#3─①
「少し染みます、我慢して下さい」
焚火を囲っての野営が行われる中、バネッサがエリザの切断された右腕から解体して取り出した消毒綿棒をガイアの傷口へと塗っていく。
しかし、彼女は全くの無表情で、その動作に人間特有の柔らかい感じは一切感じられない。
エリザの解析プログラムによって「どういう信号を送ればどういった動作をするのか」という事を丸裸にされたバネッサの機体は、エリザがその解析結果から生成した偽装信号をケーブルから首の接続口に直接送り込まれたことにより、一時的に機体の操作権と視界データをエリザに譲渡していた。
「……その機体、エリザさんの支配下に置くことはできないんですか?」
「技術的に不可能ではありませんが、それは当機体の意志を無視した犯罪行為です。
それに、確かに私達を罵倒したり襲ってきたりした非があるとはいえ、当機体がヒューマノイド研究の貴重なサンプルになることを考慮すると……」
傷口の消毒が終わったタイミングでガイアが不機嫌そうに言うが、つい漏れてしまっただけの言葉に反論の余地のない言葉を返され、ガイアは黙ったまま視線を下げてしまう。イーシスはそんな二人の様子を見かねて、エリザに諭すようにこう言った。
「エリザ、どうやら君も落ち着いた方が良い。
今の言葉が最適でないことぐらい分かってるだろう?」
イーシスのその言葉に、エリザは瞳の奥のカメラを動揺させ、握る拳につい力が入る。
アンドロイドモデルに組み込まれた電子頭脳は、ヒューマノイドの物を鹵獲・解析した結果を基に、プロトロイドの物の構造を改良した物である。
そしてその結果、感情の自覚やそれを伝える事はしやすくなったものの、一方で感情の濁流を処理しきれずに適切でない発言が見受けられていたのも事実。実際、エリザの先程の発言も、落ち着かせようとして言葉がうまく出ず、しかしどうにか落ち着かせようと焦ったが故の失言であった。
「ガイア様、先程は配慮の欠けた発言をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、いいんですよ。エリザさんがたしなめようとしてくれただけってことは分かってますから。
でも、やっぱりあの発言は許せませんよ……。最高峰モデルだから、他のモデルを見下すように……?」
ガイアが腕を組んでうーんと唸る。すると、焚き火に薪をくべ終えたイーシスが言った。
「いや、それはちょっと違うんじゃないかな。そうだとすると、彼女の発言には矛盾がある。
エリザ、ログに彼女の発言内容が残ってるよね?
嫌じゃなければ台詞を読み上げてくれるかい?」
「はい、承知しました」
どうもおかしい、何かが食い違っている。夜が更けていく中、イーシスの僅かな違和感の答えを探るため、エリザは自身のデータログに残っているバネッサの発言内容を、バネッサの身体を借りたまま無感情な声で台詞を読み上げ始めた。
「"お前達、見ない顔だな。私を助けてくれたのか。
それと、ここはどこだ。
私は先程まで戦場にいた筈なのだが。"
"先程の救難信号は、あなたが出したのではないのですか。"
"救難信号、何の事。"」
「ストップ、まずはそこだ。彼女は修復プラントの光景を見て、何なのか理解できていない様子だった。
それに、信号を出した際に彼女の人格が起動していなかったとしても、彼女はシステムログから自分の機体システムが救難信号を出したことを理解できていたはずだ」
まず最初にイーシスが止めたのは、彼女がエリザを見るなり斬りかかる直前の台詞。
アイアンゴーレムであるなら当たり前に搭載されているはずの機能であり、彼女のそれはとてもそうとは考えられない発言であった。