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燈のひかり繋ぐあかりの町で  作者: 物部がたり
第一章 ぼくの幼年期
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第3話 大きな冒険

 別に深い意味はないけれど、あの日から、ぼくは保健室を覗くようになっていた。

 すると大体の確率であかりちゃんはいる。

 保健室の二つあるベッドの窓際に座って、本を読んでいた。

 

 午前中は教室にいるけど、午後からは保健室で過ごすらしい。

 いつ覗いても一人でいるけど、一人が好きなのかな?

 それとも誰かに「一緒に遊ぼう」と言えないだけなのかな?


 だとしたら、ぼくの方から積極的に声をかけた方がいいのかな?

 そんなことを考える今日この頃。

 保健室の部屋の前でもじもじ中を覗いていると、後ろから声をかけられた。


「どうしたの、何かあった?」


 保健の先生が不思議そうな顔で立っていた。


「怪我した?」


「あ……いや……」


 あかりちゃんがどうしているのか気になったから、なんて説明することができない。

 すると先生は窓から中を覗いて、もう一度ぼくを見て微笑んだ。


「ははぁ~ん、そういうこと。だったら蓮くんちょっと寄っていってちょうだいよ。ジュースとかはないけどお茶なら出すから」


「え、あ……」


 ぼくの手を掴んで先生は保健室の中に入った。

 保健室の中に入って来たぼくを見て、あかりちゃんは目を丸くし、慌てて顔をそらす。

 

「お茶入れるから、ゆっくりしていってね」


 先生はいたずらっぽく笑って、ゆっくりとした動作で缶に入った茶葉を急須に入れた。

 先生とあかりちゃんを見比べて、ぼくは走る直前、筋肉の緊張をほぐそうとするみたいに膝を叩いて「よし」とつぶやく。

 気合を入れる合図。


「あかりちゃん、久しぶり」


 横目にぼくをみて「毎日会ってる……」と小さく答えるあかりちゃん。


「ああ、うん……。そうだった……。その……調子はどう?」


「・・・・・・」


 教室でも女子と話すことは殆どないから、何て話していいのかわからない。

 二、三言しゃべると、話題が尽きてしまって、黙って椅子に座っていると、保健の先生が熱いお茶を出してくれた。

 

 猫舌ではないけど、熱いお茶より冷たいお茶の方が好きだな……。

 ふーふーしながらゆっくりとお茶を飲んでいると、あかりちゃんが読んでいる本の背表紙がちらりと見えた。

 これだ!


「リス好き?」


 タイトルまではわからないけれど、本の背表紙にリスの絵が描かれているのが見えた。

 あかりちゃんは本に視線を落としたまま、コクリと小さくうなずいた。


「じゃあ、放課後見に行かない。学校裏の森にリスの巣があるんだよ」


 学校の裏には小さな森があった。

 その森の中で友達と虫取りをしていたとき、リスの巣を見つけていたのだ。

 何度かリスを目撃したことがあるから、今もいるはずだ。

 

「一緒に行こうよ」


 だがあかりちゃんは困惑したように眉を寄せた。


「駄目……かな?」


「あ……」


 目をきょろきょろさせて、恥ずかしそうにあかりちゃんは首を縦にふった。

 行くということだ。

 ぼくは胸がギューッとなって、鼻から息をいっぱいに吸った。


「じゃあ、後でまた来るから!」


 ぼくはぬるくなったお茶を一気に飲んで、弾む足取りで保健室を出た。

 放課後、再び保健室に向かうとあかりちゃんは赤いランドセルを背負って帰り支度を終えていた。


 いつも座っている姿しか見たことがなかったから、立ったときぼくより身長が高いことに初めて気が付いた。

 握りこぶし一つ分ほど背が高くて、少し見上げなければならない。


「じゃあ、行こ」


 山に向かおうとして、保健の先生がぼくたちを呼び止め、「あまり危ないことはしないようにね」と念を押すけれど、何度も遊んだ森で、ぼくの庭のようなものだから心配はない。


「は~い。大丈夫小さな森だし、何度も友達と入ったことあるから」


 ぼくたちは校舎をくるりと回って、樹々のトンネルのようになっている入り口から森の中に入った。

 前を進みながら、あかりちゃんがちゃんと後ろについてきてくれているかどうか五、六歩進むごとに確認した。


 道は歩きやすいように整備されていて、この森で迷うことは絶対にない。

 この道を真っすぐ進めば、いつも登って来る道とは反対側に下りられる。


「もう少しだよ」


 そう言って振り返ったとき、十五、六歩ほど離れたところであかりちゃんが地面にかがみこんでいた。

 

「どうしたの?」


 ぼくは慌てて、引き返す。

 激しい運動をしたわけじゃないのに、あかりちゃんは苦しそうに肩で息をしていた。


「せ、先生呼んでこようか……」

 

「大丈夫だから……。少し休めばよくなる……」


 その言葉を信じて、ぼくはあたふたするのを辞め、木陰に入ってしばらくじっとしていた。

 休んでいる間、あかりちゃんが初めて自分から口を開いた。


「わたし……生まれつき体が弱いの……」


「うん……」


心房中隔(しんぼうちゅうかく)欠損症(けっそんしょう)って言うんだって……。少し動いただけで息が上がって、すぐに胸がドキドキして痛くなる……」


「だから体育の授業のとき休んでいるんだね……」

 

 どんな病気なのかは全然わからないけれど、そのことを打ち明けてくれたことがとても嬉しかった。

 まるで信用されたようで、仲良くなれたみたいだ。


「こんな体だから……みんなと一緒に遊べない……」


 涙の匂いが微か漂わせながら、すすり泣く声が聞こえた。

 そうか、やっぱりあかりちゃんは、みんなと一緒に遊びたかったんだ……。


「そんなことないよ。動けなくたって、遊ぶことできるよ」


 あずき色の征服の袖であかりちゃんは顔を拭った。


「どうやって……?」


「話をしたり、部屋の中でできるゲームだって沢山あるよ。それに激しい運動じゃなければ、外でだった遊べる。今回みたいに一緒に散歩しているだけでも楽しいじゃん」


 涙が治まると、ぼくたちはゆっくりゆっくり、普通なら五分のところを三倍の十五分くらいかけて到着した。

 

「ほら、あの樹の穴見える。あそこがリスの巣だよ」


 子供の身長からしたら見上げるほど高い樹で、穴は小さくしか見えなかった。

 あかりちゃんは木漏れ日がを避けるために、手傘を作って目を細めている。

 

「見ててね」


 ぼくは前歯で下唇を軽く噛んで、息を吸って吐いた。

 するとキーキーという空気がすき間を通り抜けるときのすき間風のような、甲高い音が鳴った。


「何をしてるの……?」


 あかりちゃんは不思議そうに小首をかしげる。

 ぼくが樹の上を指さすと、「リス!」リスが巣穴から顔を出していた。

 ぼくはランドセルを下ろして、その中からある物を取り出した。


「これ、あげてみて」


「これは……?」


「コッペパンの残り」


「食べるの?」


「リスは雑食なんだって。だから何でも食べるんだよ」


 あかりちゃんは小さな両手で三分の一ほどのコッペパンを包み込んで、小さくちぎり地面に置いた。

 少し離れたところで様子を見ていると、リスは両手足を使って器用に樹から降りてきて、少し警戒しながらコッペパンに近づいた。


 小さな両手でつかむと匂いを嗅いで、食べられる物だと判断すると、その小さな口を大きく開いて頬張った。

 小さく膨れた頬がモグモグと動いている。

 

「食べた! 食べたよ!」


 今まで不健康そうだった青白い顔を、桜色に染めてあかりちゃんは嬉しそうに言った。

 コッペパンをすべてあげ終えると、リスは「もうないの?」という顔をして首をかしげた。

 

 もう何もくれないとわかると、リスはトコトコと巣に帰ってしまった。

 冒険と言える出来事ではなかったかもしれないけれど、あかりちゃんからしたら、大冒険だったのだろう。

 

 交差点の分かれ道に差し掛かった辺りで、ぼくたちは別れた。

 ぼくは海側で、あかりちゃんはどうやら山側の地域に住んでいるようだ。

 別れ際、ぼくは小さくなるあかりちゃんの背中に大声で呼びかけ、大手を振った。


「また明日、遊ぼうねえ!」


 あかりちゃんは振り返り、夕日を背にして、笑顔で手を振り返してくれた。 

 ぼくは小さくガッツポーズをして、弾む足取りで家路についた――。

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