったドレスとか髪飾りとかを用意するんだって教えてもらって」
「は、はい」
「あ、教えてくれたのはソシア君」
我が弟ー!
お互いの髪や瞳の色を使った衣装を用意する人もいるけど絶対ではない。だって私、前の婚約者の色の衣装なんか着たことないもの。
あの子はその辺の説明なんかしていないんだろうな。
「俺は髪も瞳も黒いから、とりあえずセリーヌさんの瞳の色をベースにしてもらって、レースとか刺繍とかを黒で……みたいな。って、俺こういうのには疎いから、お店の人が色々教えてくれたんだけど」
「あの、これ……」
「一緒に着てもらえ……ますか?」
「いいのですか?」
「セリーヌさんさえ良ければ。本当は一緒に考えて作りたかったんだけど今からじゃ間に合わないかもって話だったから既製品に手を加える形になっちゃったんですけど」
「ありがとうございます」
「いやでも、勝手にごめん、女の子はこういうの自分で決めたかったですよね」
「いいえ、とっても嬉しいです」
自分で好き勝手選ぶよりも、私のことを考えてくれていたのだという事実が何よりも嬉しかった。
ドレスももちろん、マフィンだってそうだ。
私がいないところで、ほんの少しでも私を思い出してくれたんだということが嬉しい。
あまりの嬉しさに、危うく泣いてしまうところだった。
ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




