これがきっと真相だと思っ
「セリーヌ、勇者にあの話はしたのか?」
「……あの話?」
「俺の誕生日に全貴族を招く話だ」
「……あっ!」
「忘れていたな?」
忘れてました。
勇者様と一緒に青い鳥と戯れてから数日後の朝、お兄様に声をかけられて思い出した。
今の今まですっかり忘れてしまっていた。
言い訳させてもらうとすれば、推しを目の前にしてあんな面倒臭い男のことなんか思い出すはずもなく、忘れてしまっていても仕方がないのだ。
だって推しだよ? 神だよ? 神を崇めているとき、足元に蟻がいたところで気付きはしないでしょう? そういうことだよ。
……どういうことだよ。
やっぱり勇者様には事前に言っておくべきだよな。元婚約者のこと。
元婚約者がいたことすら話した記憶がないんだけど、そんな元婚約者に嫌味を言われていたこととか、そもそも私が無能だと言われていることとか、その辺も言っておくべきなんだと思う。
結婚した後に知られて幻滅されるより、今のうちに全て洗いざらい話して、やっぱり嫌だと思えば婚約をなかったことにしてもらいたい。
推しに舞い上がりすぎて自分がどこまで話したのかが分からない。だから一回冷静になって、全て話すべきだな。
……冷静になれるかなぁ。
「あ、セリーヌさん」
なれない!!!!!
無理無理無理ー! 推しを目の前にして冷静になんてなれないー! と、思ったのも束の間。
私に声をかけてくれた勇者様のすぐそばには可憐な女の子がいた。
いつもなら駆け寄ってきてくれるはずの勇者様は、彼女がいるからかその場から動かない。そしてよく見たら彼女は勇者様の手を握っているようだ。
……なるほど、あの子だ! 勇者様はあの子が好きだから私との結婚をどうすべきかと悩んでいたに違いない。だってあんなに可愛いのだから。
これがきっと、あの発言の真相だ。そうだそうだ。それならば彼らは悩まずに結婚すればいい。
私は推しのために身を引くくらいなんともない。
先日頼んだ勇者様の絵は出来上がりが見えてきたとの連絡もあった。推しグッズさえ手元に来るのなら、推し本人が側にいなくとも私は幸せだ。推しの幸せは私の幸せ。そういうこと!
「ちょ、もういい、充電完了してるから離して!」
……充電?
「写真撮りたい!」
「ダメ! こないだ死ぬほど撮った挙句俺の大事な写真消そうとしただろ!」
揉めている……。
「今度は撮りたいものしか撮らない! 消さない!」
「……一枚だけだぞ!」
「分かった!」
解決したっぽい……。
スマホを奪い取られた勇者様は、すたすたと私のほうに寄ってくる。困ったような顔をして。
「騒がしくてすみません、セリーヌさん」
「いいえ」
「あの人の名前はオクタビア。そんで、あれ、ああ見えて俺らと一緒に魔王討伐の旅に出てた魔術師で……」
無邪気な様子でスマホをいじっている女の子を見ながら勇者様が言う。
「あんな可憐な女の子が魔王討伐の旅に……?」
「可憐……?」
勇者様の顔が、今までに見たことのないレベルで歪んだ。それはもう訝し気に。
「……あの人、115歳」
「え!?」
「あ、でもおばあちゃんって言ったらだめなんです。孫はいないからおばあちゃんじゃねぇってぶち切れるんで」
「な、なるほど」
どこからどうみても115歳には見えない。高く見積もって20代前半。スマホを嬉しそうにいじっている姿なんかはどう見ても女子高生だ。
金髪ロングストレートはとてもつやつやだし、赤い瞳もとっても輝いている。
そんでそれはそれとして、魔術師様に聞こえないようにするためなのだろうけれど、勇者様が私の耳に唇を寄せてひそひそと喋っている。いや近すぎて死にそう。
わざわざ私の耳の高さに合わせて屈んでくれてて最高に尊い。でも近すぎて死にそう。
今は精一杯耐えているけれど、これは寝る前に思い出して一人で赤面してしまうやつ。
「撮れたー!」
魔術師様は無邪気にそう言いながら、勇者様と私に向けてスマホを見せびらかしてきた。
それを見た勇者様は、スマホをひったくるように奪い返す。
私にも見せてほしかったなぁ、なんて思っていたら、勇者様が「まったくもう」と魔術師様に対する文句をぽつぽつと零しながら画面を見せてくれた。
「あ」
「あら」
画面を見た勇者様と私は、そう小さく呟きながら、魔術師様に視線を向ける。
「上手いこと撮れてるだろう! 二人のちゅー!」
「ちゅ、いや、違う違う違う喋ってただけだってこれ、待っ」
「あらあら」
画面の中に納まっていた写真は、さっき二人でひそひそ話をしていたところを絶妙な角度で撮ったからか、キスシーンみたいになっていた。
心の中のもう一人の私は普通に死んだけど、表面上は頑張って冷静に取り繕っている。いや、推しの顔面がしっかり写っていないから命拾いをした。
顔面がガッツリ写っていたら一瞬で三千回は死んでいた。いやぁ良かった。致命傷で済んだ。
なんて、内心はめっちゃくちゃ混乱していたわけだが、目の前ではもっと混乱する出来事が起きていた。
先日、花の写真を撮って見せてくれた勇者様は、撮った直後にその写真を削除していた。
だから今回も写真を見ながら親指を動かしていたので、前回のようにサクッと削除するのかな、と思ってその親指を目で追っていた。
するとその親指はすいすいと迷いなく動いて、今の写真をお気に入りと名のついたフォルダに保存していた。今撮った写真を、お気に入りフォルダに。
……え?
「なんかもう、騒がしくてすみませんセリーヌさん」
「いいえ、騒がしくなんかないので大丈夫ですよ」
私の心臓のほうが五兆倍騒がしいのでマジで全然大丈夫です。
「こんなに遊ばれるのは考えもんなんだけど、あの人に頼まないと充電出来ないんだよなぁ」
原理なんかはよく分からないけれど、魔法で充電していたらしい。
いやしかし勇者様はきっとあの子が好きだから私との結婚をどうしたもんかと思っているんだと思ったが、どうやら違うようだ。
ではなんで悩んでいるのだろう? シンプルに私のことが嫌説が最有力だと思うんだけど、だとしたらさっきのお気に入りフォルダはなに?
ああもうわからん!
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