#Prologue
「敵の軍隊を確認しました!」
作戦司令室に物見の兵士の報告が木霊する。
地図の上に敵味方の駒を置いて険しい顔をしていたホムス──身体外見的には無特徴だが、肉体技術に優れる種族──の女戦士が、即座に配置につくよう指示を飛ばす。
「木偶人形どもを調子づかせるな!
ここはリュミエイル王国を守る要、何としても守り抜かねばならん!
各部隊戦闘配置、全軍迎撃態勢!」
「はっ!」
彼女は、弱冠26歳にしてこの防衛線の指揮官を務めている存在であった。
髪は深紅のショートヘア、鋭い目つきに凛と整った顔立ちを持ち、細さを維持しながらも鍛え上げられた筋肉を持った身体にはその実績を裏付ける無数の傷跡が刻まれている。
「本当……あの愚図共に力を貸すなんて何を考えてるのかしら」
兵士が去ったタイミングで、彼女の相棒である女エルフがため息をつきながら、取り繕うそぶりの一切ない嫌悪を口にする。
そしてこの二人の間で交わされている言葉には、特定の種族を指す差別用語がちらほらと垣間見えている。
機械仕掛けの身体を持ち、その身体を換装し続けることで半永久的に生きられるその種族の名は、アイアンゴーレム。
人の感情を理解出来ない、突然の事態への対処が間に合わない、多少深い傷を負うと動作に支障をきたす、顔の造形が不気味、金属の球体関節が丸見えで作り物感が強いなどと言った理由から、彼らは差別や迫害の対象となっていた。
故に、女エルフが発した言葉は、アイアンゴーレム以外の種族であればごく普通に抱く一般的な感想に他ならなかった。
「流石に心変わりとは思えん。余程卑劣な脅迫をされたんだろう。
それよりもシセル、援軍要請の件、頼んだぞ」
「ええ。私もあなたの武運を祈ってるわ」
指揮官の彼女は作戦室のスタンドに立てかけていた愛用の斧を強く握り、速足で配置に向かいながら独り言ちる。
「気色悪い人間の模造品共、身の程を思い知らせてくれる……!」
この戦争は、アイアンゴーレムをこの世界から一掃するために天が与えた絶好の機会である──ここにいる人々は皆、この戦争の勝者は自分達であると言う事を信じて疑っていない。
この流れを止めることなど、一体誰に出来ようか。そんな思いと共に、二人は振り返らずに別々の道を行く。
その世界は、様々な姿形をした人間が生き生きと暮らしていた。
肉体を使う技術に優れた者。空を飛べる者。知識欲と技量磨きに貪欲な者。いにしえの魔術の扱いに秀でた者。
己の才覚と種族の特性を活かし、誰もが幸せに暮らしていた。
ただ一つ、機械仕掛けの者達を除いて。
皇国暦1139年。機械種族──アイアンゴーレムの大部分が一斉に決起、それまで自分達を虐げていた他の人類種に対する宣戦布告を行った。
そして、時代は約半世紀が過ぎ、皇国暦1192年へと移り変わる。