第四十二章 襲来、ドラゴンガール
「おおー! すっげえ!」
二度の夜を宿で過ごしてようやく、俺たちは目的地である "魔法使いの街"〈マギソフィア〉へと到着した。
元いた世界の高層ビルにも負けない巨大な建築物や空を飛び交う箒っぽい乗り物など、その名に違わぬ様々な珍しいあれやこれやが目を引く。正直、純粋な中性ヨーロッパ然としていた王都と比べると、急にSFファンタジーな別世界に迷い込んだみたいだ。
「随分と栄えているようですね。王都からの移動距離からして、田舎の街なんだろうと思っていたので驚きです」
「そりゃあ、そうだろうぜ。王国内のあらゆる研究機関が集まってんだ。産業の規模なんかじゃトップクラスだ」
だからこそ人口も半端ではなく、軽く調べた程度でも東京並みの人間が住んでいるよという話らしい。これは、もはやこっちが王都でいいんじゃなかろうか。
「丸っきりおのぼりさんじゃねえか。ちったぁ、落ち着けよ蓮」
「確かに……。悪いマリア、騒ぎ過ぎた」
「まっ、別にイイぜ。オレとしちゃあ、可愛らしい反応するてめぇを見れるだけでも楽しいからよ」
「そ、そうなのか?」
なんだろう。最近特に、マリアの俺への態度が軟化してきてる気がする。なんにもしてないんだけどな俺は。
「アンタねえ……最近、蓮にそ、その、色目使いすぎよっ!」
「はッ、そんなのオレの勝手だろうが。羨ましかったらてめェもイチャついたらいーんだ、陽子」
「にゃっ……!」
そしてなぜか陽子には妙に当たりが強いマリアだった。理由は皆目見当つかないが、まあ年齢は近そうだし、仲良くして欲しいところだ。
「三人とも静かにしてください。この街の冒険者ギルドに到着しましたよ、手続きをしましょう」
真耶の言う通り、馬車が止まったのは伝統的な造りの建物で多くの強そうな人間がひっきりなしに出入りしている。冒険者ギルドで間違いなさそうだな。
ここでも、真耶があたかも勝手知ったる雰囲気でさらさらと手続きをすませてくれた。
そのまま流れるように、予約を取った冒険者用の宿に四人で向かうこととなった。ひとまず拠点を構えてから、事件の聞き込みを開始しようかな。
だけど、その前に気になることが一つ。
「なあ真耶。まさかとは思うけど、部屋割りって……」
「安心してください。兄さんの貞操は私が守りますよ」
いや貞操って。陽子とマリアをなんだと思ってるんだよ。まあ、その口ぶりだとさすがに男女で部屋は分かれて止まるらし―――。
「申し訳ありません、お客様! こちらの手違いで部屋が一つだけしか予約できていませんでして!!」
「へ?」
「う~ん、こういうパターンですか」
宿の主人に平謝りされたかと思えば、あれよあれよという間に俺たち四人はそこそこの広さがある部屋に通されてしまった。
「って、結局こうなるのかよっ!」
「あ、アタシは構わないけどね?」
「オレも別に問題ねーよ。雨風を凌げて寝れりゃあなんでもいい」
陽子とマリアはそう言うけど、俺としてはとっても居心地が悪い。女子と同じ部屋だなんて落ち着けるわけないだろ。
「妹の私といるのは問題ないんですから。知らない仲じゃないんですし、陽子お姉ちゃんとマリアさんも大丈夫でしょう。そんなことより今は調査の段取りを決めましょう」
そんなことで流さないでほしいもんだが、真耶の言う通りだ。今はこの街で起きているらしい事件の謎を解くことに集中しよう。
「ひとまずは地道な聞き込みが一番ですね。この街は人口も多いですから、情報は拾いやすいでしょうし」
「そうね。そのついでに腹ごなしもしたいわ。お腹へっちゃった」
陽子よ、まさかそっちがメインじゃないよな?
気を取り直して、手分けして街に繰り出す。時刻が昼過ぎだからか、やけに人通りが多い。この分なら尋ねる相手には困らなさそうだ。
陽子とペアになって聞き込みを開始する。予想はしていたが得られた情報は少なかった。まあ目撃者が多いならば事件はとっくに解決しているだろうしな。
「もし。そこのお二人」
何人目かに声を掛けたところで、俺たちは不思議な雰囲気の人物に呼び留められた。無機質な瞳、無機質な声。極めつけに白磁のような滑らかな肌は見る者に "人形" のようだと印象を与えるのに充分だった。
「俺たちになんか用でも?」
「はい。あなた方の来訪を主は待っていました。つきましてはお迎えに上がった次第です」
俺たちが来るのを待っていたやつがいるだって? なんだか怪しいな……。
「どうするの蓮。誘いに乗ってみる?」
「そうだな。手がかりがあるかもしれないし、行ってみようぜ」
人形のように生気のない案内人に連れられて、俺と陽子は街の片隅にあるとある屋敷を訪れた。造りは普通だったが、門をくぐる瞬間変な感覚に襲われる。
この感じ、いい加減慣れてきた。
「……ここにいるのは、また、どこかの俺の知り合いかよ」
「納得だわ。だから、アンタの動きを見張ってたってわけね」
「こちらでお待ちを。すぐに主をお呼びいたします」
どこかの部屋に消えた案内人を横目に、俺は通された応接室をぼーっと眺める。
王城の応接室よりはマシだが、ここもなんだか居心地の悪い豪華さだ。なんなら城よりも気まずい。なんと表せばいいかわからないが、一言で言うなら闇が深そうな装飾が多い。館の主の気がしれない。
「貴様らが客人か。待たせてしもうたが、許せ」
ガチャリと開いた扉の向こうから出てきたその館の主の姿に俺は目を剥くことになった。外見は十歳くらいの幼女。問題なのはその格好だ。
ボディラインが浮き上がるほどにぴっちりとしたインナースーツに、露出度なんて微塵も気にしてないかのような申し訳程度の軽鎧。はっきり言って、年齢なんて関係なく目のやりどころに困る。どうなってんだよこの街の倫理観は。
そして、それに輪を掛けて目を引いたのは、少女の頭から伸びる二本の角と、腰からスラリと床に垂れる太い鱗の生えた尻尾だった。
「なんじゃ、そんな舐め回すように見てきて。妾に惚れたのか?」
「違うわ! どんな神経でそんな格好してんのかと呆れてんだよ! それに、その外見……竜人ってやつか?」
確か、ファンタジー漫画なんかで見たことがある。ドラゴンの要素を見た目に持つ存在をそう呼ぶらしい。こんなど直球ファンタジー世界なら見当外れでもないだろう。
「はっ、貴様らとは物事の尺度が違う。こんなことで驚かれても困るわ。だが妾が竜神であることは覚えていたのじゃな、妾の勇者」
妾の、勇者? その言い様。つまりこいつもやっぱり別世界の俺の……!
「再開できて嬉しいぞ。それでは、死ぬが良い」
「ッ! 製界ノ剣!」
咄嗟に剣を召喚しなければ死んでいただろう。鋭利な槍が虚空から顕れ、喉元に迫った。すんでのところで剣で弾いたものの、勢いに押し負けて床を転がる。
「れ、蓮!?」
「動くな陽子。こいつ、速い……!」
今の槍の射出。全く目で捉えられなかった。そんな速度での攻撃。魔術ってやつか?
「流石にこんな挨拶では堕ちんか。そうとも。堕ちるはずがないよなあ、あの勇者レンがっ」
「今度は勇者か……。悪いけど人違い、いや世界違いじゃないか? 俺はお前なんて知らない。そのレンってやつは多分別の―――」
「知るものか」
「っ!」
竜人の幼女が今度は自ら巨大なハルバードを振りかぶって襲ってきた。剣の腹で斧の刃を逸らしてかわす。
どうやら本格的に俺を殺そうとしてきているらしい。込められた殺意でわかる。理由はまったくわからないけど本気だ。
「勝負しろ、勇者レン。この魔王マールニクスの名にかけて貴様を今度こそ討ち倒してみせようぞ!!」
遅れて巻き起こった旋風が室内の物を巻き上げ、俺たちをそのまま屋敷の中庭に吹き飛ばす。そうして、もつれ合うようにして戦いが始まってしまった。




