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短編集  作者: 双葉 はる
3/11

湯煙温泉殺人事件…なーんて憧れるなぁ…。

これは探偵小説ものです。

ちょっとBLっぽいかもしれないので苦手な方はご遠慮ください。

あと、殺人が出てきますので。


何も変わらない一日の始まり。


俺、旭 咲良はいつもの様に学校へと向かった。


「樹〜。」


俺は、いつもの様に目の前の青年に声をかける。


彼は気づいていないのか、振り向かなかった。


「全く…。」肩をたたこうとするとくるりと振り返る。


「うわぁ!!」平然としている彼の姿に驚きよろけてしまう。


「……ばーか。」樹は、声を殺し肩を軽く震わせ笑う癖がある。


無意識の内なのだろうがその時むかつく位馬鹿にしたような顔をする。


というか分かっているのなら本当にむかつく。


樹のせいでしりもちをついてしまった。アスファルトに舗装されている道路は当たり前の話だが堅かった。


「はい。」


樹は黙って手を差し出した。こいつはこういうところがあるからどうも嫌いになる事が出来ない。


「ありがと。」


笑いかけてみたが樹は手に持っていた本に視線を戻した。


樹は本を読みながら手を引っ張り俺を立たせてくれた。


「そういえば新聞見たか?」


珍しく樹が振り返って話しかけてきた。低血圧な樹が朝話しかけてくるときは何かがある…。


「見てないけど?」


俺は直感した。巻き込まれてはいけないと・・・。


「10面だ。すぐに見ろ。」


樹は通学鞄から新聞を取り出した。ここの地方ではない地方新聞だ。


端に小さくかかれていたのは、ある町の殺人事件の記事だった。


「そんなに気になる記事かぁ?」


ただ、男子中学生が父子家庭の父親に殺されたという記事だ。


本当にただそれだけの普通の記事。


「犯人を探しに行くぞ。」


「え…?だって犯人はもう明らか…。」


俺達は普通の中学生ではあるが趣味で探偵団をやっている。


探偵といえど、俺なんて成績は後ろから数えたほうが早い。体力に自信がある位だ。


一方の樹、神崎こうさき いつきは頭が良い。そして顔も良い。ベタな設定だ。


「事件でどうしても腑に落ちない部分があったんだ。」


「?」


「動機がベタすぎる。言い争いになってうっかり殺しちゃったなんてなぁ…。」


「…樹君。知ってるかい?べたっていうのはよくあることだからベタって言うんだよ?」


もしかして、今回は樹の趣味なんだろうか…?


「こんなベタな殺人事件が有る筈無いだろう?」


…天才が聞いて呆れますよ。


全く…誰が天才なんて呼び始めたんだか……俺か…。


「とにかく、行くぞ。」


突然手を引かれ驚いているとずんずんと樹は駅のほうへと向かっていった。


「はぁぁぁ!?」


なにも変わらない日常のちょっと変わった物語が幕を開ける…。




ガタン…ゴトン…電車は一定の音を奏で前へ前へと進んでいく。


さっきは通勤ラッシュで満員だったが乗り替えした所でやっと座れたのだった。


咲良は電車に揺られながら自分の隣に座っている親友へと声を掛ける。


「で、行き先は分かってんのかよ。」


「うん。」


ちらりと見えた樹の読んでいるパンフレットには大自然と温泉が広がっていた。


温泉行く気満々かよ!!


咲良は思わず突っ込みをいれる。


「学校は?」


「……。」


「はぁ…。分かった連絡入れとく。」


恒例の事だ。樹は迷宮入りの事件や興味のある事件があれば西へ東へ国内ならば何処までも行こうとする。


(そのおかげで俺の出席日数が足りなくなってるんだよ…。)


呑気にパンフレットを広げている樹を睨みつつ携帯電話のボタンを押し、学校へかけようとした。


しかし、その手を制止するように樹は、手を伸ばしてきた。


「何だよ…。」


「…電車内での通話はお控え願います。」


「てめぇのせいで学校から留守電が来まくってんだよ!」


全くどうしてこの人は変な所で正義を振りかざすのだろうか?


「知るか。電源切っておけば良いだろう。」


そういって樹は携帯の電源を落とした。


やっと着いたと思いきやバスに乗り換え揺られて三時間。


「何処が快適湯煙温泉事件ツアーだよ!!」


咲良はぶつぶつ文句を言う。動いてる事の方が性に合っている咲良は長時間乗り物に乗ることが嫌いなのだ。


「誰も一言もそんなこと言ってないが?」


樹の言葉を咲良がきちんと聞いているわけがないのだった。


で、やってきたのは豪華絢爛高級温泉付きホテル…なわけなく、普通の商店街のくじ引きの景品になりそうな温泉宿だった。


それでも滅多に温泉に来る事の無い俺にとっては嬉しいオプションだ。


「いやっほい♪卓球台有るかな??」


咲良は宿の部屋の広さにテンションをあげている。普通なんて云ってサーセン。


「卓球台ってな…。遊びに来たんじゃないんだぞ?」とか言いつつ、ちゃっかり樹も着物に着替えている。


「はいはい。じゃ、事件現場に行きますか。」


しかし、樹は立ち上がろうとしない。


「待て。温泉に入ってからでも遅くないんじゃないか?」


お前、温泉入りたかっただけだろ!!


俺は、思わず心の中で突っ込みをいれる。


温泉に行くといって聞かない樹を引っ張り犯人の家へと向かう。


「この辺は自然が多くて良いな…。」


樹は小さく微笑みながら大きく息を吸い込んだ。


「そうだな…。」


こんな大自然都会じゃ見られない光景だ。樹にちょっとだけ感謝かな…?




犯行が行われたと思われるその家の前には一台の乗用車が止められていた。


きっと犯人の使っていたものだろう。


ピーンポーン。樹はいきなりチャイムを押した。


「ちょっ!!何やってんだよお前!!」


いきなり中学生が二人やってきたところで入れてくれるとは思えない。


思ったよりも応答は早く、被害者の娘はすぐに出てきた。


白地にワンポイントの模様が入った可愛らしいワンピースを着ている。


首には可愛らしい首輪…っと確かチョーカー(というやつだったような気がするもの)をつけている。


「倉野 空さんですね?」


樹の言葉に静かに彼女は頷いた。


倉野空…犯人、倉野悟の一人娘…。咲良はまじまじと彼女を見る。


女の子らしくおずおずとする空。


不安気に樹の顔を見つめている。まるで悪戯がばれてしまった子供の様に。


「お父さんについて詳しく聞かせてもらっても良いですか?」


樹はそういうとやんわりと空の腕を握った。事件の事となると冷静さを欠いてしまうそれが樹の欠点と言える所だろう。


樹の目が鋭くなった事に空は警戒心を抱き身を固くした。


やばい、このままじゃ何も話してくれなさそうだ…。樹に忠告しようと樹の手を跳ね除ける。


「お嬢さん、平気ですよ。俺達は決して怪しいものでは有りませんから。」


怯える空の手を優しく握り営業スマイルを見せる。


「そんな事言うやつの方が怪しいぞ。」


樹がぼそりと呟くが軽くスルーする。その遣り取りに空はほんの少しだけ表情を崩した。


「俺達はただ、この事件の真実を突き止めたいだけなんです。」


その言葉に空ははっとする。


「貴方達もそんな事言うんですか!?私は真実なんて知りません!!出てって下さい!!」


空は勢い良くドアを閉めようと押した。


「お願いです!!少しだけで良いですから!!」


それを食い止め強引に引っ張る。これでも筋力だけは自信がある。同年代であるとはいえ女子に負ける気はしなかった。


いとも簡単にドアは開き空は反動で外へと引っ張りだされた。


「咲良…幾ら何でもやりすぎじゃないか?」


樹は睨んでくる。そんな事言ったってもうどうしようもない。


どうしようもない沈黙が流れる。


「貴方たちまで…私を傷つけたいんですか!?」


空は悲鳴に近い声で咲良の胸倉をつかんだ。


「そんなわけじゃ…。」


空は咲良の服を掴んだまま小さく嗚咽を漏らした。


「大好きなパパを失って一番悲しいのはあたしなんだよ!?なのに、わかっててなんで大人達は…責める様に質問してくるの!?貴方達だってそうよ!!きっとパパが悪いと思ってるんでしょ!?…真実も何もないじゃない。」


その泣きじゃくる彼女に彼女がまだ子供だということを。自分達と同じ中学生だという事を思い知らされた。


「パパを…失った?」


少し落ち着かせようと背中を撫でながらハンカチを手渡す。


「そうよ…。パパはあいつに殺されたのよ…。」


記事とは言っている事が食い違っている。咲良はちらりと樹の顔を見た。


樹は満足げに口元だけ笑って見せた。


この事件には…何か隠されている。そう悟って…。


「お気の毒に…辛かったでしょう…。」


咲良は空を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。


空は頬を染め、慌てふためいた。


「ずっと…皆…私の事嘘吐き呼ばわりしてたから…。」


咲良は、そのまま暫く空の髪を梳いていた。




「良いのか!?あれだけで…。」


宿に戻るとすぐに温泉に入る準備を始めた樹に思わず咲良は叫んでしまった。


結局今日得ることが出来た情報は彼女のあの言葉だけだった。


「充分過ぎる位充分だ。」


その意味がよく分からず首を傾げる。


「あの娘は何か握ってるようだからな…にしても咲良にあんなに近づきやがって…。」


樹の声は途中から呟きへと変わった。


「?ごめん最後の方聞き取れなかったんだけど俺がどうかした…?」


樹が少し怖い表情をしていた為おずおずと聞き返す咲良。聞かない方がいいのかもしれないとおもいつつ、ついつい気になってしまうものだ。


「んでも無い…。」


「そっか。」軽くスルーです。深くつっかかりません。




この温泉の売りはどうやら露天風呂らしい。


夏という季節であるためか客は少ないが逆に貸切っぽくって雰囲気でてていいと言えるだろう。


湯煙昇る露天風呂で二人きり…なんてなかなかのシュチュエーションだろう。男女ならばだが…。


「ふはー…。疲れた〜ほとんど何もしてないけど。」


「…。なんか事件起きてくれないかな…。なぁそう思わねえか咲良。」


「平和が何よりですよ…。そんなに事件なんて起きないっての。それにお前何のためにここへ来たと思ってんだよ。」


「え、温せ…いや、事件の真犯人を探しにだ。」


(やっぱり温泉来たかっただけかよ!!)


「留年したらお前の事殺してやる…。」


咲良は樹の首を絞める真似をした。


「そうさせないように一緒に居るんだろ?」


留年の事を指してるのか、殺す方を指してるのか…。


「凶器は…縄だったらしい。首吊り用のな。」


樹は咲良を落ち着かせようとしたのか樹は事件の話をしてきた。


海が学校から帰ってきてそれを見つけた時、どう思ったのか…それを考えただけで背中がぞわりと粟立つ。


「どんな状況だったんだよ…。」


「風呂場で向き合って大火傷を負って死んでたんだってよ。」


「そんなもんみたらトラウマもんだよな…。いや、色んな意味で…。」


(俺は絶対そんな死に方したくない…。つか…風呂場で大火傷?どうしたらそんな事になるんだ…?そして、何で…?)


疑問がぐるぐると頭の中を巡る。


「…そろそろ出るか。逆上せるしな。」


「…あぁ…うん。」




風呂の後はゆっくり宿御飯を堪能して、早く床に着いた。


「なぁ…樹ぃ?」


隣で静かに本を読んでいた樹は本を置いた。


「何だ?」


「どうしてさ…海ちゃんのお父さんは人殺しなんてしたんだろうね?」


樹は小さく溜息を吐いた。


「知るか。それに、お前はあいつの肩をもってるんじゃ無かったのか?」


「そうだけどぉ…。じゃ、あの中学生は?」


どうして殺す必要があったのか?それかどうして死ぬ必要があったのか?


「あいつな。川下実…情報屋のおじさんがそういってた。」


たまに樹は謎な事を言う。情報屋って誰だよ…。


「何でだと思う?」


「知るか・・・。俺がそんなの知るかよ…。」


眠たいのか樹は声を荒げる。


まだ事件の真実は見えそうに無い。


暗闇の中に放り投げられた…。そんな気分だった。


この暗闇の先に何が待っているのか…それすら分からない。


「ごめん…。」


「いや…。咲良は何も悪くない。もう寝よう。」


二人は気まずいままそれぞれ眠りに落ちていったのだった。




「うぅん…。」


息苦しさを感じて目を覚ますと上に樹が乗っていた。


「zzz…」寝ぼけているのかしっかり手を握り締めている。


「おーい…樹…。」樹は目を覚まそうとはしない。


時計を見ると結構いい時間だ。そろそろ出ないとまずいだろう。


「樹…起きないと置いてくよ。」


しかし目を覚まさない。


仕方なく書置きを残し空の家へと向かった。


走って来たためか動悸が激しい。


呼吸を整えながらチャイムを鳴らす。


時間的に学校へ行っているかと思ったがしばらく学校は休んでいるようで、チャイムを鳴らすとすぐに出てきた。


「あ…昨日の人…。」少し嬉しそうに空は微笑んだ。


「旭咲良っていうんだ。中学二年生。」


「あっあたしも…中ニ…。えっと、中…入る?どうせまた話聞きに来たんでしょ?」


樹が居ない事に安心したのかすんなりと中に入れてくれた。


小奇麗なリビングに置かれたテーブルの上にはパンと牛乳とスクランブルエッグというシンプルな朝食が置かれていた。


その匂いに食欲をそそられ咲良は盛大にお腹を鳴らしてしまった。


空はくすくすと笑いながらバターロールを二個取り出し皿に乗せた。


「今から朝御飯だけど…一緒に食べる?」


そういえば朝起きてすぐに走って来た為何も食べていなかった事に今更気づいた。


「空ちゃんが…よければでいいけど…。」


じゃあ座っててと云われ待っていると空はさらにジャーマンポテトを作り皿へと盛りつけた。


「はい、どうぞ。」


ほかほかと湯気立つポテトは美味しそうだ。


「いただきまーす。」


手を合わせ一口口に入れる。


「ん!美味しい!!」


お世辞抜きで美味しいと思う。


「良かった〜口に合って。得意料理なんだ。」


それにしても細い身体してるのに良く食べるな…。


咲良は空の皿に盛られている大量のジャーマンポテトを見て思わず苦笑した。


「それで…何か喋る気になってくれた?」


牛乳を一気飲みしている空におずおずと話かける。


「…知ってる事なら話せると思うけど?」


空はすこし意味ありげな表情で笑って見せた。


「それじゃ…空ちゃんの好きな食べ物は?」


「へ…?」


空は間の抜けた顔をする。もっと事件に重要な事を聞いてくると思っていたからであろう。


「俺は、今食べたジャーマンポテトが美味しかったから〜ジャーマンポテトかな?」


咲良はにこにこと笑った。


「…私は……大体何でも食べれるんだけど、どうしてもピーマンだけは無理なんだ。」


空は苦笑した。


「そっか〜俺もあの味苦手なんだよ〜。」


樹が来るまでは事件以外の話をしていたほうが空のためには良いのかもしれない。


そう直感した咲良はどうでもいいような話を続ける。


「空ちゃん好きな人とか居るの?」


その質問に空は困ったような顔をした。


「…。」


「嫌だったら云わなくてもいいからさ。」


泣き出しそうな空の表情を見て咲良は急いで付け加えた。


「…お父さん。ファザコンってよく言われるけど。」


空は自嘲の様な喋り方をした。


「ごめん…。」


二人を沈黙が包む。


昨日から俺…最悪だ…。咲良は心の中で舌打ちをした。


樹とも喧嘩しちゃったし…。


ちらりと空の顔を見る。


空は不意に笑い出した。


「旭君って面白いね。すごい不安そうな顔してんだもん。」


咲良は作り笑いを返そうとしたとき切っていた筈の携帯電話が鳴った。


急いで電話に出ると樹からだった。


「…咲良。俺は向かうところがあるからしっかり情報ゲットして来いよ。」


樹は不機嫌そうに言った。朝置いて出て行った事を根に持っているのだろうか?


「ごめんって。じゃ、切るわ。」


学校から電話が掛かって来ないうちにと咲良は携帯電話の電源を再び落とした。


「電話終わった?すぐ切っちゃってよかったの?あの人からだったんでしょ?一緒に居た…。」


「良いの、いいの。それよりさ空ちゃんと死んだ川下実君ってどういう関係だったの?」


その言葉に空の表情が硬くなった。地雷…だったのだろうか?


「あいつは…あの野郎は…。私を…裏切ったんだ…。」


その震える声に篭っている感情は憎悪と以外とれないものだった。


「裏切ったって?」


聞いてはいけない。そう思いつつもその真相を問い詰めようとつい身を乗り出してしまっていた。


「あいつはね、パパが好きだったのよ。それでパパを狙ったって訳。」


(何故好きな人を殺す必要があったのか?それは動機にはならないんじゃないか?)


それでは川下君が空のお父さんを殺す理由はないということになる。


空を信じてあげたいとは思うのだが決定打がなくなってしまった。


「じゃあ、空ちゃんのお父さんは川下実君とそーゆー関係にあったって事なの?」


空の川下への憎悪を表すように険しい顔をした空は澄んだ声で言った。


「本人達はばれてないつもりだったみたいだけどね。やたらあいつが遊びに来たりしてて…気づかない訳が無いじゃない。」


(これじゃあ話が繋がらない。空が川下を又は川下が空を殺す理由はあっても川下が、空の父親を殺す動機にはならない。)


咲良は頭を押さえる。


「川下君の家の家庭状況は?」


(確か川下君の家は空ちゃんの家の隣だった筈だ…。家庭状況が分かれば動機も見えてくるかもしれない。)


「あいつの家はあいつと6歳上の新聞記者やってる兄貴が一人よ。ここらへんの地方新聞を作っているの。パパを殺人犯にでっち上げたのはあいつの兄貴よ。」


悔しそうに空は歯を噛み締めた。


(たった一人の肉親を失い現実を見たくないのは同じって訳か…。


後で川下君のお兄さんに会いに行ったほうが良いな。


視点が違えば考え方も違う。だからこそ聞く必要がある。)


「そういえば、風呂場で死んでたって言ってたよね?その大火傷してた言ってたけど何でだか分かる?」


空は首を捻る。


「警察の人は何か云ってたけどあんまり聞いてなかったからな…?」


その時ふと樹の言っていた事を思い出した。


「金属ナトリウムと水で化学反応を起こすと爆発する事は知ってるよな?上手くいけば大火傷位は負わせる事が出来る。」


探偵以前の問題で常識だ。とかいってたけど、あいつの常識は外れてるからな…。


とはいえ、今この事件を解決するに当たってこの情報は役に立つ…と思う…。


「ねぇ空ちゃん。お父さんが死んでたとき風呂桶に水が張られてなかった?」


空は暫く考えた後頷いた。


「それから空ちゃんはその風呂を使った?」


「ううん。気持ち悪くて使えないから近所の家の風呂借りてるんだ。」


勿論川下の家じゃないよ?と空は慌てて付け足した。


思ったとおり風呂場には白い固体がパラパラと残っていた。


(ナトリウムを使って爆発か…。でも、ナトリウムなんてそう簡単に手に入れられるものではない。そう、あるとすれば…理科実験室とか…研究室とかその位…。)


「聞いても良いかな?空ちゃんのお父さんって何の仕事してたの?」


実験関係の仕事に就いてなければ、事件には関係ない。


関係なくあって欲しい…。


咲良はゆっくりと空の方を振り向いた。


「普通のサラリーマンだよ?」


空は疑問そうに首を傾けながら答えた。首まですっぽり隠れる服から微かに白い肌が見えた。


今は夏だ…。幾らなんでもこの格好は無いんじゃないか。


「その服は…どうしたの?」


「趣味悪いかなぁ…。」


(趣味の問題とかじゃなく季節を考えて無いんじゃ…。)


でもよかった。これで空ちゃんのお父さんは犯人から外される。


とりあえず動機が見つからない限りは。


安堵の息を吐き、空にその事を告げた。


「良かった〜。やっぱりパパは犯人じゃなかったんだね。」


空は優しく微笑んだ。


とりあえずこれ以上この家からは情報は得られないだろう。


樹と約束してるからと何気なく空を撒き玄関へと向かった。


「それじゃあまた今度。」


「バイバーイまた来てね〜♪」


咲良は少し離れたところでぽつりと呟いた。


「今のとこ空ちゃんも真犯人の容疑者かな…。」


川下を殺す動機もはっきりあるし、風呂場の件も気持ち悪くて使わなかったというより危険な事を知っていたから暫く使わずにいたという方が考えやすい。


咲良は自分に舌打ちをした。


(どうしてよりによってそんな推理をしてしまうのだろう。今、一番可哀想なのは…誰だと思っているんだよ…。それに空ちゃんにはお父さんを殺す理由なんて無いはずだ。それに警察から風呂を使わないように言われてたのかもしれないし。)


すぐ隣にある川下家へは行かず、空に言われた川下兄の勤めているという出版社に咲良は向かった。


事件の事でどうしても話したい事があると嘘をつくとすぐに出てきた。


いや嘘というわけではないか。


「どうも。で、どっからきたの?名前は?」


川下兄は面倒くさそうに髪を掻きあげる。


「僕は東京から来た、この事件の加害者の娘とされている倉野空さんの友達です。」


その言葉に川下兄の手が止まった。


「あいつの…?」


田舎に居る割には格好良い格好をしている川下兄は眉間に皺を寄せている。


「俺は川下 真人。実の兄だ 知ってるだろうがなちび君。」


川下兄改め真人はくすくすと笑う。


確かに身長は低い方だが、笑われるほどでは無い…筈だ。


「それにお前頭悪いだろ。んー…学年後ろから20番以内とか?」


なんで分かるんだよ。思わずそういってしまいたくなる。


言い返そうと思っても彼のいっている事は全て事実だし反論しようが無い。


それにこんな格好良い人の欠点を見つけるなんてやってるこっちが空しくなってくる。


仕方が無いので事件の話を始めることにした。


「空ちゃんが、貴方が弟さんを殺されて恨んでるっていってたんですけど…。」


真人は笑ったまま答える。


「そんな事無いよ、たった一人の肉親を失って悲しいとは思うけど、空ちゃんを恨む事は出来ない。彼女だって今、僕と同じ状況にあるんだからね。それに空ちゃんのお父さんも失って恨みはしていないむしろ寂しいくらいだ。」


(凄いな…。感情を殺して、何も感じてない振りできるんだから…。


空ちゃんの話では川下兄弟は親に捨てられたらしいけど…。


大人らしく笑顔振りまいて…自分の本当の気持ちを隠し続ける事は…本当に良いことなのかな?


そんなもやもやを打ち消そうと咲良は真人に質問する。


「事件について知っている事を何でも良いので話してください。」


「それは記者としての視点…でいいのかな?」


「へ?」


真人の意外な質問に咲良は顔をあげる。


どうしてそんな事聞きたいのか。そう聞かれると思っていたから…。


「それとも僕の気持ちを言っても良いっていうならそうするけど…。」


客観的に話を知りたいのならば記者としての彼の意見をきくべきだろう。


(でも…。そうじゃない 俺が知りたいと思っているのはこの人の考えてる事だ。)


「真人さん視点の方でお願いします。」


彼は近くのベンチに自動販売機で買ったコーヒーとジュースを持って座る。そしてジュースの方を咲良に渡す。


「とりあえず飲みなよ。」


そういって缶コーヒーに口をつけた。咲良は苦笑いして遠慮したが真人はそれを見てくすりと笑った。


「毒なんか入ってないよ。僕にはそんなことする必要はないんだからね。」


その言葉に咲良は顔を染める。


まさか犯人だと疑っている事が見透かされてるとは思っていなかったからだ。


意表を突かれて驚いている事を悟られないように急いで缶を開ける。


ジュースに口をつけると思ったとおり甘ったるさがくちいっぱいに広がった。


その甘さに一瞬口元が緩んでしまう。


「チビ君、オレンジ好きでしょ。」


凄い洞察力…。と思わず咲良は関心してしまう。


っていうかチビ君ってニックネームになってるし…。


「で、話してもらえませんか?真人さんの知ってる事…。」


咲良はじっと真人の目を覗き込む。


真人は一口コーヒーを啜り顔を近づけてきた。


「チビ君目綺麗だねぇ…。」


「真人さん!!」


今は遊んでいる場合ではない。容疑者を絞れるかもしれない大事な話なのだ。


幾ら事件解決の為とはいえ罪の無い人を犯人扱いするのは好きじゃない。


だから…一秒でも早くこの事件を解決させたいと思うのに。


「はいはい。この事件の真犯人知りたいんでしょ?」


「真人さんは…知ってるんですか?」


真人は大きく息を吸い込む。


さぁーっと風が吹いていった。


風で髪が靡くのに一瞬気を取られる。


「この事件に真犯人なんていないよ。犯人はおじさんだ。残念だったねわざわざ来たのに。」


真人は何か憂う様な表情を見せてながら立ち上がった。


「あの…ありがとうございました。真人さんが…空ちゃんのお父さんが犯人だと思っていない事がよく分かりました。」


その言葉に驚いて振り返る。


「な、ちび君何を…。何を根拠にそんな事…。」


完全にうろたえている状態だ。


「表情を見て、ですよ。真人さん凄く悲しそうな顔してました…気づいてないかもしれませんけど。お願いします。空ちゃんのお父さんについて詳しく教えてもらえませんか?」


「…まいったな…君には負けたよ。そこまで見てるとは思わなかった…。」


真人は苦笑を止め真顔へと戻した。


「あの人は…俺と実の父親でもあるんだ。」


今度は咲良のほうが驚く番だった。


(という事は…空ちゃんは川下兄弟と血がつながってるって事になるんだろうか…?)


「そ、それって…。」


「複雑な事情でねぇ…空ちゃんと実が三歳の時離婚したんだよ。俺が9歳のときにね。母親は離婚後すぐに死んだ。」


「双子って事を二人は…知っているんですか?」


「…空は知らないはずだ。ただ二人の姿は似ててね兄である俺でさえ、よく間違えてたよ。いまだに声も少し似てるしね。」


懐かしそうに真人は言った。


「真人さん。もう一度聞いてもいいですか?あなたは…犯人は誰だと思っていますか?」


咲良は真人の服の袖を掴んだ。見た限り動揺はしていないようだ。


「…はっきり云っていいの?」


真人は逃げようというつもりはないらしい。


「どうぞ。」


むしろどうしても言わないといけないような…そんな気がした。


「僕は、弟がおじさんを殺して自殺したんだと思ってる。動機は分からないけどね。あいつのことだからおじさんを楽に殺してあげようとでも思ったんだろう。そしてその後罪悪感に耐えられなくなり自らも手に掛けた。あいつは理科実験部部長をやっていたからね。部活という名目でナトリウムを実験室から持ち出す事は容易かったと思うよ。」


あまりにもあっさりと犯人を明かした。でも、真実はそうじゃないんじゃないか?


しっかりとした動機がある。それでも違う気がする。


「本当にそう思っているんですか?弟さんが犯人だって。」


真人は振り返る事もなく歩き続ける。


「ああ、思ってるさ。そして恨んでいるよ、実の弟をね。」


優しい真人の声に一瞬力がこめられていた。





「ただいま〜。」


部屋のドアを開けると上半身裸の樹の姿が真っ先に視界に入った。


「うわぁっなにやってんの!?」


慌てて腕で顔を隠す咲良。


「何って着替えだろ…。男同士なんだしそんな気にしなくても…。」


そういわれてみればそうだ。


運動をしてない割には筋肉のついた樹の胸をじっくりと見る。


「だからってそんな見る必要もないだろ・・・。お前極端だな…。」


樹はこちらに背中を向けてTシャツに腕を通した。


「極端…。」


空ちゃんの反応は…あまりにも極端だったと言える…。


「あ、そういえばなんか情報入った?」


後ろを向いたままの樹に尋ねると樹は首だけ咲良の方に向けた。


「ああ、被害者川下実の友達とかに聞いて回った。」


樹の話は俺の話と重複していた部分があったのでまとめると川下実は、女装趣味のある普通の中学二年生。


そのほかに特徴と言ったら妄想癖が激しい事。


昔からこの世界は近いうちに滅ぼされるんだという話を空と二人で作り上げていたそうだ。


かなりの自信作のようでノート67冊にも及ぶ超大作でそれを倉野父が1ページに話をまとめたやつを印刷して友達に読ませてたそうだ。


『忙しい人のためのオワタ物語ww』という題名(空の父親命名)でわりと短いからその内容を紹介すると


「近未来。何か攻めてきた。新種の蟻か!?


やっべぇまじで強ぇ…。


「女王ビームww」


日本オワタwwアメリカもオワタww


あカナダの首都はオタワだよ☆


え、何?蟻は肉食だ?


雑食だろ。


そんなこんなで世界は蟻に征服され世界は終わりましたトサ。


尚、この話は一切関係ありません。」


というものだ。


「ねぇ…この紙もらってくる必要あった…?つか空ちゃんのお父さん大丈夫なの…?」


咲良は書いてある紙をひらひらと樹の前で振る。


「なんか友達によるとかなり空ちゃん達に好評だったらしい。ちなみに言い忘れていたが空ちゃんのお父さんの趣味は休日に秋葉原に行く事。かなりのオタ☆Qだったらしい。」


「オタ☆Qって何なんだよ…。」


とりあえず今日は空ちゃんのお父さんの文章力の無さを知ることになった。


そして樹の馬鹿さも。


「よっし、じゃあ明日は倉野の家にいって本家を見せてもらうか!!」


樹はなんだかノリノリだ。


「樹…お前何のためにこんなド田舎まできたと思ってんだ。決して犯罪者の娘が作った長傑作物語を読みにきたわけじゃないぞ?」


「それでこの事件が解決するかもしれないんだぞ?いくらカオスな話だとしても捜査資料になるとすれば読む価値はあるだろう。」


(この人は言っても聞かないからな…全くこっちが真剣に悩んでるときに…。)


咲良は少し苛々とする。


樹にとって事件の犯人、被害者、それに関わった人々は小説の登場人物でしかないのだ。


そう、樹はまるで推理小説の答えを読みながら導くかのように推理をする。その登場人物たちがどんな思いをしていようとしったこっちゃないのだ。


そしてきっと咲良もまた彼の推理小説の一登場人物でしかないのだろう。


「で、肝心の犯人は分かったのかよ。」


咲良は不機嫌そうに樹に尋ねる。


不機嫌そうというか不機嫌なのだが。


「まぁな。知りたいなら今教えてやっても良いがそれじゃつまらないだろ?」


いつもこうなのだ。樹は分かっていても最後の最後まで教えてはくれない。


「まだ事件は終わってない筈だしな。」


樹は意味ありげに微笑んで見せた。


まだ事件は終わっていないという事はまだ死者が出るという事だ。


「もちろん死者が出る前に食い止めるつもりだよね?」


まじまじと樹の顔を覗き込む。


「…ふぅ。そうゆう事にしとくか。」


やっぱり事件が最後まで終わるまでは傍観しているつもりだったらしい。


死者が増えようと何だろうと樹には関係ない話なのだしね。


親にお土産を買っていこうと思いふと土産物を覗いているとある事に気がついた。


「ねぇ…樹…。親に連絡…入れた?」


そういえば学校にさえ連絡を入れていない気がする。


「平気だろ。愛の逃避行とでも取ってくれるさ。」


しゃあしゃあと嘯く樹。


「って良くねぇよ!!馬鹿か!!俺は男だっての!!」


冗談だとしてもそんな事よく素面で言えるなぁと思う。


「俺はいつでも本気だが?」


そういって樹は咲良のTシャツの中に手を突っ込もうとする。


「わー!お前何処触ってんだよ!18禁指定されるぞ!!そしてここを何処だと思ってんだ!!そして俺らは健全な中学生だ!!」


咲良は樹の手を押し返す。旅館の人が仲良くて良いわねぇと笑っていたがそういう問題ではないだろう…。


咲良は気を取り直して土産を再び選ぶ事に集中する事にした。


「好きじゃなきゃ10年も一緒になんていねぇよ。」


いきなり耳元で囁かれ思わず樹をぶん殴ってしまったのだった。


ああ、事件の事さえなければごくごく普通の楽しい温泉旅行だっただろうなぁ…と咲良は思っていたが今はそれは言わない事にした。


言ったからといって死者が帰ってくるわけでもこの事件に終止符を打つことが出来るわけでもないのだから。


翌日


樹は空と真人さんを呼び出し皆で散歩しようと提案してきた。


空は咲良も行くならと渋々OKしたのだが、真人さんには仕事があるからと断られてしまった。


「困ったなー。」


そして今三人が居るのは真人さんの勤めている新聞社の前。


樹は一番偉い人と交渉してなんとか一時間だけ真人さんを借りても良いという事になった。


「お前どんな業を使ったんだよ…。」


ひそひそ声で樹に尋ねると樹は薄笑いを浮かべた。


「内緒だ。」


つくづくこいつはわけ分からない。


何故二人を呼び出したかというと事件の真犯人を告げてこの事件に終止符を打つためだ。


決して書くのが面倒くさくなってきたからではない。


あんまり長居すると親や学校に心配されるし咲良自身もストレスでおしつぶされてしまうからだ。


「あーあ。せめて倉野が書いたっていうあの小説読んでからにしたかったな。」


ぼそりと樹が呟く。


「こら樹!!」


先を歩いていた空が振り返り微笑んだ。


「それじゃあ後で家に来て読んでいけば?」


「そうだね。有難う空ちゃん。」


真人さんはさっきから黙っているままだ。


「樹…そろそろ良いんじゃないかな?」


人里を離れて大分田園を歩いてきた。


ここなら誰かに聞かれる心配も何もないだろう。


「この事件の真犯人が分かりました。」


樹は淡々と言う。


空と真人は同時に足を止め互いに顔を見合わせた。


「っとその前に、咲良。」


「う…うん。」


恐る恐る空へと近づき彼女の胸へと手を伸ばす。


「ひゃっ!あっ旭君!?」


勿論の事その手は空によって弾かれてしまった。


「君も結構大胆な事するんだねぇ…。」


真人さんは呆れたような感心したような微妙な表情をした。


「あ…あの…そうじゃなくて…。」


空は今日も夏だというのに首まで隠れるような格好をしている。


「どんなに女装しても喉仏って隠せないからそんな暑そうな格好してるのかなって…思って。」


そう樹に昨日尋ねたのだ。


空ちゃんの異様な厚着について。


家の中は冷房すれば良い話だが外にくればやっぱり暑く空はさっきから何度も水を飲んでいる。


「あぁ…。これ?日焼け防止対策だよ〜。暑いけどやっぱり焼けちゃ嫌だからね〜。」


空は苦笑いをしながら答える。


「その割には半ズボンだよな。」


樹の鋭い指摘に空は押し黙ってしまう。


「そっ…それは…日焼け止めクリーム塗ってるから平気なの。」


「何故共に物語を執筆するほど仲の良かった相手を忌み嫌えるのか。それは貴方は倉野空ではなく川下実だからじゃないんですか?」


「何を言ってるの?それじゃあまさかあの事件で死んだのは倉野空だったっていうの?警察が検死したのよ?性別を騙せるとは思えないけどね。」


「そうだな。でも倉野空が元々男だったとしたら?」


空も真人さんも愕然とする。


そんな二人にはお構いなしに樹は話を続ける。


「俺たちは知らなかった。犯人の子供の性別なんて新聞には載ってないんだからな。」


だから気づかなかったのだ。


しかし樹の情報で助かった。


いくら空ちゃんが騙そうとしていてもその第三者のおかげで間違い気づく事が出来たのだ。


パズルのピースが埋まっていくように答えが見えていく。


「ははは…。よく気づいたね。さすが探偵さんって所かな?」


真人さんは可笑しそうに声を上げて笑った。


空は俯いているままだ。


「そうだよ。私は空じゃない。でも川下実は死んだんだよ。大好きなお父さんと一緒にね。」


空の表情が崩れ今にも泣き出しそうな顔になる。


そうか…空は…いや実君はそう信じたかったのだ。空でなく自分を心中相手に選んだんだって。


空の父親にしてみれば空を選ぶという選択肢以外なかったであろう。


実の子とはいえ今はただの近所の人なのだから。


迷惑を掛けたくない。そう思って…。


「二人は親子で心中したんだよ。それがこの殺人事件の真実さ。」


樹は淡々と告げる。


虚ろな目で真人は空を見上げていた。


蒼い空に白い雲が流れていく。


「本当に…恨むよ…空…。」


そう…か。実の弟とは実君の事ではなく倉野空の方を指していたのか…。


咲良は納得し一人頷く。


これで事件に終止符を打ったかのように見えた。


「まだこの事件は終わってない。樹はそういってたけどそれってどういう意味?」


樹は思い出したように歩いて帰ろうとしていた二人を呼び止めた。


「倉野親子の心中は経済的問題を苦にしての自殺であって決して二人が関係しているわけじゃありませんから。どうか死なないで下さいね?」


その言葉に二人はびくりと肩を震わせる。


「でも真犯人が分かればそいつを殺して死ぬ事を考えていたそうでしょう?」


二人は肯定も否定もしない。


「どちらかが死んでしまわれたら残されたもう片方の人間は本当に一人ぼっちになってしまわれますからね。」



真人は新聞社へと戻り空…ではなく実を家まで送りその別れ際ふと実が咲良を呼び止めた。


「あ、旭君。」


何かと思って振り返ると実がそっと額に唇を押し付けてきた。


「ありがとう。」


相手が男だという事は重々承知の上であったが頬が赤く染まる。


「それじゃあ。」


空に別れを告げ家へ帰るために駅へと歩き出す。


緩んでしまう頬をどうしようも出来ずにいると樹が不機嫌そうに軽く頭を叩いてきた。


「にやつくな、気持ち悪い。」


樹はしばらく何かを考えていたが突然後ろから咲良を抱きしめてきた。


「おい何やってんだよ、歩きずらいだろ!!」


腕を振り回して抗議したが離すつもりはないらしい。


「俺は咲良が居てくれたから生きてこれたんだ。サンキュー…。」


そんなことをいわれてしまったら無理に離すのがかわいそうかな…と思ってしまう。


「きょ、今日だけなんだからな!!」


そういって歩き出そうとする。


すると樹は歩きづらいからといって咲良を姫抱っこして歩き出す。


「なんか咲良良い香りすんな。お前の匂いか?」


「やっぱやめろ!!前言撤回!!降ろせー!!」


咲良の悲鳴は自然広がるこの町に響き渡ったそうで・・・。


それから自宅に戻ってきた二人は学校から親から怒られたのでした。



「全く…結局真犯人なんて居なかったんだし大損だよ。」


咲良はわざと樹から目を逸らしていう。


「でもあの兄弟の自殺は防げただろ?それに温泉もいけたしな。」


「まぁそうなんだけどさ。」


確かに今回の事件で得たものが無かったわけではない。


大切な友達を作る事が出来たし。


でもそのせいで学校の出席日数が危うくなるしで手放しには喜べない状態なのだ。


咲良は先程実から送られてきたメールの返信を済ませ携帯をしまうと


せめてもの抵抗として咲良は樹を睨みつけてやった。


2009.3.22

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