第四章 邂逅の幼馴染み
他の人間が巻き込まれないように距離をとってこちらを伺っている中。その介入者、———ローブを羽織ってはいるが、小柄な体型と先程の声から察するに "彼女"、は臆することなく腰のホルダーから剣を鞘ごと引き抜いた。
繰り出されたナイフの刃を鞘で受け止めると、そのまま返す刃を打ち込んで、大男は何もできずに店の外まで吹き飛ばされていった。
「すっごいな」
「ええ。鋭く正確な手捌きです。師匠と同等か、それ以上…。お見事ですね」
驚く俺たちを一切気にかけず、介入してきた少女は倒れたイスに腰掛け直して、飲みかけだった自分のジョッキをグイとあおった。
「…なに見てんのよ」
「いや、強いんだなって思ってさ」
「当たり前のことをわざわざ口にするなんて暇なの、アンタ?」
む、なんだコイツ。さっきの立ち回りはカッコよかったが、ムカつく物言いだなおい。喧嘩売ってんのか。
「そんなことより、兄さん。彼女の声…。もしかしてあなたは陽子お姉ちゃんじゃないですか?」
「ん、アンタどこかで会ったっけ」
いやそんなことって。こんな横暴な態度許していいのか妹よ、ってなんて言った。陽子、お姉ちゃん…。
「え、陽子って、もしかして桐立陽子?」
「はぁ!? なんでアタシのフルネーム知ってるのよこの変態!」
「いや誰が変態だよっ」
「アンタよ! 言い方がいやらしいんだから!」
勢いよく机を叩きながら立ち上がったせいで、少女の被っていたフードがズレて脱げる。
露わになったのは、太陽のように鮮やかなオレンジ色の腰まで届く長さのポニーテール。そして、キリッとした目つきに勝気そうな表情。間違いない。この理不尽な言い様といい、この見た目といい完全に思い出した。なんで剣なんか持ってるのか知らないが、彼女の名前は桐立陽子。昔、隣の家に住んでいた幼馴染だ。
「お前もこの世界に来てたのか…」
「どういう意味よそれ。てか、アンタも名乗りなさいよ!」
「え、覚えてないのか? いくら子どもの頃に引っ越したからって冷たいヤツだな」
「ええい、訳のわかんないことばっかり…! いいわ。もう今日は遅いから、明日改めて話を聞かせてもらうわよ。これがアタシの宿の住所だから! じゃあね!」
キレるだけキレて、陽子はメモを一枚叩きつけると店を出て行ってしまった。
「なんだよあいつ…。久々に会えてちょっと嬉しかったのに」
「あの様子だと、本当に私たちを知らないか、あるいはただ忘れてしまっているのか…。いずれにしても、明日詳しい話を聞きたいですね」
「だな。そういや、俺たちの宿はどうすっかな」
「それなら兄さん、ここの上が宿屋になっているみたいですよ。今日はここに泊まって、街の散策は明日にしましょう」
というわけで、荒事にも慣れているのであろう、済ました顔の店の主人にお金を渡してひとまず一週間分の宿泊券を買った。支払いは銀貨1枚だったが、これがぼったくりかどうかもわからん。真耶が言うには、俺たちの前の客が銀貨1枚で同じ期間を提示していたらしいから大丈夫だろうとのことだ。
「って部屋一緒かよっ!」
「? 兄妹なんですから遠慮することないでしょう。それとも妹に変な気でも起こすつもりですか、変態兄さん」
「違うわっ!」
「冗談ですよ。それにほら、ベッドは二つありますから気にしないでください」
そういう問題じゃないと思うんだけど、まだ真耶もまだ中学生だし、そこら辺は気にしていないのか。兄貴としてはその無防備さは心配なんだが。まあ、何かあったらすぐに助けられるからいいか。
「それじゃあ、もう寝ますね。今日はさすがに疲れました…」
「おう」
マイペースな真耶はもう布団をかぶって寝る態勢に入っていた。仕方ない俺も寝るか…。
明かりを消して静かになった部屋で、知らない天井をぼうっと眺めながら考えを巡らす。
この世界のこと。帰る方法のこと。陽子のこと。そして、『管理者』に言われた言葉の意味。
「俺たちにどうしろって言うんだよ…」
『だから言ったじゃあないか。各世界から来た人間と絆を結べと』
「うわっ!」
いきなり脳内にノイズの掛かっただみ声が。驚きすぎて大声が出た。真耶が起きていないかと見やったが、呑気な寝息が聞こえてくるのみ。良かった。
「…で、どうして頭の中にお前の声がするんだよ。『管理者』」
『そりゃあまぁ、管理者権限とでも思っておくれよ。というのは冗談で、君たちに会った時にこっそり渡していた物があってね。ポケットを見てくれ』
ポケット…?
言われて確認すると、見たことのない、古ぼけた銅色の指輪が入っていた。なんだこれ。
『通信用アイテムとでも思ってくれたまえ。それを持っていれば、僕とこうして念話ができる』
「そいつは便利だけど、こんないきなり話しかけてくるのはやめてくれ。心臓に悪いからさ」
『善処しよう。さて、本題だが…。桐立陽子のあの態度には訳があってね』
「?」
態度に関しては昔からあんな感じだったと思うけど。おかげで、よく近所のガキ大将と喧嘩していたものだ。
『ああ。彼女には今記憶がない。正確には、君に関する記憶があやふやなんだ』
「どうしてそんなことになってるんだよ」
『それに関しては僕もわからない。転移の影響なのかもしれないし、他に要因があるのかもねえ。だが、一つ確かなことはある』
「確かなこと?」
答えはしばらく返ってこなかった。
「どうしたんだよ」
少ししてから、『管理者』は告げた。
『……。…彼女は、君の知っている桐立陽子本人ではないということさ』




