#3─②
「ヒューマノイドモデルは人間に極めて近いんですよね?
じゃあ、あえて自覚できないようにしたとか……?」
「いや、だとしたら壊れた機体の回収が困難になるし、戦争でわざわざ不便な仕様にする意味が無いよ。
それに、何のための施設なのか理解できていないと言うのも、施設を使うことになる立場なのに致命的過ぎる」
ならばこうではないかと言うガイアに対し、イーシスは理にかなった理由を返してエリザに続きを促した。
「"そうか、その出来の良い木偶は貴殿らの所有物か。
それはすまないことをした"」
「そして、ここが二つ目だ。
彼女は、僕達に謝罪の意を表明した……というか、ここまでは普通に対話を試みようとしていたように思えるんだ。
でも、彼女の記憶では直前まで戦場に居て、連合軍を相手に戦っていたはずなんだ。
エリザ、アイアンゴーレムが種族を間違える可能性はあるかい?」
「まずありません。
仮にプロトロイドモデルであったとしても、機体信号が無いお二人がアイアンゴーレムでないと言う事は一瞬で判別できます」
イーシスとエリザの言葉を聞けば聞くほど、ガイアの頭は混乱していく。
半世紀前、当人の記憶であれば意識が途切れる直前まで戦っていたはずの相手に、わざわざそんな真似をする理由が全く思い当たらないのだ。
そして、混乱したガイアが落ち着くのを待って、イーシスはエリザに続きを促した。
「"人の姿を模倣した機械の癖に、人に劣る芸しかできぬ、生き物と呼べるのかどうかも分からぬ者に頭を下げる。
大層立派な心掛けだ。私ならそんな身の程を落とすような真似、恐ろしくてとても出来んよ"」
「ストップ、この台詞が一番引っかかるんだ。
自分がアイアンゴーレムであることを完全に棚上げしている」
あの時は怒りでいっぱいだったが、改めて聞いてみると妙な点ばかりが目立つ。
イーシス無しではその点に至れなかったであろう事に感謝しつつ、ガイアは頭をフル回転させて彼女のその後の発言を思い出す。
──光栄に思うがいい。このバネッサが貴様ら反逆者の処刑人になることをな。
──ホムス同士であっても、信じる物の相違があるなら衝突は必至だ。それが片方が忌み嫌う物であるなら尚更な。
("反逆者"が穏健派プロトロイドの人達だとすると……)
彼女の発言に共通しているのは、紛れもない「自己認識の欠落」。それを裏付ける根拠と理由は何だろうか。
思考の果てに行きついた仮説を裏付けるために、ガイアはバネッサの機体で斬られた右腕の修繕を行うエリザに声をかけた。
「エリザさん」
「はい、何でしょうか」
「自己認識の欠落が、エリザさんの報告にあったエラーに起因する可能性はありますか?」
バネッサと名乗った機体を修復マシンから出す直前の解析で得たエラー情報。そこに原因があるのならと、ガイアは一縷の望みをかける。
しかし、彼女の口から帰ってきたのは明確な否定であった。
「それはあり得ません。
我々がアイアンゴーレムであるということは、システムの根底に組み込まれているものです。
分かりやすく言い換えると、"本能"でしょうか」
結局、ガイアの質問は意味をなさず、何故あのような行動をとれたのかということは分からずじまいのまま。
「念のため正確なエラー内容を言うと、"人格データを格納しているファイルに破損データ反応が確認された"というものです。
しかし、そのファイル内にアクセスするには研究所に戻る必要があります」
エリザも本当は理由が知りたいからこそ、わざわざ言葉にして補足説明をしたのだろう。それを察したガイアの口から、思わず大きなため息が漏れた。
一縷:ごくわずかな、細い