#1─②
「ご心配をお掛けしました。マップ情報の把握が完了しました」
冷却を挟みながら行われたマップ情報の作成が終わり、両手を元の人型へと戻したエリザはお辞儀をしながらそう言った。
「広かったんですか?」
「はい、三階層に渡る地下空間を検知しました。
そのいずれも地上の外観部分以上の広さがありますが、そちらにも動体反応はありません」
それに続けて調査を開始するかと問うエリザ。ガイアとイーシスは安全が保証されたのならと、エリザの問いに勿論と答えた。
男二人で錆び付いたドアを押し、嫌な音を立ててながらずりずりと内部に久方ぶりの日光が差し込む。
そして──扉を十分に開けて顔を上げた二人の目に飛び込んできたのは、無表情のまま目を開いた状態で仰向けに倒れているエルフの女性であった。
「え!?」
その肉体が死体か遭難者かと思い、ガイアは思わず驚きの声をあげて肩を揺さぶる。
だが、エリザがガイアの肩を揺すってこう言った。
「ガイア様、落ち着いて下さい。彼女は機能停止したアイアンゴーレムです。
よくご覧になって下さい。首の付け根に人工皮膚の境目があります」
エリザの言葉に思わず耳を疑ったガイアは、微動だにしないエルフの女性をよく観察する。
すると、彼女の干からびきった皮膚から感じる不自然さと、縮んだことで首元にハッキリと見えるようになった境目が目につく。
更によく見てみると、開きっぱなしになっていた眼球にはうっすらと埃が積もっており、瞳孔の奥にはアイアンゴーレム特有のレンズの縁があることに気付いた。
「これが"ヒューマノイドモデル"のアイアンゴーレムです。
センサーに金属反応があるので間違いありません」
「解体された物しか見たこと無かったけど、成る程。
経年劣化や風化が無ければ本当に見分けがつかないだろうね」
不気味とさえ感じるほどの精巧さに言葉を失うガイア。
同じく初の現地調査となったイーシスもまた知識と目の前の現実を結び付ける事に成功したものの、それでもまだ信じられないといった様子でそう言った。
ヒューマノイドモデル──約五十年前に過激派アイアンゴーレムが他種族を相手に起こした大規模な戦争、「人機大戦」。その折に開発された絶版モデルにして"アイアンゴーレムの最高到達点"と言われており、まるで人間の中身をそのまま丸々機械に挿げ替えただけと言った方が似合う存在である。
その性能はと言うと、それまでの主流だったプロトロイドモデルを全てにおいて凌駕する性能を持ち、連合軍相手に快勝を続けた事で他種族を震え上がらせた程であった。
しかし、ヒューマノイドモデルが勝利を収めて勝ち取った天下は、そのヒューマノイドモデル達が原因不明の一斉停止を引き起こした事によってあっけなく終焉を迎えた。
結果、アイアンゴーレムは穏健派のプロトロイドモデルだけが生き残り、間一髪絶滅を免れた他種族達はアイアンゴーレムの社会的地位の向上に協力するようになったという。
そのため、ヒューマノイドモデルは過去のオーパーツかつ恐るべき兵器でありながら、アイアンゴーレムという種族の歴史に大きな一石を投じた存在でもあった。
そして、エリザの身体はその戦争の後に開発された、プロトロイドモデルをベースにヒューマノイドモデルの分析済パーツを掛け合わせた"アンドロイドモデル"──はっきりとアイアンゴーレムであると判別できる特徴を残しながらも、その性能を数段向上させたバージョンアップモデルであった。
「それでは、これよりデータサルベージを試みます。
ガイア様、そのままこの機体の頭部を膝上に乗せて安定させ、後頭部が見えるようにして下さい」
「わ、分かりました」
エリザの指示に従い、ガイアはエルフのアイアンゴーレムの頭部を膝枕する形で横向きに固定する。
そして、右手を小型の回転ノコギリに換装させたエリザは、そのノコギリをうなじの部分へと添える。
人工皮膚は一瞬で裂け、金属が削られる音が四度、ほんの一瞬だけ空間に鳴り響く。
そして、エリザが長方形に切り取られた衝撃吸収型の骨格パーツを人工皮膚ごと抜き取ると、そこにはケーブルを繋ぐための接続口が露出する。
エリザは右手を一度元の手に戻すと、今度は人差し指を接続用ケーブルに換装してその接続口へと差し込む。
しかし、データ解析を試みたエリザの報告は芳しくなかった。
「メモリー内データ、機体システム共にオールエラー。データサルベージは不可能です」
エリザの口から発せられたのは、データやシステムが復旧不可能な程に破壊し尽くされているというもの。
1発目から幸先の悪い報告に、ガイアとイーシスは思わず視線を落とす。
だが、そんな二人を激励する声があった。
「諦めなければ何か見つかるかも知れません。兎に角片っ端から試しましょう」
まさかの根性論という、理論的な言動を優先しがちなアイアンゴーレムらしくないエリザの言葉に、二人は笑いしながら立ち上がった。