第三十四章 剣士の意地、騎士の意義
「陽子!」
戦う二人の後方に、黒く澱んだ靄が視えた瞬間、俺は叫んでいた。
あろうことか、靄はまっすぐに伸びると、陽子とマリアを呑み込んでしまった。闘技場のフィールドを黒渦が駆け巡る。
助けに行きたいが、どういう理屈か、目に見えない壁のようなものに阻まれてしまって観客席から下に降りることができない。俺の『超眼』にも映らないなんて、どうなってるんだ。
「くそ、なんでまた…! これも魔人の仕業なのか…!?」
とにかく一刻も早く陽子とマリアを助けに行かなくては。そう思って真耶と作戦を話し合おうと振り向いたが、期待は儚くも崩れ去った。
「真耶…?」
最愛の妹の姿は、影も形もなかった。
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観客席でも異変が起き始めている一方で、闘技場の只中で陽子も異常事態を前に戸惑っていた。
……どうなってるの、これ。
自分が戦っていたのはマリアだったはずだ。銃の騎士。
なのに、現在眼前に立ち塞がっているのは、アタシの大切な人。正しくは、大切にしたいと思っていた人だった。
「蓮…ううん、レン…!?」
「久しぶりだな、陽子」
クシャッとした黒髪に、覇気の薄い目つき。それでいて全く隙のない立ち方。間違いない、彼方の世界の蓮だ。
「ど、どうしてアンタがここに。それ以前に、アンタは死んじゃったはずでしょ…!?」
「馬鹿だなぁ。俺が簡単に死ぬはずがないだろう? 陽子が一番知っているくせに」
ダメだ、落ち着け。感情が理性を押しのける。頭でわかっている、レンが生きているはずがない。だというのに、手が、体が、全身が震えている。
恐怖ではなく喜びで。
「どうしたんだ? こんな異世界はおさらばして、俺たちの世界、俺たちの学園に戻ろうぜ」
「……。アタシたちの世界、か」
それができれば一番幸せなのだろう。できることならそうしたいが、叶わない夢だと分かっている。直接聞いたわけじゃないけれど、アタシのいた世界は恐らくもうない。
兄貴を斬った時に感じた、世界の悲鳴と、その残滓。もう存在しないし、戻れない。
それに彼なら、そんな後ろ向きなことは言わないと知っているから。
「アンタはレンじゃない。だから…、一緒には行かない!」
「な…。どうしたんだ、陽子。いいから早く俺と」
「桐立琉剣技・緋粉!」
言葉を遮るように抜刀。鞘走らせながら、刃の先端を素早く地面に擦ることで火花を生み出し、斬撃に乗せる。
数少ない中距離技だが、効果は絶大だったようでレンを模した敵に、炎の線が細かな裂傷を刻みこむ。
「が、ぁ…、貴様ぁあああああ!!」
「それが地か。上等よ、かかって来なさい。ただし偽物風情が勝てるとは思わないことねッ!」
「ほざくなでございますよ、男がいなければなにもできない半端者が」
「はっ、浅いわね。大切な誰かがいるからこの剣を振るえるのよ。どれだけ迷おうと、間違おうと、そこがブレなければアタシの剣は最強なんだから!!」
心の裡が燃えるように熱くなる。剣を握る右手に紅光が瞬く。以前蓮からもらった不思議な指輪が、炎のように太陽のように、眩い光を放っている。
「ここに再び咲き誇りなさい、未来への情熱。『廻陽焔圏』!!」
花びらが一枚ずつ開くようにして、輝く向日葵の紋様が柄を中心に開花する。解放された鮮紅の衝撃波が、広範囲に揺蕩っていた闇を吹き飛ばす。それと同時にレンの姿を真似ていた敵の正体も暴かれる。
それは先日襲ってきた虚飾の魔人だった。
「イリテュム、だっけ? 猿真似がアンタの切り札なわけ?」
「ふざけるなでございますよお…終わらせて差しあげます! “虚殖の暴圧”ィ!!」
ドウッと膨れ上がった闇が無数の幻影を喚ぶ。こちらを取り囲むように剣、槍、矢、あらゆる暴力が全方位から襲ってくる。しかし、それがどうした。
今のアタシの剣には、世界すら焼いて見せた劫火の片鱗が宿っている。だからこの一振りは千を斬り、万を焼く。
「限断流・天火明舞!!」
炎の渦が大きく、無際限に逆巻く。剣が手から離れないように力強く握りしめ、渦の中心で踊り舞う。そして莫大な熱量を内包した渦の終着点が、全てイリテュム目掛けて放たれる螺旋の斬撃となった。
「ぐ、ぐぅううう…。このままでは我が皇に顔向けが…ッ」
「いいから死んどけ贋作の騎士。この銃弾がテメェを裁くギロチンだ」
「がッ…。騎士気取りのお姫様ごとき、がぁああああああああああああああああ――――――――――っ」
全身を焼かれボロボロになりながらも立ち上がろうとするイリテュムだったが、背後から不意に現れたマリアの銃撃に頭部を貫かれて、潰れた果実のような湿った音とともに倒れて動かなくなった。
「ちょっ、マリア。なにも殺さなくても! まだ訊きたいことがあったのに」
「甘ェこと言ってんなよ、女剣士。このまま生かしててもロクなことにならねーだろうが。それに次はテメェの番だぜ」
「くっ」
感情の読めない様子でマリアが銃口をこちらにも向けてくる。
アタシに意地があるように、彼女にも己を騎士足らしめる意義があるのだろう。譲れないものがあるのなら仕方がない。
「互いの剣を交えるとしましょう、マリア」
「おう。かかって来やがれ!」
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