#2─③
そこから先は、蹂躙としか形容できない一方的な戦いであった。
エリザは上下半身を腰の部分で真っ二つに叩き切られ、ガイアは武器すら使われることなく徒手空拳で一方的に殴られ続けた。
「弱すぎる……。私相手に啖呵を切っておいてこの程度か」
バネッサの冷たい言葉が、静かに空間に響く。彼女は左手でガイアの胸ぐらを掴み上げ、奪った剣の切っ先を喉元に添えてとどめを刺す体勢に入っていた。
「何か言い残すことがあるなら言え」
とどめを刺す直前、バネッサは戦士としての最期の情けをかける。
だが──
「何故……、そこまで……」
ガイアの口から出たのは、何故同族であるはずのアイアンゴーレムをそこまで見下すのかという疑問。
しかし、それはバネッサの予想から外れていたようで、息の無い大きなため息の後にこんな言葉が飛び出す。
「ホムス同士であっても、信じる物の相違があるなら衝突は必至だ。
それが片方が忌み嫌う物であるなら尚更な。
……そんなことも分からぬ青二才が、私に会ったのが運のツキだったな」
そんな事で見下し、殺すのか──ガイアは内心憤慨するも、ズキズキと痛む全身と詰まる息が邪魔して抵抗することが出来ない。
「さらばだ」
バネッサのそんな落胆を含んだ別れの挨拶と共に剣を握る手が引かれ、バネッサが喉を貫くために右手に力を込めたその時、そのバネッサの口からこんな音声が響いた。
『機体温度、危険値に到達。セーフモードに移行します』
今までの人間らしい言動から一転、全く動かぬ口から発せられた謎の音声に、バネッサは困惑する
「!? 何だ今のは!?」
それはあまりにも、自分がアイアンゴーレムであることを自覚していないかのような、明らかな動揺。
そして、その言葉と同時にもう一つ異変が起きる。
「な……なんだこれは!? 力が……抜けていく……!!」
ガイアの胸ぐらを掴んでいた左腕も、斧を振り上げた右腕も段々と力が弱まり、解放されたガイアは床に尻餅をつく。
剣が床に派手な音を立てて床に落ち、バネッサは四肢をぷるぷると震わせながら床に這いつくばる体勢になった。
「貴様ら、私の身体に何をした!?」
バネッサは鬼の形相で吠える──まるで自分の身体の事を自覚できていないかのような言葉の内容に、ガイアは困惑した。
それを尻目に片翼を負傷したイーシスは銃を構え、バネッサに一歩、また一歩と近付いていく。
四肢を生まれたての小鹿のようにぷるぷると震わせながら立ち上がろうとするバネッサだったが、その努力もむなしく、イーシスの銃口が額へとつきつけられる。
「あなたを侮辱罪と名誉棄損罪で連行する。動けばどうなるかぐらい分かるだろう?」
「フン、ならば殺せ!
反逆者にかけられた情けにすがるほど、私は落ちぶれておらん!」
潔く降伏しろとイーシスが促すが、バネッサはそんな脅しに屈することなく殺せと叫ぶ。
しかし、そこに待ったをかける存在がいた。
「残念ですが、死なれても困ります」
それは、下半身と右腕を無くし、左手だけでずりずりと床を這ってきたエリザであった。
「エリザさん!? 大丈夫ですか!?」
ガイアは怪我の痛みをこらえて立ち上がり、床を這っていたエリザを抱き上げる。
抱き上げられたエリザはガイアを落ち着けるため、いつもの淡々とした調子でこう言った。
「大丈夫です、損傷部位をパージしただけですので心配には及びません。
それよりもガイア様、私を彼女の元へ連れて行って頂けますか」
エリザが言うからには何か策があるのだろうと察したガイアは、イーシスによって四肢を縄で縛られたバネッサの元へとエリザを抱えて近付く。
そして、目と鼻の先まで近づいたところで、エリザは左手でバネッサの頭を掴み──
「ええい、人の模造品が軽々し──」
喚くバネッサを尻目に、彼女は手のひらに溜めていた信号電流を一気にバネッサの頭部へ放出した。
「m#&37c@g%)"$&P*……停止命令を確認。スリープモードへ移行します」
人の声と電子ノイズが混ざった耳障りな悲鳴に続けて無機質なシステム音声を発した後、ヒューマノイド機体名・バネッサは完全に沈黙したのだった。