品詞
今日は少しだけ真面目な話もするようです。
「なぁ、久楽」
「ん?」
「『マジ卍』って結局なんだったんだろうなアレ」
「その単語に今更興味もってんの、日本中で翔ぐらいだぞたぶん」
少しずつ寒くなってきて、そろそろ冬服にするか迷い始める頃。俺たちは今日も今日とて部室でダラダラしている。
「そもそも『卍』ってなんなの?」
「んー、たしか仏教とかではおめでたい文字として使われてたはずだな」
「ほえー、それで寺の地図記号が『卍』なのか」
「そうかもな。左右ひっくり返して斜めにした『ハーケンクロイツ』が昔ナチスのシンボルとして使われたから、それで『卍』の形に良くない印象持ってる人も居るだろうけど」
「ほーん、流石は本の虫」
「このくらいはよく知られてるんじゃねぇか……?」
ちなみにだが、さっきの「仏教」にはインドや中国の仏教も含まれる。そして『卍』自体は奈良時代以前には既に日本にあった。歴史あるワールドワイドな記号なのだ。
「で、つまり『マジ卍』は?」
「本来の意味通りなら『マジラッキー』みたいな感じだな」
「まぁおめでたい文字だってんなら、現代風にするとそんな感じか。……でもなんかしっくり来ねえな」
「意味なんか特に決まってなくて、例えば『ヤバイ』とかと似たような言葉じゃねーの?」
「うーん、なんかなぁ……いまいちピンと来ねえ」
翔が1人でウンウンうなり出したので、俺は机に置いておいた読みかけの本を手に取り、栞を挟んだページを開く。
よく考えたら「卍」って古語が使われてた時代にもあったんだよな。じゃあ「マジ卍」は「いとめでたし」になるのか?……どうでも良すぎる。そして俺は何故こんな事を真剣に考えているのか。本読も。
しばらく本を読み進めていると、再起動した翔が「なぁなぁ」と話しかけてきた。
「言葉ってさ、なんか種類分け出来たじゃんたしか」
「ああ、品詞な。動詞とか名詞とか」
「そうそう、それそれ。それでいくとさ、『マジ卍』ってどれになんの?」
「んー、そういやどれなんだ……?つーかお前は何故そこまで『マジ卍』に執着する」
「中学時代にイン〇タで『マジ卍!!!』とか恥ずかしいこと書いてたクソバカヤンキー共に捨てアカウントで長文の説明送り付けて遊ぶため」
「嫌がらせの陰湿さとヤンキーへの嫌悪が凄いな」
「だってアイツらよぉ!自販機の下に小銭無いか探してる俺見て笑いやがったんだぜ!!そのあと五百円玉見付けたのによ!」
「妥当な反応だな。あと日常的に自販機を漁るな」
「ばっかお前、俺たちの収入源なんてたかが知れてるだろ?でも少しでも稼いで、妹の薬代の足しにしねぇとさ……」
「急に架空の妹を作り出すな恐ろしい」
「何故バレた」
「何故バレないと思った」
と、訳の分からないやりとりはここまでとして。
「で、『マジ卍』の品詞だけどな。……翔、お前まず品詞って何があるのか覚えてるか?」
「動詞と名詞は分かる」
なんでドヤ顔してんのコイツ、めっちゃ殴りたい。それさっき俺が言ったやつな。
「だから、その辺知らなくても分かるように説明ぷりーず」
「あー、例えば『この車マジ卍』みたいに、基本的に物とか人にくっ付いて使うから『形容詞』とか『形容動詞』とかになると思うんだよなぁ」
「なんだ、動詞じゃないのか。よく分からんけど」
「動詞は『走る』『する』『取る』みたいな、『る』とかで終わるような動作を表す単語だな」
「なるほど。つまり『卍』を動詞にすると、マンジ―――」
「おい馬鹿待てそこまでだ」
危うくR指定かけなきゃいけなくなるところだった。いや、何にかは分からんが。
そんで、なんでドヤ顔してんのコイツ。
「よし、つまり結論的には『マジ卍』はよく分からんってことだな」
「何がつまりなのかはさて置き、まぁそうだな」
「じゃあちょっくら長文送り付けてくるわ」
「コンビニ行くぐらいのノリでメンヘラみてえなセリフを吐くな」
後日、捨てアカウントが地元のヤンキーに目を付けられた翔は、あまりの通知の多さに「SNSって怖ぇな」とニンマリしていた。
久楽が何を止めたのか分からない方は、そのまま健やかにお育ちください(?)