薔薇と小鳥と推しと忘れっぽい私の頭
それからほどなくして、勇者様との待ち合わせ時間が訪れる。
待ち合わせ場所である中庭に到着すると、少し離れた場所から「セリーヌさん」という勇者様の声がする。
そしていつものように、勇者様はこちらに駆け寄ってくるのだ。
誰か録画して! 今すぐ! それでプロジェクターを用意して私の寝室の天井に映し出して! 私はそれを見ながら永眠するから!
「ではタイキ様、まずは薔薇園から行きましょうか」
「はい!」
どことなく嬉しそうな勇者様を連れて、私はいつもの薔薇園へと足を踏み入れる。
今は真紅かつ大輪の薔薇がたくさん咲き誇っており、薔薇園周辺にはいい香りが絶えず漂っている。
ああ推しと赤い薔薇といい香り、最高でしかない。そんでまた推しと大輪の赤い薔薇が似合うこと似合うこと!
薔薇を眺めながら「綺麗だなぁ」と零す推しの横顔が驚くほど綺麗で、あまりの尊さに涙が出そうになる。
香りを嗅ぐために赤い薔薇に顔を寄せる仕草だってそれはもう神がかり的な美しさ。ほんのちょっとでいいからあの薔薇と場所を変わりたい。いやでも顔を寄せられるのは羨ましいけど嗅がれたくはない。臭いと思われたら人生が終わる。
と、そんな調子でいつもならほんの数十分程度で終わるはずの作業が、定期的に推しに見惚れてしまうせいで全然進まない。
「これは、趣味の範囲じゃない……ですよね?」
「そうですね、王家に代々受け継がれている薔薇園で、王家の誰かが受け継ぐのが習わしで」
そして育てた薔薇を入浴剤や香水にして貴族のご夫人やご令嬢に売りつけてその売り上げを王家の雑費にあてたりもしている。
これがまぁよく売れる。
日本で言うところのデパコス的なポジションなのかな。王家というブランド名に釣られたマダムやお嬢様たちがこぞって買ってくださるのだ。ありがたい話である。
私が育てていることがバレたら「あの無能が作った」みたいになって売れなくなるかもしれないから大々的に発表はしていない。売れなくなったら困るもんな。
「では次は小鳥たちのところですね」
「はーい!」
私よりも頭一つ分くらい背の高い勇者様が私の後をちょこちょこついてきてくれるのが猛烈にかわいい。そんな邪なことを考えながら、小鳥たちがいる鳥小屋を目指す。
「すごいカラフルだなぁ。……つつかれたりしない?」
「人には慣れてるのでつつくことはないですよ」
甘噛みされることはあるけれど、と言おうとして振り返ったところ、すでに勇者様の頭と肩に小鳥たちが数羽とまっていた。
それに対する勇者様のリアクションが「わー」だった。
めっっっっっちゃかわいい。いやめっっっっっちゃかわいい。
勇者様は特に可愛らしい顔立ちではなく、どちらかと言えば凛々しい男前なはずなのに、さっきから妙にゆるふわでめっっっっっちゃかわいい。はーーーかわいい!
「この子たちも代々受け継がれてたり?」
「はい、そうです」
ちなみにこちらも落ちた羽根を回収、浄化魔法で洗浄したのちに髪飾りやアクセサリーに加工して貴族のご夫人やご令嬢に売りつけて売り上げを王家の雑費にあてている。
薔薇がデパコスなら羽根はハイブランドのジュエリーってところかな。
珍しい色の羽もあるので一般的な髪飾りやアクセサリーと比べたら割高なのだが、持っているということがステータスになるみたいな理由でめちゃくちゃ売れる。
薔薇の花びらや小鳥の羽の回収などは無能な私でも出来る。だから私がこのお役目を引き受けているのである。
「可愛いなぁ」
勇者様はそう言って私の肩にとまっている青い小鳥をそっと撫でていた。
肩の小鳥に「可愛い」と言ったことは分かっている。しかし顔がこっちを向いているので、自分に言われたのではと錯覚してしまった。
死んだかと思った。というか死んでもいいと思った。っつーか多分今死ぬのが一番幸せな気がしてきた。
「幸せの青い鳥、ってやつだな」
「幸せの青い鳥……?」
青い鳥っていう童話なら知っている。確か兄と妹が青い鳥を探し回る話だったはず。
「俺が元々いた世界には、青い鳥が肩に止まると幸せになるっていう童話があったんだ」
私が知ってるのと違う。
「絵本かなんかだったと思うんだけど、貧しい漁師の肩に青い鳥が止まったら次の漁で巨大なマグロが釣れるとか、貧しい農民の肩に青い鳥が止まったら金の大根が生えてくるとか」
いや私が知ってるのと違う!
「最終的にはどうなるのですか?」
私が知ってる青い鳥は青い鳥を探し回った結果夢オチだったけど鳥かごの中に青い羽根があった、みたいな話だったと思うのだが。
「青い鳥の奪い合いが始まる」
やっぱ違う!
「奪い合いの結果世界は焼け野原。そんで疲れ果てた人たちが空を見上げると上空を旋回する青い鳥がいて、幸せは誰か一人が独占するものじゃないよね、ってなる……みたいな話だった気がする」
「いいお話ですね」
「旋回する青い鳥がすごく綺麗で印象に残ってて」
勇者様はそう言ってまた私の肩に止まっている青い鳥を撫でる。
そんな勇者様を見ながら、私がいた日本と彼がいた日本は似て非なるものなのかもしれない、と考える。
先日は白い壁に青い屋根のお城を『テーマパークの城』と言ったり『赤い屋根の大きなお家』と言ったりしていたから、違和感なく話を聞いていたけれど、彼はネズミーランドとは言わなかったしシルバニ〇ファ〇リーとも言わなかった。
この話を聞くまでは、もしかしたら勇者様は私が前世で推していたベーシストさんの親族かなにかかもしれないと思っていた。あまりにも激似だから。
でも似ているだけで同じ日本じゃないのなら、完全な別人なのだろう。
「ねぇ君、俺の肩にも止まってもらえる?」
はぁそんなことより青い鳥に話しかける推し、最高にかわいい。
「タイキ様の肩はもう満員ですよ」
「満員かぁ」
そんな風に笑い合って、青い鳥が肩に止まると本当に幸せになるんだなぁなんて心が温かくなって、と、こんなことをしていたからだろう。
私はすっかり忘れていたのだ。
勇者様にアレこと元婚約者である奴の話をしようと思っていたことを。
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