第五章 変わらないもの
次の日。眠たいまぶたをこすりながら、俺は半ば真耶に引きずられるような形で、街への散策に乗り出していた。
昨夜は気づかなかったが、街を歩く人種には大きく分けて二通りあるようだった。それは、人間とそれ以外といえばいいだろうか。
「亜人種というのでしたっけ」
「まあ、ファンタジー作品だとそう呼ばれることが多いよな。見た感じ、動物っぽかったり、エルフっぽかったり…? 色んな人種がいるのはやっぱり大都市だからかな」
ということは、やっぱり昨日絡んできた大男は人間じゃなかった説が濃厚だな…。オークだったと思おう。
「そろそろ陽子お姉ちゃんの泊まっている宿に着きますよ、兄さん」
「あ、ああ」
「兄さん?」
「いやなんでもない。早く行こうぜ」
歩きながら、昨夜『管理者』に教えてもらった話を思い出す。
それは、あの陽子は俺たちがいた世界の人間ではなく、別の…並行世界で生きている存在だということだった。いきなりそんなこと言われてもSFかよという感想しか出てこないが、そもそも俺たち自身が世界移動をしている時点で信じざるを得ない。
この話は真耶にも伝えたが、そういうことですかと何やら納得していた。俺にはさっぱりだから説明してくれ妹よ。
とはいえ、たとえ別世界の人間だとしても、あの性格や立ち振る舞いは、間違いなく俺の知る陽子だ。
「兄さん、あれ…!」
急に切羽詰まった声で真耶が叫ぶ。
何事かと前を見ると、広場のような場所で武器を持ったガラの悪そうな連中と対峙する、オレンジ色の髪の少女、陽子の姿があった。彼女の背後には、怯えて震えている親子がいる。
聞かなくとも、おおよその事情を把握するには十分すぎる光景だ。
「…はは。やっぱ、俺たちが知る陽子だな」
「ですね。世界が変わってもお姉ちゃんはお姉ちゃんです」
「悪い真耶。行ってくる」
「行ってらっしゃい、兄さん」
「おう!」
脚に力を込め、全速力で走る。
取り囲んでいた内の一人を、勢いのままに殴り飛ばして、陽子の後ろに立つ。
「ちょっとアンタ、なにしに来たのよ」
「見りゃわかるだろ。助けに来たんだよ」
「余計なお世話ね。こんなヤツらアタシ一人で十分よ」
「相変わらず負けず嫌いだよなお前」
「知ったような口を。アンタなんか知らないって言ってんでしょ!」
気になっていたんだ。他の世界では、俺はどうしてたのかって。子どもの頃の話だけど、こうやって陽子の背中を守るやつはいたんだろうかって。いたなら嬉しい。けど、今は。
「俺は知ってる。陽子が優しいヤツだってことを」
「な、なに言って…」
「あの親子を守ろうとしてるんだろ? だったら陽子は俺が守るからさ。お前は自分の正義を貫けよ」
「……ホント馴れ馴れしいわねアンタ。でも、ありがと。今だけお言葉に甘えさせてもらうわ」
そっぽを向きながらも礼を言ってくる陽子に黙って頷きを返しながら、改めて周りの敵に集中する。
どいつもこいつも剣を抜いてジリジリと距離を詰めてきている。たった二人が相手だからと余裕そうな顔つきだ。
その油断を後悔させてやる。
「オイオイ、ガキが二人に増えたくらいじゃあ勝てねーぞ。大人しくそこの親子を引き渡せば痛い目見なくて済むんだ。どっか行きやがれ」
集団のリーダーと思しき革の鎧を纏った青年が粗暴な降伏勧告を飛ばしてくる。俺と年齢はあんまり変わらないようだが、明らかに体格はこっちより上だ。
「こんな大人数でなんの用があるっていうんだよ。てか誰だよお前」
「ヴェリトだ。部外者に語る内容はねーよ。すっこんで、なッ!」
言い切ると同時、ヴェリトと名乗った青年が強い踏み込みとともにダガーを逆手に振り抜いてきた。
しかし間合い的には俺の方が有利なことをヴェリトはわかっていない。
「それじゃ届かないな」
軽く持ち上げた右足を、直角の捻りを加えて勢いよく下ろす。元来はただの準備動作であり、攻撃を当てるためのアクション。しかし、俺の身体能力『異能』で実行するなら。
「なっ、っ、!」
激しい破裂音の後に、着地点から半径2メートルの地面の石畳が砕け散る。普通なら立っていられないほどの揺れのオマケ付きである。
八極拳に曰く震脚。剣道においてはまたの名を。
「踏鳴…!?」
驚いている陽子を放っておいて、駆け出す。ぐらつき姿勢を崩したヴェリトの胸元目掛けて回し蹴りを放って吹っ飛ばし、すぐさま、慌てる取り巻き達の懐に続けて飛び込む。
「こいつッ」
「やっちまえええ!」
「それも喰らえないな」
遅れて攻撃してきたその腕を掴んで、力のままに振り回す。両手の二人と、それをぶつけて二人薙ぎ倒す。四人を素早く気絶させ、陽子の方を確認すると。
「女の方だけでもどうにかしろ!」
「邪魔者は腕の一本でも落としても構わないという命令だ! 必ずその親子を確保するんだ…。でないと…」
「アンタたちにどんな事情があるかは知らないわ。けどね。弱者を大勢でいたぶるなんて真似、見過ごせないのよ!」
合わせて五方向からの斬撃全てを、それぞれのパターンを見切って紙一重で避ける陽子。相手の動作が終わったところで真上に高く跳び、包囲網の外に降り立つと、剣の鞘を腰だめに構えた。瞬き一つ残して、陽子の姿が消える。
「――― 桐立流剣技・尾幌」
鞘のまま振るわれた剣だというのに、流れるような動作から生まれた一閃は、その場の全員を斬り伏せた。尋常じゃない踏み込みの鋭さ。そういえば、陽子の家は代々剣術道場を営んでいたっけか。間違っても、あんな超人じみた技を教えてはいなかったが。
「さすが、剣術道場の師範代」
「どうしてそんなことも知ってんのよ…。ていうか、アンタのさっきの歩法だって大したものだわ。武術か剣術でもやってたの?」
「うーん。昔少し」
よもや彼女の家の剣術道場で習ったとは言えない。生まれつきの『異能』のせいで別物になって封印していたくらいだ。
「オマエらマジでなんなんだよ…!」
「まぁ通りすがりのヒーローってとこだ」
「ふざけろよ…。おまえらなんか団長がいりゃあ…」
立ち上がってきたヴェリトだったが、足取りはフラフラだ。素直に諦めて欲しいところだが…。
「やめておけ。諸君では束になっても敵わん相手だろうさ」
「…!」
“男”は、そこに立っていた。
ヴェリトの肩に手を置き、まるで初めからそこにいたかのようによどみなく軽やかに口を開いた。




